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あるベトナム人技能実習生が失踪を決意するまで——100万の借金返せず、貯金の夢も絶たれ

国旗が掲揚されるベトナムの街

ベトナムは、今や技能実習生の最大の送り出し国となっている。

「左官をやっています。たまに新しく若い日本人が採用されますが、1週間と続きません。人気がない仕事だということは、分かります」

ベトナム人技能実習生のコンさん(仮名・26歳)は、人懐っこい笑顔を浮かべ、自嘲気味にこう自己紹介をした。職場には日本人が3人と、コンさんを含めベトナム人技能実習生が3人。日本人は全員、50歳以上だという。

コンさんは2016年8月に左官作業の技能実習生として来日。実習計画は3年間で、来夏にはベトナムに帰る予定だ。しかし——。

「日本に来る前に稼げると思っていた金額をまだ稼げていません。このまま帰ったら、何のために来たのかわかりません」

筆者が「失踪するのか」と問うと、曖昧な笑顔を浮かべ、否定も肯定もしなかった。続けて筆者は「『特定技能』で滞在できるのではないか」と提案した。

「5年は長い、もう1人は嫌です」

2018年12月、外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法が成立。政府は介護や建設など14業種を対象とした在留資格「特定技能」を新設し、2019年4月からの5年間で最大約35万人の受け入れを見込んでいる。そして、その5割程度は技能実習生が移行すると想定されているのだ。

コンさんは新たな在留資格について、何も知らなかった。コンさんの周囲にいるベトナム人技能実習生のなかでも話題になったことはないという。

技能実習制度と違い、特定技能では同業種間の転職が可能で、5年間の滞在が認められる。3年間の経験がある技能実習生は、試験を受けずに特定技能へ在留資格を変更することが可能だ。ただし、家族の帯同は認められない。

コンさんは新制度に関心を示したが、「5年は長い。家族に会いたい。もう1人は嫌です」

中国がベトナムにノウハウを持ち込んだ

ベトナムの農村風景

ベトナムから日本にやってくる技能実習生は地方出身者が多い。

筆者が懇意にするベトナム人通訳者を通し、匿名を条件に取材に応じたコンさん。日本へ飛び立った2016年の夏は、希望に溢れていたと振り返る。この約2年半の間に何があったのか。

コンさんはベトナム北部の村の出身。村では韓国や台湾に出稼ぎに行く人が多いなか、コンさんは日本へ行くことを決めた。

「村に残っても仕事はなく、ハノイに出ても給料は大卒でも4~5万円程度です。日本の技能実習がブームになっていて、自分も行こうと思いました」

そうコンさんが話すように、2011年に1万3789人だったベトナム人技能実習生数は、2017年末時点で12万3563人にまで激増。2016年には中国を抜き、今やベトナムは技能実習生の最大の送り出し国になっている。

その背景を、ベトナムの送り出し機関(派遣会社)幹部はこう明かした。

「中国の経済成長で日本に行くメリットが薄れてきていることに加え、東日本大震災(2011年)、中国国内の大規模な反日運動(2012年)をキッカケに、中国人の希望者が減りました。一人っ子政策下で生まれた中国人はわがままで、日本の企業からも敬遠されるようになっていました。そこで日本側の受け入れ機関と中国の送り出し機関が目をつけたのがベトナムなんです」

ベトナムでは外資系企業が人材派遣会社を経営することはできないが、中国の送り出し機関の関係者が裏で関わる形で日本への送り出しビジネスが始まったという。

中国の送り出し機関が持ち込んだのは、日本の受け入れ機関とのネットワークや単純な人材派遣のノウハウだけではない。

「中国で行われていた日本の受け入れ機関へのキックバックや過剰な接待がベトナムにも引き継がれています。技能実習生の増加とともにベトナムの送り出し機関が乱立して競争も激しくなり、営業攻勢が強くなっています」(同前)

検査が追いつかない現実

ベトナムの技能実習生送り出し機関。

ベトナムの技能実習生送り出し機関は中国のノウハウを学び、日本への人材派遣を増やしている。

日本の技能実習生の受け入れには2種類の方法があるが、全体の96.6%(2017年末)は「団体監理型」だ。 実習生を受け入れたい企業は監理団体を通し、監理団体が契約する海外の送り出し機関に応募した労働者と雇用契約を結ぶ。実習生は監理団体が受け入れ、傘下の企業等で技能実習を実施するという形だ。

2017年11月に実習生の保護強化などを目的とした新技能実習制度がスタート。

新制度では、監理団体は新設された「外国人技能実習機構」の許可制になり、実習生ごとの実習計画の提出も必要になった。機構には実習実施者や監理団体への実地検査権を持たせ、検査などで実習計画に反していることが発覚すれば、業務停止命令などが出されれるなど、罰則も設けられている。

ただ、新制度開始から1年。まだ、手が追いついていないのが現実だ。

実習生の大半は地方の高卒の若者

監理団体は送出機関を含む関係者から監理費以外の手数料や報酬を受けてはならない(技能実習法第 28 条)が、先のベトナムの送り出し機関幹部はこう続ける。

「悪どい監理団体からすれば、どこの送り出し機関から採用しても大差はありません。『おたくから採用すればいくら払うの?』ってことです。すべてではないですが、キックバックや接待だけではなく、失踪した際の保証料を求める監理団体まであります」

