大晦日は実家で紅白、元日は家族で初詣……。年末年始は家族で過ごすもの、と誰が決めたんだろう。
イラスト:小迎裕美子
暇だし、運動不足になるし……
新宿御苑にほど近いビルの地下、サンドバッグを打ち鳴らす音が聞こえてくる。ここはキックボクシングジムのBeauty Kick Project。このジムでは今年、大晦日にこんなイベントを予定している。その名も「ぼっち正月を蹴り飛ばす!年越し・除夜のキックボクシング」。
12月31日の22時から24時まで、除夜の鐘つきよろしく、キックやパンチを108回連打するイベントだ。ミットやサンドバッグを打ってストレス発散、今年のストレスは今年のうちに解消を、というわけだ。
イベントを企画したマネージャーの能見浩明さん(34)がいう。
「お正月は暇だし運動不足になるから、ジムを開けてほしい、という会員さんは例年、多いんです。ひとりぼっちでお正月を過ごす方々に楽しんでもらいたいと思って企画しました。当ジムの会員ではない方にも来てもらいたいです」
ジムの会員で、イベントに参加する予定という都内在住の男性(33)は、宮崎県の実家には帰らないつもりだ。
「福岡出張のついでに帰ることもあるし、何もお正月だからって必ず帰省しなくてもいいと思っています。飛行機も高いですし」
ご両親が寂しがるのでは?
「全然(笑)。兄姉とその子どもが大勢いるので、自分一人ぐらいいなくても賑やかさはまったく変わらないですよ」
除夜のキックイベントに参加するほかは、Netflixで好きなアニメを見たり仕事をしたりして一人で過ごすという。最近プロジェクターを買ったばかりで、部屋の壁に映し出してアニメや映画を見るのにハマっている。誰にも邪魔されない、何より至福のときなのだ。
家族に結びつきを求めてない
イラスト:小迎裕美子
今、ぼっち正月、という過ごし方を選択する人が増えている。
通販サイトでは「一人用おせち」のラインアップが年々増加。インスタグラムを開けば、ひとり旅、ソロキャンプ、それぞれのバッチ正月を楽しむ人の写真があふれている。
大阪在住の会社員女性は、21歳にして「ぼっち正月歴5年」というツワモノだ。
東京暮らしだった昨年は12月30日まで仕事し、大晦日は渋谷にひとりで飲みに行った。黒人の男性に声かけられて、外国人ばっかりのバーで踊って、スクランブル交差点で知らない人たちとカウントダウンに参加した。
元旦は昼頃起きて、ひとりで近所の神社に参拝。営業の仕事がいっぱいいっぱいで、神にもすがりたかったのだという。コンビニでお雑煮の材料を買って、作って食べた。そして2日からは仕事……。
小学生のときに両親が離婚したという彼女。中学を出て以来、一人暮らしでイベントごとで集まるという風習がそもそもない。実家には、もともと用があるときしか帰らない。
最近、年上の恋人ができたが、特に年末年始の約束はしていない。
「まぁどこかしらで会うとは思いますが、別にお正月じゃなくても会えるし」
と、さっぱり。
今年はルームシェアしている女友達とお酒を飲んで過ごす予定だ。
「結婚は、相手が望めばいつでもしたいと思っていますが、家族にそこまで強い結びつきを求めていません。仕事が大変なときとか、疲れたときにふらっと立ち寄る、ぐらいの存在でちょうどいい」
「今、ここ」を大事にする
家族と過ごさない正月が広まれば、鏡餅や雑煮など正月ならではの風習もなくなっていくのだろうか。
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自ら望んで仕事に集中する人もいる。
不動産関連サービスのベンチャーを経営する30歳の男性は、新サービスのリリース予定が間近で、年末年始も関係ない。
大晦日は共同経営者とその奥さんと子ども、アルバイトの女の子と集まってご飯を食べる予定だ。仕事の付き合いでしぶしぶ、というわけではない。友達みたいな感覚で、いまいちばん大事な仲間なのだという。
もちろん帰省して家族と過ごすことを楽しみにしている若者も多くいた。
いまの自分にとって、大事な人は誰か。それが血のつながった家族であっても、そうでなくても、自分らしく心地よく過ごせる場所はどこか。
「今、ここ」を大事にする、そんなマインドフルネス的なお正月。清々しく新年のスタートが切れることは間違いない。これからのお正月の過ごし方のスタンダードになる日も遠くはないかもしれない。
高橋有紀:ライター。1981年、岩手県生まれ。国際基督教大学卒業。週刊誌『AERA』、朝日新聞デジタル「&w」ほかで、ビジネス、教育、カルチャー、トレンドなどの分野を中心に取材、執筆。