FRB議長解任騒動が意味するもの——正真正銘の悲観局面の始まりか

パウエルFRB議長

トランプ大統領によって“解任”が報じられたパウエルFRB議長。中央銀行へのいつもの“口先介入”なのか、それとも本気なのか。

REUTERS/Yuri Gripas

12月下旬に入り、アメリカ発の市場混乱が極まっている。マティス米国防長官の突然の辞任発表に始まり、一部の政府機関は議会の「ねじれ」からつなぎ予算を可決できずに閉鎖、そして後述するパウエルFRB議長解任騒動に加え、ムニューシン米財務長官のまずい対応から米国金融機関の流動性懸念まで浮上しており、NYダウ平均株価はこの間に1600ドル以上も下げている。

下げ幅としてはリーマンショック後で最大。アメリカの政治・経済にとっては文字通り、満身創痍の年越しとなることは確定的で、本稿執筆時点(2018年12月25日夕)でムードが変わる手掛かりはつかめていない。

株価下落に耐えられないトランプ大統領

マティス国防長官

中東政策を巡ってトランプ大統領と対立したと言われるマティス国防長官も政権を去ることになった。

REUTERS/Jonathan Ernst

一連の騒動を受けた相場混乱を見る限り、12月に入ってからの混乱は2018年に経験したどの局面よりも深刻に見える。

2月や10月にも混乱はあったが、この時大きく崩れているのは株価だけだった。だが、11月以降はこれらに加え、原油、銅、ハイイールド債などもそろって下落している。こうした相対的にリスクの高い資産から同時多発的に資金が抜ける局面こそが正真正銘の悲観局面であり、為替市場では円やスイスフランが買われやすくなる地合いである。

株価下落に耐えられないトランプ大統領

その中で、やはり金融市場としてはパウエルFRB議長解任報道の行方を気にせざるを得ない。

12月21日のブルームバーグは、政権関係者の話として「トランプ大統領がパウエル議長の解任を議論している」と報じた。2018年7月以降、トランプ大統領のFRBに対する口先介入は断続的に行われているが、市場では「数あるトランプ節の一つ」くらいにしか扱われてこなかった。

しかし、このままいけばNYダウ平均株価は3年ぶりに前年比下落で越年することになる。それはトランプ大統領にとって初めての経験である。再三の「苦情」にもかかわらずFRBが利上げに踏み切って、この結果なのだから、もう堪忍袋の緒が切れたというところだろうか。

ダウ平均株価

まさかクリスマスにこれほどの暴落が待っていようとは。この時点で予想した人はいるだろうか。写真は12月20日現在の数字。

REUTERS/Brendan McDermid

株高を政権の通信簿であるかのように振る舞ってきたトランプ大統領の立場を踏まえれば、今回の騒動はそれほど不思議ではないが、やはり意外感は残る。

というのも、これまでトランプ大統領は利上げを批判しながらもFRBの独立性を尊重するような発言を心掛けていた。おそらくその真意は「独立したFRBが判断した利上げにより景気が減速した」というロジックを担保するためであり、自身の保護主義へ批判が及ぶことへの保険なのだろうとも思われた。

言い換えれば、遠くない将来に訪れるだろう景気減速に関し、「FRBをスケープゴートにしたい」という思惑があったのではないかと思われた。

だが、本当に議長を解任する意向だとすれば、心底FRBの政策運営を誤りだと思っていたということか。真相は本人しか分からないが、政府と中央銀行の対立が近年、例を見ないほどに深まっていることは間違いない。

大統領による議長解任は一応可能

第一報の翌日となる12月22日、ムニューシン米財務長官は「解任の検討を否定した」とするトランプ大統領の発言をツイート。具体的にはトランプ大統領が「私はパウエル議長の解任を示唆したことはないし、そのような権限をもっているとも思わない」と述べたとしている。これが本当ならば、本件はこれ以上の延焼に至ることはないだろう。

ムニューシン財務長官

ムニューシン財務長官の“自己保身”的な行動が、今回の混乱を招いた一因とも言われている。

Shawn Thew/Pool via REUTERS

だが、振り返れば12月18日の利上げ前日、トランプ大統領は「いまだに利上げを検討していることが信じられない」と述べていたのに対し、パウエル議長は会見で「金融政策決定で政治的な考慮が働く余地はない」と一蹴した。

政権内で対立した人間は漏れなく葬ってきたトランプ大統領のこれまでを振り返れば、解任に意欲を見せるのは自然な成り行きにも思える。問題は、数ある政府機関の中でもとりわけ独立性が重んじられる中央銀行の総裁に対し、政治のトップが堂々と「気に入らないから首を飛ばす」という行為が法的に許されるのかという点であろう。

連邦準備法10条(Federal Reserve Act:Section 10. Board of Governors of the Federal Reserve System)に

each member shall hold office for a term of fourteen years from the expiration of the term of his predecessor, unless sooner removed for cause by the President.

