そもそもなぜ帰省しなければならないのか。しかも大混雑する時期に、お金をかけて。特に妻の立場からすると、夫の実家は気遣いばかりで、せっかくの休みなのに、気が休まる時がない。
窮屈な想いの帰省をするぐらいなら、と最近増えているのが夫婦別々帰省だ。
イラスト:小迎裕美子
結婚した年が最初で最後のお正月
神奈川県出身で東京の広告会社勤務の女性(37)は、夫の実家である京都が嫌いだ。
結婚した年に訪れたのが最初で最後のお正月。その原因は白味噌に丸い餅の京都風の雑煮だった。仕上げに義母が大量の鰹節を乗せようとした瞬間に思わず「あ!ダメです」と叫んでしまったからだ。夫は鰹節が苦手で、冷奴にもお浸しにも絶対にかけない。
しかし義母に、「何?あなたいったい普段、どんな料理作っているの?」とすごまれた。言い訳しようと焦っていると、空気を察した夫は、さっさと鰹節の乗った雑煮を食卓に運んで食べ始めた。そういえば、夫と義父は絶対に義母に逆らわない。
「思えば前夜の大晦日は、すき焼きに最高級の肉が用意されていて。肉好きな私に夫がその肉を勧めるので食べていたら、義母がものすごい形相で私を睨んでいて。食べちゃいけないやつだったんです。夫に食べさせたかったんです」
義母には会って日が浅いころは、やたら褒められた。当時は額面通りに受け取っていたが、本性は違ったのだ。
夫の実家は10年で計4回
「京都の人って、反対のこというんです。イケズっていうんですが、私は鈍いタイプなので全く分からなくてニコニコしていたから、はっきり言われるようになったんだと思います」
嫁姑の相性が合わないと悟った夫は、翌年から実家への帰省を誘わなくなった。
お互いお盆を含めて帰省の話題は出ない。結婚して約10年だが、女性が夫の実家に行ったのは、娘が生まれたときなどを含めて4回だけ。今冬はクリスマスに、小学生になった娘を連れ、父子だけが顔は出しにいった。
「あちらは私の実家にお歳暮やお中元を贈っては、うちの内情を私の両親から探っています。京都の家は普通のサラリーマン家庭。特に援助もない義理の実家に無理して帰ることは、もうないです」
1人で紅白見て、年始に自分の実家
イラスト:小迎裕美子
確かに義母との関係が悪くても帰省する理由の一つはお金だろう。
東京都在住でデザイン事務所に勤める女性(35)は、奈良県の夫の実家に帰るたびに10万円のお年玉をもらっていたと話す。20万円の年もあった。
もちろん保育園に通う息子にも数万円。夫の実家は県内にいくつかの不動産を持っていて、生活に余裕があるという。それでも今年、女性は体調を理由に帰省しないと決めている。
「私、1年ほど前に検診でがんの疑いが発覚して。いろいろ調べて怪しい部分を切除する手術をしたんです。まあ、夫や茨城にいる実家の母と相談しながら、結果的には大丈夫だったんですが、義母には心配させないよう入院の前日に状況を電話で知らせました」
すると、電話から漏れてきた第一声は孫を憐れみ、「○○くん、かわいそうに!ママが病気なんて」。さらに忙しい夫の仕事を私の手術のために休ませても大丈夫か、と心配しているのを聞いて、心がスーッと冷めた。
「義母は興奮して、慌てていましたが私が冷静に対応していたら、最後に付け足したみたいに私の心配もしていました」
この年末年始は夫と息子は夫の実家へ。自身はデザインの仕事を30日まで自宅で片付けて、混み合う年末の移動は避けるために1人で紅白を見て、近所の明治神宮に初詣、混雑が落ち着いたころに茨城県の実家に帰る予定だという。
いい嫁と持ち上げて誤魔化す夫
イラスト:小迎裕美子
昨年、息子の七五三の時にも一悶着あった。明治神宮ですると伝えたら、義母は「明治って。そんな伝統のないところで」と。
「じゃあ、いつからが伝統があるんですかね。明治じゃなくて、奈良時代ですかね。そもそも、なんで伝統がないといけないのかって夫に文句を言ったら、さすがに夫も反論してくれて」
夫はがんのときも妻がどんなことを言われたかを知っている。だが、絶対に母親を注意はしない。
「それでやたら私を“いい嫁”って持ち上げて、誤魔化すんです」
これからは多様な働き方や家族のカタチが増えていけば、正月の家族の形も伝統行事のあり方も変わらざるを得ないだろう。
ちなみにこの女性に好きな伝統行事を聞いたら、「ハロウィン」。古代ケルトの大晦日にあたる日のイベントだから、確かに伝統的な行事ではあるが……。
「子どもが喜ぶじゃないですか。毎年、千葉のファーム(農園)でハロウィンイベントに仮装して参加しています。手作りのかぼちゃのランタンを作ったり、秋の収穫をしたり。日曜の夕方は、帰りの海ほたるが大渋滞ですが(笑)」
いい嫁にならなくてもいい
今後は仕事と体調を理由に帰省を控えつつ、お金がもらえるうちはバイト気分で割り切って帰るかもしれないという。今年の義母の反応次第だが、嫁がいないほうがあちらも気が楽なのではないかと、女性は言う。
「病気は落ち込みましたが、いい機会でした。義母の本音も分かりましたし、私も何が大切か考えた。いい嫁にもならなくていい」
そういえば筆者はいい嫁はとっくに脱落してもなお、伝統的家族観に流されて帰省だけはしていたタイプだが、3年ほど仕事を理由にパスしていた。夫の実家近くには、名古屋でも有名な高級ステーキ店があり、夫も娘も息子もまだ幼い頃から何度も行っている。ただなぜか私だけ行ったことがない。
恣意的ではないはずだが、和気あいあいであろう“嫁なし外食”法則に気付いてから、夫の実家に帰っていないのだったと思い出した。
三宮千賀子:ライター・エディター 。松下電器産業(現・パナソニック)、サンケイリビング新聞社を経てフリーランスに。「OL&ママ交流会」を主宰しながら、『アエラ』『ストーリィ』などで執筆。書籍、雑誌、ウェブメディアなどで女性の働き方や子どもの教育などをテーマに取材を続けている。お茶の水女子大学院人間文化創成科学研究科在学中。