もう母国には帰れない。外国人受け入れ拡大の影で不法残留への厳罰化

2019年4月から、外国人労働者の受け入れが広がる。介護、建設、農業といった人手が不足している業種を対象に、5年間で34万5000人を受け入れる方針だ。法務省入国管理局も、出入国在留管理庁に格上げされる。

仕事就けず収容と仮放免を繰り返す日々

フィリピンの看護師たち。

来日前に、日本語を学ぶフィリピン人の看護師たち。高度人材や介護士・看護師などこれまで、日本で働く外国人の職種は限られていたが、2019年4月からは大きく変わる。

Crack Palinggi/Reuters

人手不足の解消策としての外国人労働者たちに注目が集まるが、こうした流れから取り残されたまま、日本で生活を続ける外国人たちがいる。オーバーステイ(不法残留)などの理由で、入管の施設に収容され、何らかの理由で収容を解かれた「仮放免者」と呼ばれる人たちだ。

仮放免中は仕事に就けず、収容と仮放免を繰り返しながら日々を送っている人もいる。

いったん収容されたら、母国に帰ってもらうというのが入管側の論理だが、なぜ日本に居続けるのだろうか。それぞれ、帰るに帰れない事情があるからだ。

しかし、法務省入国管理局はこの数年、こうした外国人への対応を厳格化している。2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに「安心・安全な社会の実現」を目指すのだという。

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東京入国管理局周辺行われたデモで、長期収容の取りやめを訴える、オブエザ・エリザベス・アルオリウォさん。

撮影:小島寛明

「長期収容をやめろ」「再収容をやめろ」「お父さんを返せ」「お母さんを返せ」

2018年12月5日午後、東京・品川の東京入国管理局。30人ほどの人たちが庁舎の周りを歩き、小さなデモをしていた。参加者たちが、庁舎内に収容されている人たちに手を振ると、建物の中に収容されている人たちが手を振り返す影が見えた。

永田町の国会ではこの日、外国人労働者の受け入れ拡大を柱とする、入国管理法の改正をめぐる審議が山場に入っていた。

中国、スリランカ、ナイジェリア、コンゴ民主共和国……。デモに集まった人たちは、肌の色も出身国も多様だ。参加者の多くはオーバーステイや、ビザで認められた以外の活動をしたことなどで、入管の施設に収容され、仮放免者として生活をしている。

「もうナイジェリアには帰れない」

デモの参加者の中にいたナイジェリアから1991年に来日したオブエザ・エリザベス・アルオリウォさん(51)。日本に入国したのは、観光ビザだった。

日本語を学びたかったが、入学には保証人がいる。保証人の見つけ方がわからず、工場で働くことになった。東京や埼玉にあるプリンターやトナーの工場でのべ10年以上働いた。

十数年前に入管から調査を受け、これまでに2度、入管の施設に収容されている。収容されていた期間は、のべ1年8カ月に及ぶ。

エリザベスさんは現在、仮放免として茨城県内で暮らしている。

仮放免中の外国人は、仕事ができない。しかし、仕事をしなければ家賃は払えず、食べ物も買えない。数年前までは仮放免者の就労はほぼ黙認状態で、生活費を稼ぐことができたという。

仮放免者を取り巻く状況が変わった背景のひとつと言われているのが、2015年9月に法務省の入国管理局長名で出された通達だ。この通達は、仮放免者たちの「動静監視の強化」などを担当者らに指示する内容だ。

仮放免中に仕事をしていることが入管に発覚すれば、再収容されることになった。

エリザベスさんは現在、通っているキリスト教の教会から支援を受けながら、収容されている外国人に面会する活動を続けている。

東京・品川の東京入国管理局

東京・品川の東京入国管理局。この建物に収容されている外国人もいる。

撮影:小島寛明

収容中は先が見えず、うつ病などを発症したり、自殺を試みたりする人は少なくない。エリザベスさんは「自殺だけは止めないと」と話す。

これまでに2度収容されただけに、常に付きまとうのは、次の収容への不安だ。

ビザの問題はあったものの、もう日本で暮らして30年近くになる。ナイジェリアに戻っても、頼れる親類も思いつかない。「人生の大半を、日本で過ごしてきた。ナイジェリアに帰るのは考えられない」と言う。