との条文がある。これを読む限り、大統領による議長解任は可能であり、しかもその理由に規定はない。あくまで必要なのは「正当な理由(cause)」である。言い換えればトランプ大統領の胸先三寸でそれは実現する芽がある。

市場もトランプ大統領の主張を追認

トランプ大統領

予算案を巡って民主党と対立、結果的に米政府の機能は一時ストップした。

REUTERS/Joshua Roberts

ちなみに一連の「トランプ大統領 vs. FRB」の対立の本質的な論点は、「大統領にそのような権限があるのか否か」ではない。

この騒動に絡んで指摘すべきは、金融市場がトランプ大統領のFRB批判を黙認している節があるということである。トランプ大統領がFRBの利上げ路線を「口」撃した際、債券市場は往々にして「利上げ路線の停止→金利低下」で反応しており、為替市場では円買戻しが促されてきた。

だが、仮に新興国でこれほど露骨に中央銀行への政治介入が行われた場合、その国の国債や通貨は売られるはずだ。

例えば、トルコのエルドアン大統領やロシアのプーチン大統領がインフレ予防を大義として利上げしている自国の中央銀行を非難し、総裁を強制的に更迭、自身の傀儡となる人物に挿げ替えたとなれば、市場はどのような反応を示すだろうか。ほぼ間違いなくトルコリラやロシアルーブルは売られ、国債金利も跳ね上がるだろう。

しかし、今回のアメリカではそうはなっていない。それどころか金利は低下している。

これは「トランプ大統領の政治的意思に沿って緩和が継続されたとしても、インフレが制御不能になることはない」と考える市場参加者が多数ということだろう。言い換えれば、「FRBが利上げの大義としてきたインフレ予防など誰も信じていない」ということでもある。

これまで利上げに伴って米金利が上昇してきた理由はインフレ予防というFRBの主張に金融市場が賛同を示していたからではない。理由はもっと単純であり「FRBがそう言うから付き合っただけ」というのが実情に近いと思われる。

言い換えれば、FRBは市場への織り込みが十分進んでいるとの判断から気分よく利上げを進めてきたが、それは「鏡写った自分」を追いかけているだけだったのだ。かつてのブラインダー元FRB議長の言葉を借りれば「自分の尻尾を追う犬」状態に陥っていたのである。

トランプ大統領のFRB批判に話を戻せば、トランプ大統領は行動をもって自身の主張の正しさを実証したようにも思える(もっともそれが大統領として相応しい行動なのかという問題は残るが)。

利上げの効果は今さらかき消せない

万が一、本当に解任された場合の相場反応をどう考えるべきか。

観念的には「中央銀行の独立性毀損をどう捉えるか」という大きな話になるが、現実的には「低金利志向の強いハト派議長の誕生」以外にあり得ないので、金利低下・ドル安・円高のイベントと処理される公算が大きい(政治の傀儡となることが分かっていて引き受ける「真っ当な候補」がどれほどいるのかは疑義があるものの)。

なお、より深い話をすれば、そもそも「ディスインフレで悩んでいる経済情勢で、中央銀行に独立性が必要なのか」という問題意識はアメリカに限らず、日米欧三極の中央銀行が共通して現在直面しているものだ。既存の規則は規則として明文を修正する必要があるが、トランプ大統領による一連のFRB批判を擁護する論陣も実は皆無とは言えないかもしれない。

トランプとパウエル議長

トランプ大統領は今後、FRBに対してさらなる“介入”を強めるのだろうか。

REUTERS/Carlos Barria TPX IMAGES OF THE DAY

相場反応に話を戻せば、「FRBの強制的なハト派化→株価の復調」という展開から、ドル/円相場の底割れが防がれるという可能性は確かにある。

だが、本当に重要なことは、「これまでの利上げ効果は今さら掻き消せない」ということだ。蓄積した利上げ効果が金利感応的な消費や投資の体力を奪い、引き締め的な金融政策の持続を難しくする。かかる状況では米金利も低下し、ドルも売られ、結果として円高が強まる可能性が高いというのが筆者の基本認識だ。

もし本当にFRB議長が解任されれば金融史に残る「事件」になるだろう。

だが、2019年の経済・金融情勢を読むという意味では、「累次にわたる利上げの真価が発揮され、ファンダメンタルズ(経済成長率や財政収支などの経済の基本的な指標)が弱くなる。これに応じてFRBの姿勢も軟化せざるを得なくなる」という至極真っ当な読みが筆者の抱く基本認識である。

その上で米金利は低下、ドルは下落、株式やクレジット(社債)などのリスク資産は軟調になる……といった各資産価格の見通しに落とし込む思考プロセスが基本になると考えたい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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