東大母は娘を東大に行かせたい?学歴の重さに苦しんだからこその葛藤

年が明ければ受験シーズンが始まる。

学歴がすべてではない、と言いつつ、いまだに多くの親たちは少しでもいい大学に入れれば、よりよい生活が送れるだろう、と疑わない。だからこそ、幼い頃から少しでもいい教育を、と早期教育や塾に子どもを通わせる。

それでは自らが、日本の最高峰の東京大学を出た母親たちは、娘をどのように育て、どう学歴をつけさせたいのだろうか。拙著『東大を出たあの子は幸せになったのか』の取材過程で見えてきた“東大母”の戸惑いとは —— 。

息子には東大より海外大学をと願う

東京大学

”わが子を入学させたい大学ランキング”で、東京大学は必ず上位に入る。

撮影:今村拓馬

筆者が出会った東大母たちは、子どもが息子か娘かで、その将来に対する考え方が違った。

「東大に入るのも一つのチャンスだけれど、ゴールじゃない。自分で何をやりたいかを考えて大学を選んでほしい」(44歳、自営業)

「勉強が楽しくて、東大に進みたい学部があるなら行けばいい。もっと世界に目を向けてほしい」(42歳、会社員)

息子のいる東大母は、そう口をそろえた。

東大合格者数1位の開成高校(男子校)ではここ数年、高校を卒業して直接海外の大学へ進学する生徒が少しずつ増え始めている。

2017年、筆者が開成中学校・高校の柳沢幸雄校長に取材した際、「これからは多様性が進み、海外の大学に進学する生徒が増えていくでしょう」と語っていたが、実際2017年には、海外大学の合格者は22人に上り(開成の大学入試結果より)、ハーバード大学などに進学している。

同校ではカレッジフェアと称し、海外の名門大学の入試担当者を招き、模擬授業も行っている。そういった一連の取り組みにより、海外への進学は遠い世界の話ではなくなっている。

かつてはアジアトップだった東大は、英国の教育専門誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーションの「世界大学ランキング2019年版」で42位。アジアトップは、中国の清華大学(22位)だった。

勉強する充実感を味わってほしい

一方、娘を持つ東大母は「東大には入ってほしい」けれど、一抹の躊躇もあるのだという。

夜、机に向かって勉強する女の子。

娘にも東大に入ってほしいと思う母親がいる一方で……。

shutterstock / kanasana

東大文学部を卒業した会社員の女性(47)には、中学生と高校生の娘がいる。それぞれ中高一貫の中堅女子校に入学させた。両校とも東大合格者は数年に1人出る程度で、合格までの道は遠い。それでも「東大に入ってほしい」と、東大の魅力を娘たちにアピールしている。

「私自身は御三家女子高の出身で浪人して東大に入学しました。受験勉強した日々も、東大での4年間も充実した時間でした。勉強した充実感を娘にも味わってほしくて、『東大を目指してみたら』と事あるごとに東大の利点を言い続けていますが、本人はなかなかやる気になってくれないし、成績も伸びません。

私立文系でいいと言っていますが、もう少し頑張って高いところを目指してほしい。 東大卒の学歴はあって損じゃないですから、いけるのならば、東大にいってほしい」

夫も東大だが、「無理は禁物」とくぎを刺されている。

一方で、本当に東大でいいのか、という思いもあり、自身の中でも揺れている。同級生の中には、卒業後に一般企業に勤めたものの、途中で辞めて、医師を目指して他大学の医学部に入り直した女性も3人いた。

「結局、東大で何かを得られたわけでもなく、明確な意思が出てきたのは卒業後。そう考えると、東大にこだわることもないのかと思います」

東大出身を声高には言えない

東大 赤門

東大を出て得られるものとは。

shutterstock / TK Kurikawa

「お母さん凄いね、東大だったの?」

東大教養学部を卒業した会社員(44)は、ある時小学生の娘にそう言われた。娘は祖父母から聞いたらしい。

「東大であることを誇れる人は、東大を出てよかった、と思える人だけ。私はそうは思えなかったので、娘の問いかけにも、あいまいに答えただけでした」

そう話す。

東大はまぐれで合格したようなもの。入学後は同級生との学力の差を歴然と感じた。 4年間の成績は普通だったが、学内で応募された企業のインターンには一度も受かったことはなく、就職でも思うような結果を出せなかった。そのため、東大出身を声高には話せないでいるという。