「一度収容したら出さない」方針で長期化

法務省が毎年公表している『平成30年版 出入国管理』によれば、毎年、オーバーステイ(不法残留)やビザで認められた以外の活動をした「資格外活動」などで入管の施設に収容された2000人前後に仮放免の許可が出されている。

仮放免の許可件数は2013〜2016年は2000人を超えていたが、2017年は1744人にとどまっている。入管は、東京五輪を控え、仮放免を含む出入国管理制度の運用を厳格化している。

さらに厳しくなったのは、2018年2月の入管局長の指示だ。この文書は、難民問題に取り組む弁護士らのグループが、法務省に情報公開請求した結果、開示された。

資料 入管法

弁護士グループが情報公開請求し、開示された2018年2月28日付の法務省入国管理局長名の文書『被退去強制令書発布者に対する仮放免措置に係る適切な運用と動静監視強化の更なる徹底について(指示)』

文書には「仮放免を許可することが適当とは認められない者は、送還の見込みが立たない者であっても収容に耐え難い傷病者でない限り、原則、送還が可能となるまで収容を継続し送還に努める」とある。

鈴木雅子弁護士は「要は、よほどの病気でもない限り、一度収容したら出さない。音を上げるまで収容して、帰してしまおうというのが狙い。こんな運用をしている先進国は他にありません」と話す。

運用を厳しくした結果、起きているのは収容の長期化だ。

法務省が国会議員らに開示した資料によれば、2018年7月31日の時点で、強制的な退去を命じる書面が出され、入管の施設に収容されていた外国人は1309人。

収容期間は857人が1年未満だが、1年以上収容されている人は、452人いる。長期間となると5〜6年で2人。あまりに長く収容されているケースは母国に返せず、収容も解除できない事情があると考えられる。今後、入管がよほどの病気でもない限り出さない方針を貫く限り、収容の期間は長期化が避けられない。

2018年7月末の時点で収容されている人のうち、398人が再収容で、2回目以上の収容ということになる。多い人では5回目が2人、7回目が1人いる。

在留特別許可も減少傾向

収容から仮放免、収容というサイクルで日本で暮らし続けている人が一定数いる。常に再収容の不安を抱え、収容されればいつまで続くかわからない。

収容期間グラフ

2018年7月31日時点の被収容者の収容期間。法務省入国管理局の開示資料を基に作成。

制作:小島寛明

収容されても帰国しない外国人の場合、母国に帰れない事情がある人だけでなく、長期間日本で暮らしてきたため、生活の基盤が日本に築かれている人も多い。

イランなどからの場合、バブル期に観光ビザで入国し、工場や建設工事現場で就労したまま、30年以上、日本で暮らし続けてきた人も多い。当時は観光ビザでの就労も、オーバーステイも、まじめに働いている限り、黙認状態だった。日本側の事情が変わったからと言われても、母国に帰る場所も、帰った後の仕事もない。

オーバーステイや偽造パスポートで入国するなど、ビザをめぐる問題を抱える外国人であっても、日本人と結婚し、子どもがいるなど、日本との結びつきが強い場合、特別に在留が認められることもある。「在留特別許可」という制度だ。

しかし、在留特別許可の件数は年々減っている。

法務省は2013年には2840件の在留特別許可を出したが、毎年、許可の件数は減り、2017年は半分以下の1255件だった。

春にはアジアを中心とした国々から、日本での就労を目指す外国人の大きな流れが生じる。その一方で、「安心・安全な社会」かけ声のもと、ビザの問題を抱える外国人への取り締まりは苛烈になっている。エリザベスさんは、仮放免者の就労を訴える。

「外国から労働者を受け入れるなら、私たちだって、日本の社会の役に立てる」

(文・小島寛明)

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