自然の中で使うキャンプ道具を、ビジネスパーソンの仕事場で使ってみたら —— 。
そんなユニークな「働き方改革」を、アウトドアブランドのスノーピーク(本社・新潟県三条市)が提案している。コミュニケーションの活性化が目的だというが、果たして効果のほどは。
オフィスでは見られない行動も
オカムラの「ラボオフィス」内に設けられたキャンピングオフィス。
撮影:加藤藍子
東京都港区にあるオフィス家具オカムラ(本社・神奈川県横浜市)の「ラボオフィス」。
働きやすいオフィスデザインを模索する都内4拠点のうちの一つだ。従業員の座席はフリーアドレス制で、集中して仕事をしたいとき、外を見ながらゆったりと企画を練りたいときなど用途に合わせたエリアが用意されている。仕事内容や好みに合わせて、一人ひとりが主体的に仕事場を選べる環境だ。
この一角に、スノーピークのキャンプ用品を取り入れたエリアがある。青々とした人工芝が敷かれたその場所は、カウンターテーブルやソファなどが置かれたカフェのような空間の中でも、ひときわ目立つ。
オカムラのフューチャーワークスタイル戦略部の庵原悠さんは、「オフィス内にいながら、アウトドアのリラックスした雰囲気の中で仕事ができます。打ち合わせも弾むし、人によっては、1人でパソコンに向かう業務でもここの方が集中できると好評です」と語る。
キャンプ用のチェアは、疲れやすくて仕事には向かないのでは? 記者はそんな疑問も持っていたが、実際に座ってみると体に馴染んで意外と快適だ。自然に後傾姿勢になる設計のローチェアもあり、通常のデスクワークで前かがみになりがちな人にはお勧めだという。
よく使っているという同部の山本大介さんは「確かに数時間の作業ともなると疲れるかもしれませんが、そもそも座りっぱなしが前提なのがよくないですね」。
芝の上は土足でOKだが、靴を脱ぎ始めるなどする人もいるという。「かしこまったオフィス内では生まれにくい行動や感覚が触発されるのだと思います」(庵原さん)
「自然」を取り入れると仕事への向き合い方が変わる
焚火セットが置かれたスペースも。リラックスした雰囲気で打ち合わせができる。
撮影:加藤藍子
自然の要素を仕事場に取り入れる「キャンピングオフィス」。スノーピークが提供するメニューとしては、大きく分けて3つのタイプがある。
(1)オフィス内の一部や会議室などにキャンプ用品を取り入れる
(2)屋上や緑地などオフィス外に、キャンプ用品を取り入れたスペースを設営する
(3)キャンプ場で研修やワークショップなどを行う
これらを、クライアント企業のニーズに合わせて提案していくスタイルを取る。
スノーピークがこの事業を推進するため、愛知県内のIT企業と共同で子会社スノーピークビジネスソリューションズを設立したのは2016年のことだ。
きっかけは、そのIT企業代表の村瀬亮さんの「実感」からだった。たまたま思い立ってキャンプに行ったところ、日頃は体験できないワクワク感を得られたのだという。
「そこから村瀬は仕事上のコミュニケーションの活性化や、インスピレーションを刺激することにつながるのではないかと考えたんです」と、キャンピングオフィスのエバンジェリストを務めるスノーピークビジネスソリューションズの岡部祥司さんは説明する。
スノーピークのキャンプ用品を購入し、テントを張った中で打ち合わせをするといった試みを始めたところ、クライアントなどの間で話題に。
取り組みを社内外でさらに拡大しようと考えた村瀬さんは、スノーピークの山井太社長と意気投合。新会社立ち上げが決まった。現在村瀬さんはスノーピークビジネスソリューションズ代表も務め、スノーピークにとっても、これまでのアウトドア事業からオフィス事業という新規事業の立ち上げにつながった。
「自然とのかかわりを持つことで、仕事への向き合い方が変わるのではないか。そんな問題意識が両社で一致したんです。テクノロジーは発展し、働き方改革も進んでいるけれど、コミュニケーションの質はあまり改善していないような気がする。いつものオフィスではない空間や、会議室以外の場所で、自由に言葉をやり取りするからこそ生まれてくるものがあるのではないでしょうか」 (岡部さん)
新しい顧客とのつながりを開拓
要望次第では、こんなユニークな空間を演出することも可能。
スノーピーク提供
アウトドア事業で悩ましいのは「ブームの波」を避けて通れないことだが、キャンピングオフィスは新しい顧客とのつながりを生み出すという意味で、経営基盤の安定にも貢献する事業になるかもしれない。
「オートキャンプ」(自動車にテントなどを積み込んで移動して楽しむキャンプ)が一気に広がりを見せた1980年代後半から90年代前半、キャンプ人口は約1500万人まで増加。しかし、バブル崩壊後はブームが終わり「業界全体で大きく業績が落ち込んだ」(スノーピーク広報担当者)。
近年は「グランピング」など話題性の高まりもあり、徐々に人気は回復している。しかし、スノーピークによると、現在のキャンプ人口は日本全体の約6%に当たる約800万人。愛好家ではない残りの94%の層にアウトドアの“効力”を伝えていくには、キャンピングオフィスは格好の機会になる。
同社のキャンピングオフィス事業の2018年12月期の売上高は約8400万円。前年同期比を大きく上回り、新規事業3期目で黒字化の見通しだ。事業の売上規模は、アパレルを除く他の新規事業と合わせても全体の数パーセント程度だが、働き方改革の機運を味方につけられれば、ますますの成長も期待できそうだ。
見た目を変えれば、意識も変わる?
オフォスでテント、は働き方も変えるだろうか。
撮影:竹井俊晴
肝心の「効果」はどうなのだろうか。同社が実施したモニタ実証実験(2017年4~6月実施、回答176人)のアンケート結果では、「精神的にリラックスする」(76%)「打ち合わせがいつもより盛り上がる」(55%)という声が多かった。
オカムラはスノーピークのパートナー企業としてキャンピングオフィスの法人向け営業も担う。庵原さんは「日本では、会社が『楽しく仕事をする場所』だという感覚に乏しい傾向がある。キャンピングオフィスが新しい風を吹き込むきっかけになれば」と話す。
ただ、この「日本文化」ゆえに苦しむ企業の声も耳に入ってくるという。
「伝統的な日系企業では、オフィスの設備やレイアウトはどちらかというと“コストダウン”が重視され、パフォーマンスを向上させる“投資”という感覚が根付いていない。経営層は働き方改革に積極的でも、現場の社員に理解されないケースもある」(庵原さん)
その点、ビジュアル面でインパクト大のキャンピングオフィスは「改革の覚悟」を伝えるシンボルになり得る。「経営層から導入を相談されるケースも多い」(庵原さん)。一方で、ボトムアップで導入検討を始めるケースでは、逆に「面白そうだけど、本当に効果があるの?」という点が社内プレゼンのネックになることもあるという。
会社をワクワクする場所にするために、見た目から変えるのか、それとも意識から変わらなければ意味がないと考えるのか。 “ニワトリと卵”の議論だが、キャンピングオフィスへの引き合いが増える背景には「変わりたいのになかなか変われない」企業の焦りも見え隠れする。
加藤藍子:1984年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。全国紙記者、出版社の記者・編集者として、教育、子育て、働き方、ジェンダー、舞台芸術など幅広いテーマで取材。2018年7月よりフリーランスで活動している。