学歴は「やりたいことをやるための最低限のパスポート」だと考えている。そのため、娘には“ある程度いい大学”に入ってほしいと望んでいるので、それなりの大学を目指せる中高一貫の女子校を受験させたいと思っている。

娘が東大に入ってくれたらもちろん嬉しいが、東大にはこだわっていない。

「娘はよく頑張っています。私が中学受験を目指したときよりも、よほど勉強している。しかし、私が通った県内でも有数の私立中高一貫の女子校には、入れないレベルです。中学受験はし烈になっていて頭が重いです」

子供に読み聞かせする父親

幼い頃からの教育だけでは、偏差値の高い学校は目指せない(写真はイメージです)。

shutterstock / imtmphoto

小さい頃から大事に育ててきた。家事にも教育にも協力的な夫とともに読み聞かせをしたり、好奇心を育むような育児もした。

でもそれだけでは、偏差値の高い学校は目指せないのも、なんとなく悟った。

「娘が東大を目指すのも、他大学に行くのもそれもいい。東大を卒業しても、それに見合うだけの実力がなければ、意味ないですから……。それはきちんと話していこうと思っています」

就職して知る東大という学歴の重さ

拙著を読んで、感想をネット上に書いてくれた女性がいる。

「東大ではないけれど、旧帝大出身。自分の娘が中学受験を迎えるにあたって、女子に学歴をつけさせるのはどうかと悩んでいた。女性が高い学歴を持ってキャリアを積むことにハードルを感じていたこともあったけれど、東大出身の女性の等身大の姿を知って、大変参考になった」

確かに女子の場合、高い学歴が実社会でそのまま“評価”につながるケースばかりではなく、かえってその学歴で苦しむケースもまだまだ多い。

関連記事:「頭のいい」女子はいらないのか——ある女子国立大院生の就活リアル

本を書くにあたり取材した東大出身女性たちの中には、その学歴との折り合いに苦しんでいた人も確かにいた。

「就職して初めて、東大卒という学歴の重さを感じた。あの人東大卒なのに、そんなこともできないの、という周囲のプレッシャーはきつい」(20代)

「入社した当時、東大卒は頭はいいんだろうけれど、コミュニケーション能力が足りないね、と男性上司から面と向かって言われたことがありました。私は、そんなこといちいち言わなくても分かると思っているので、説明も弁解もしなかったのですが、これではいけないと思い、きちんと説明するようにして、コミュニケーションを心掛けました」(30代)

「東大卒は起業したり、フリーランスになる人が多い。組織の中でやりにくいことが分かっているから、自分だけの居場所を持ちたいのだと思う」(40代)

それでも女子は勉強した方がいい

手をつないで歩く親子

子供の視野を広げるのも親ができることだ。(写真はイメージです)

shutterstock / T.TATSU

その一方で、東大出身で、武蔵大学社会学部教授の千田有紀さん(50)は、女子だからこそ若いうちに勉強をしなければいけないし、学歴もつけておいたほうがいいという。

小学生の娘がいる千田さんは、娘の教育にも熱心だ。「女の子が理系に進むようになるのは親の影響が大きい」と科学分野の本を読みきかせ、科学館にも意識的に連れていく。

「ホワンとしてたら、いつの間にかノーと言えない人間になってしまう。確固たる自分を持つためにも、勉強することは必要です。特に、女子の場合は労働市場において学歴が武器になる瞬間がありますから……」

東大母だからこそ、学歴の怖さも重さも知っている。


樋田敦子:ノンフィクションライター。明治大学法学部を卒業後、新聞記者を経てフリーランスに。主に女性と子どもの問題をテーマに取材、執筆している。著書に『女性と子どもの貧困』など。

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