“上場は目指さない”カリスマ創業者らが実践する「カーム・カンパニー経営」から学ぶ3つの事柄

東京証券取引所

日本でもベンチャーの上場は注目を集めるできごと。一方で上場直後が株価の最高値になるような「上場ゴール」という言葉も生まれている。あえて上場を目指さない健全経営は、そうした流れとは対照的だ。

撮影:今村拓馬

パロアルトインサイトCEO・AIビジネスデザイナーの石角友愛です。2018年も終わりに近づき、皆さんもゆっくりと今年を振り返っているのではないでしょうか。そんな12月最後の寄稿の題材として私が選んだのは、2019年以降もっと求められるであろう新しい働き方についてです。

数カ月前にアメリカで出版された本が話題になっています。

タイトルは『It doesn’t have to be crazy at work』(直訳すると、職場はクレイジーでなくてもいい)で、著者はベースキャンプというプロジェクト管理ツールを開発している37シグナルズの共同創業者であるジェイソン・フリードと、デイビッド・ハイネマイヤー・ハンソン(DHHとして知られる人物)です。DHH氏はRuby on Railsを開発して、プロのカーレーサーとして活躍もしているソフトウエア業界では非常に有名な存在です。

It Doesn't Have to Be Crazy at Work

『It doesn’t have to be crazy at work』の書影。Amazon.comによると、2018年10月発売。

Basecamp

ベースキャンプは17年前に創業した会社で、創業当初から黒字経営、一切のベンチャーキャピタルの出資を受けずに自分たちの資金のみで、ゆっくりと、確実に成長してきた会社です。とにかく成長を急ぐハッスル文化が強いシリコンバレーにあえて拠点を持たず、シカゴに本社、30カ国にまたがり社員を抱えており、全てリモートワークで行なっています。IPOやエグジットは一切考えておらず、未上場のままでずっと続く会社を経営することを目標とする「カーム・カンパニー(Calm Company)」の代表例とも言えます。

私が経営するパロアルトインサイトでもベースキャンプの経営理念を参考にしていることがあるので今日は皆さんにこの本を読んで私が面白いと思った箇所を共有したいと思います。

1. 社員が世界中どこにいようと気にしない

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ベースキャンプでは、社員がいつどこで何をしているか全く関与しないといいます。オフィスに人を集めたとしてもその人が仕事をしているかどうかわかりません。また、オフィス内でもミーティングなどでみんながそろうことはありません。ではなぜオフィスに人を集める必要があるのか?4、5時間全く誰にも邪魔をされない時間を確保しないとよいものは作れません。そのためにも自分が一番クリエイティブでいられる環境で仕事をすべきだとDHH氏は言います。

パロアルトインサイトでも基本的に100%リモートワークです。オフィスはWeWorkで、クライアントミーティングの時のみ集まりますが、後はチャットツール等を使って近況報告をしています。

2. 一見潤沢な社内制度、誰のためのベネフィットかを考える

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先日、日本のニュース番組で朝ご飯を無料で提供することで社員が早く出勤して効率よく仕事ができるようになったという報道を見ました。これで15時に退社できればよいのですが、多分オフィスに滞在する時間がより長くなるのが現実です。

同じことがシリコンバレーのIT企業にも言えます。3食無料のカフェテリア、オフィス内にあるランドリールームやマッサージルーム、仮眠室。これらは結果的に社員をオフィスに繋ぎ止めておくことになるため、会社にベネフィットが多いものである、とDHH氏は言います。

それよりも、ベースキャンプでは毎年5月から9月までは週休3日、3年に一度は30日間の有給サバティカル長期休暇、毎月100ドルまでフィットネスジムの会費を立て替える、などの社員にベネフィットがある制度を導入しているそうです。

すぐに皆さんの会社で導入するのは難しいと思いますが、例えば、パロアルトインサイトでも、毎年2000ドルまではチームメンバーの教育費を支払い、社会人の学び直しやMOOCで授業をとることを促しています。もしこれを読んでいる方で経営者の立場の人がいたら、少しずつ導入できるものから導入して、社員のためのベネフィットになる制度は何か、考えるきっかけになればと思います。

3. 人材争奪戦に参加しない

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「Talent War」という言葉があります。

シリコンバレーにいる優秀な人材を、年収数千万円相当の給料と上記のような普通の企業では当然太刀打ちが出来ないほどのベネフィットで獲得していく争奪戦を意味する言葉です。

この戦法で戦っても、グーグル、アマゾンなどのいわゆるGAFA企業をはじめとする大手IT企業にはかないません。ベースキャンプでは、太刀打ちできないからではなく、「他の場所にも同じだけ優秀な人材がいる」というビジョンで、例えばオクラホマ市のデザイナーやテネシー市に住むカスタマーサービス担当者を雇うと言います。

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この「まだ証明されていない人を雇おう」というビジョンはパロアルトインサイトでも一番大事にしていることであり、仮にAIやデータサイエンスの実務経験が無くても、MOOCを通して意欲的に学んでいる人を積極的に採用しています。この動きは、実はアメリカのテックシーンでも少しずつ広がっている動きでもあります。

これから社会人の学び直し、リカレント教育がどんどん広がり、新しいキャリアを歩みだしたいと思う人が日本にも増えると思います。そんな中で、実績がある人だけを企業側が選んでいては学び直しをした人材の受け皿が足りません。

企業側にも、今までとは別の指標で採用をすることが求められると感じます。同時に、学び直しをしたばかりで実績がない人材をどうやって評価すべきかの、何かしら統一された基準値などが今後求められるのではないかと考えています。

また、AI人材争奪戦が騒がれる中で、日本企業がGAFAのような戦い方を挑むのではなく、「GAFAが通常見落としがちな人材はどこにいるか?」という視点で獲得するのは良い戦略だと思います。これに関しては、12月に私が出版した新著『いまこそ知りたいAIビジネス』に詳しく書きました。

成長を急いでとにかくエグジットを求められる、シリコンバレー型スタートアップ経営とまったく対照的な「カーム・カンパニー経営」。ソフトウェア業界という指数関数的な成長曲線を求められがちな業界で、DHH氏のようなカリスマがこのコンセプトを打ち出すことには大きな意味があると感じます。

どちらが良い、悪いではなく、会社経営の選択肢の一つとして、新しい働き方として、今後もっとカーム・カンパニーが増えるのではないでしょうか。

(文・石角友愛)


石角友愛/Tomoe Ishizumi:2010年にハーバード経営大学院でMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAIプロジェクトをリードし、AIを活用した職業マッチングサイトのJobArriveを起業。2016年に同社を売却し、流通系AIベンチャーを経て2017年にPalo Alto Insightを起業。

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