2019年世界経済のキーワードは「ピークアウト」——米経済の失速が世界に波及

米中首脳会談。

2019年の世界経済を展望するうえで、米中貿易戦争の影響も重要な論点だ。しかし、本質的には「メインストーリー」ではない。

REUTERS/Kevin Lamarque

2019年の世界経済を見通す上での勘所はどこに置くべきなのか。

2018年11月に公表した世界経済見通しで、経済協力開発機構(OECD)は「高まるリスクの中、成長はピークを超えた(Growth has peaked amidst escalating risks)」と言明した。筆者も2019年の世界経済を展望するにあたってのキーフレーズはまさに「ピークアウト」だと考えている。

金利上昇に耐えた2018年のアメリカ

FRBのパウエル議長。

2019年はパウエル議長率いるFRBによる利上げの「真価」がいよいよ現れる年になりそうだ。

REUTERS/Al Drago

代表的な経済指標は、そのような可能性を示唆してきた。例えば、世界経済の体温を素早く知ることで重宝される各国・地域の製造業PMI(購買担当者景気指数)の動きを見ると、ピークアウトは約1年前から始まっていた(図表①)。

図表①

図表①

唯一、アメリカだけが踏ん張れてきたのはおそらくは拡張財政の効果だと思われるが、金利上昇が経済・金融情勢への重石として意識されるようになった現状を踏まえれば、もはや同じような政策運営は難しいだろう。

年初というタイミングで「世界経済を展望する」というと、どうしても米中貿易戦争やイギリスのEU離脱(ブレグジット)など個別テーマを網羅的に列挙することになりがちだが、本質はそうではないと筆者は思う。

本当に着目すべきは、「累次にわたる米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げが、いよいよアメリカの国内外の経済・金融情勢を本格的に蝕み始める」という論点であり、端的に言えば「利上げの真価がいよいよ現れる」という論点である。

米失業率は半世紀ぶり低水準、しかし住宅販売は減速鮮明

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図表②

2018年のアメリカ経済はまさに「ピーク」を感じさせるものだった。

7~9月期までの実質GDP成長率(前期比年率)の平均は3%を超え、潜在成長率と目されるペース(FRBスタッフ見通しにおける長期経済成長率は約1.8%)を大幅に上回っている(図表②)。

失業率は48年ぶりの低水準である3.7%、ISM製造業景気指数は60近傍という「超」高水準で安定推移している。結果、アメリカ経済の景気拡大は2019年7月をもって過去最長(120か月)を更新する。

だが、アメリカ経済が「改善の極み」に差し掛かっていることを疑う向きはもはや少ないだろう。

政策金利を引き上げている以上、実体経済には必ずブレーキがかかる。とりわけ金利の変動に反応しやすい消費・投資行動がその兆候を発するだろう。

その代表格である住宅関連の計数を見ると、今年に入ってからの住宅販売件数は新築・中古を問わず明確にピークアウトしている(図表③)。

図表③

図表③

住宅投資の減速は一緒のタイミングで購入されるだろう耐久消費財を筆頭に、さまざまな消費・投資の減速に波及するというのが、金利引き上げがたどる伝統的なルートである。

貿易戦争やブレグジットはあくまでサイドストーリー

イギリスのメイ首相。

EU離脱を巡り混乱するイギリスのメイ首相。「ブレグジット」を巡る動きによって世界経済に悪影響が出たとしても、「もともと弱っている状態に対する追撃」に過ぎない。

REUTERS/Francois Lenoir

2019年も米中貿易戦争やブレグジットは重要な論点である。ユーロ圏経済の減速やこれに応じた欧州中央銀行(ECB)の正常化プロセス挫折もあるだろうし、日米貿易交渉が脚光を浴びる時間帯もあるだろう。

しかし、これらはあくまでもともと弱っている状態に対する追撃であり、言ってみれば「ピークアウトする世界経済」というメインストーリーの脇に置かれたサイドストーリーというのが筆者の理解だ。