業種により異なるが、ベトナム人の技能実習生に人気のある水産加工や電子部品の組み立て工場などは採用一人当たり1500ドル、人気のない建設や縫製などでも500ドルが相場になっているという。面接などで監理団体がベトナムを訪れた際は接待攻勢となり、その費用も膨らむ。

また、本来、監理団体がすべき実習生の管理を丸投げする監理団体まであり、大手の送り出し機関になれば10名を超える営業社員を日本に駐在させている。

ベトナム側の問題も大きい。

「実習生の大半は地方の高卒の若者です。地方にいるブローカーや送り出し機関の募集部の社員が集めてきますが、人材の奪い合いで、1人当たり報酬として500~1500ドル支払っています。こうして経費が重なり、費用が高くなります。実習生から徴収できる手数料は上限3600ドルと国から通知が出ていますが、守っているところは皆無でしょう」(同前)

ジャパンドリームは最低200万円の貯金

ベトナム人技能実習生を送り出す機関の施設。

ベトナム人技能実習生を送り出す機関の施設。

こうした裏金が横行しているため、実習生が支払う手数料も一様ではない。

ここで冒頭のコンさんに話を戻す。彼は3人きょうだいの長男だが、次男も技能実習生として日本に来ている。

「送り出し機関に私は約100万円を払いましたが、弟は別の送り出し機関で、50万円程度です。送り出し機関の担当者は、私の会社は給料のいい都市部の会社だから高くなると説明しましたが、なぜ、それだけの差になるのかわかりません」

兄の半額相当である弟が支払った50万円も、ベトナム人にとっては高額だ。ベトナム労働総同盟(VGCL)傘下の労働組合研究所のアンケート調査によれば、ベトナム人労働者の平均年収は6636万ドン(約32万円)に過ぎない。

コンさんは送り出し機関に支払う費用の2割を親族から借り、残る8割は銀行から借りた。それでも日本に行こうと思ったのは、そこに「夢」があるからだ。

「日本に行けば最低でも200万円を持って帰ることが可能で、雇用契約書には寮費なども引いた手取り給与が9万円と書いていましたが、送り出し機関の担当者は、実際は残業があって、もっと稼げると言っていました」

最低賃金水準で働く技能実習生が、どうしてそれだけの貯金ができるのか。疑問に思う読者もいるかもしれないが、複数のベトナム人技能実習生を取材した筆者の経験からすれば、それは技能実習生が持つ現実的な夢といえる。

たとえ寮費なども引いた手取りが10万円に満たなくとも、彼らは食費などの生活費に2~3万円程度しか使わない。最低でも月に6万円程度は貯金し、帰国後に請求できる年金の脱退一時金を含めれば、確かに最低200万円程度は貯金できるのだ。それだけのお金があれば、ベトナムの地方都市であれば家も建つし、店を開くこともできる。

6000ドル超えると高まる失踪の可能性

匿名で取材に応じるベトナム人技能実習生のコンさんと外食。

匿名で取材に応じるベトナム人技能実習生のコンさん。普段は外食する余裕がない。

ただ、100万円もの借金を背負い、それも大半を利子の高い銀行から借りたとなれば話は別だ。コンさんは借金の返済だけに2年もかかってしまったのだ。

「300万円貯金して、家族と住む家を建てたいんです」

コンさんが期待した残業も多くはなく、帰国が半年後に迫った今、その2割もお金は貯まっていない。ベトナム人技能実習生をよく知る首都圏の監理団体の幹部が舞台裏を明かす。

「技能実習生は採用が決まった後、約3カ月から半年間、全寮制の施設で日本語と日本文化を学びます。そうした費用に加え、日本に行く際のスーツケースを準備するなど、何かとお金を請求し、1万ドル以上支払わせるところもあります。ただ、6000ドルを超えると失踪のリスクが高まります。6000ドルというのは、実習生が仮に満額借金をしても1年間で返せる金額です」

それが2年となれば、コンさんの頭に失踪が浮かぶのも無理はない。法務省が行った失踪した実習生への調査結果(対象2870人)によれば、全体の51%が送り出し機関に100万円以上を支払い、1カ月あたりの給与額は「10万円以下」が57%を占めている。失踪の原因は、彼らが日本に来る前からの問題だ。

コンさんの周辺には、すでに失踪したベトナム人実習生が2人いるという。いずれも、来日前の日本語の研修施設で共に学んだ仲間だ。コンさんは強くこう訴えた。

「ベトナム人はお金を稼ぐ目的で日本に来ています。失踪した2人は手取りが7万円くらいだと言っていました。自分は彼らよりいいですが、高齢の日本人より働いているし、すぐに辞めていく若い日本人より給料が安いのは納得できません」

取材は、関東のレストランで行った。コンさんに「外食は久しぶりですか」と聞くと、「3カ月ぶりくらいです」。

普段は業務用スーパーで鳥のもも肉をキロ単位で購入し、それをご飯と一緒に少しずつ食べているという。

(文・写真、澤田晃宏)

澤田晃宏:ジャーナリスト。1981年、神戸市生まれ。関西学院高等部中退。建設現場作業員、出版社勤務、フィリピン・マニラの英語学校勤務(マーケティングマネージャー)などを経てフリー。進路多様校に関する問題、外国人労働者に関する問題を精力的に取材している。

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