根本的に気にすべきは、「世界経済の成長が伸び切っているところに世界の資本コストである米金利が上昇を続けている」という最近1~2年の状況だろう。

貿易戦争やブレグジットのような話が無くても、過去5年のFRBの政策姿勢を踏まえれば経済・金融情勢は減速して当然という整理が重要と考える。

そもそも利上げの本分とは景気減速であり、金利上昇にもかかわらず実体経済が加速し、株価も上がっていた近年の状況がおかしかった。

真っ当に考えれば、金利の上昇に応じてそれだけ儲かるプロジェクト(投資機会)は少なくなる。必然的に設備投資や雇用・賃金などの動きも鈍ってくることになる。

世界経済が2019年に経験するメインストーリーの要諦は、この辺りにあるのではないか。

その上で、米中貿易戦争の影響にも目を配りたい。同テーマについてはよく「実害は出ていない」という評価を耳にするが、それは無責任な発言である。

製造業の現場からは「ああいった話がある以上、設備投資計画は慎重にならざるを得ない」という声は出ている。実業の世界においては「事が起きてからでは遅い」のであり、少なくとも貿易戦争は「これからやろうとしていること」を控える動機にはなっている。これは立派な実害である。

米中首脳会談で2019年からの追加関税引き上げ(10%→25%)が見送られたが、これが問題収束に至る一歩だとは思えない。2020年の大統領選挙で再選を望むトランプ大統領が保護主義の旗を本格的に降ろす理由はない。

そのような動きがあるとすれば、そうせざるを得ないほど株価そして実体経済が軟化しているタイミングだろうが、その場合もFRBの利上げに責任を負わせる形で、しぶしぶ保護主義のステップバックを図ると思われる。

「アメリカが元気であるほど新興国が痛む」という皮肉

トルコ・イスタンブールの街頭にある為替レートを示すボード。

2018年8月、トルコ・イスタンブールの街頭にある為替レートを示すボード。トルコなどの新興国では、自国の通貨が売り叩かれる中、中央銀行が通貨防衛を迫られるケースも目立った。

REUTERS/Osman Orsal

冒頭で紹介した世界経済見通しにおいて、OECDは「複数リスクの組み合わせが互いに高め合い、成長を深刻に蝕む(A combination of risks could amplify each other and seriously erode growth)」との見解も示していた。

この「複数リスク」のうちの1つとして「高まる新興国金利(higher EME interest rates)」が挙げられているが、これも元をただせばFRBの利上げ路線に由来している。

2018年は新興国市場からの資本流出が大きなテーマとなったが、この背景はもちろん米金利上昇である。ドル建て資産と比較して投資妙味の劣後した新興国通貨が売り叩かれる中、複数の新興国の中央銀行が同時多発的に通貨防衛を迫られたのだ。

結果、2018年を通じて新興国全体ではかなりまとまった幅の利上げが行われた。

景気が良いから利上げされたわけではなく、あくまでも通貨防衛としての利上げであった。皮肉なことだが、論理的に考えれば、この先も「アメリカが元気であるほど新興国が痛む」という構図が続く公算は大きい。こうした「やらされ利上げ」は各国の消費・投資意欲を当然、傷つけることになる。

「金利上昇は足枷」との問題意識が今後顕著に

ウォール街。

2019年には「アメリカの金利上昇は経済・金融にとって足枷」という問題意識が、市場関係者の間でより強まりそうだ。

REUTERS/Brendan McDermid

筆者は1年前、「金利上昇に内外の経済・金融情勢が耐えられるのか」という懸念を持っていた。

結局、この1年間でその懸念は顕在化しなかったが、それは懸念自体が消えたことを意味しない。むしろ、そのマグニチュードは潜在的な脅威を高めたまま、今日に至っていると考えたいくらいである。

2019年は「米金利上昇は経済・金融にとって足枷」という問題意識がより広く、深くなっていく可能性が高いのではないか。

過去5年間、正常化プロセスを淡々と進めることに成功してきたFRBが、「ピークアウト」をキーフレーズとする世界経済においてどのような挙動を迫られるのか。そしてそれが世界経済の減速をどの程度食い止めることに寄与するのか。それとも貿易摩擦等のリスクも相まって食い止められないのか。

いずれにせよ利上げ局面にもいつか終わりが来る。2018年12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)ではそのサインが明らかに確認された。2019年は、そのタイミングを視野に捉える年になると筆者は考えている。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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