東京メトロがスマホアプリでトイレの空き状況を確認できるサービスを開始した。「神機能」など絶賛される一方、犯罪学や盗撮に詳しい専門家からは懸念の声も上がる。
通勤時間のビジネスパーソンに人気
東京メトロアプリより
東京メトロの公式アプリにアクセスすると、男性、女性、多機能トイレそれぞれのトイレの総数と、そのうちいくつが利用中かまで分かる仕組み。写真は上が上野駅、下が溜池山王駅の12月26日の午後3時頃の様子だ。
アプリは電車が走っている時間、始発から終電まで利用できる。もちろん無料だ。
東京メトロ広報部によると、2017年12月から2018年2月に池袋駅で実証実験を行い、好評だったため正式に導入したという。現在は上記の上野と溜池山王の2駅のみだが、今後は他の駅にも拡大していく予定だ。
実証実験の結果、アプリの利用が最も多かったのは、朝の通勤時間帯のビジネスパーソンだったそうだ。
「急いでいる」「乗り換えのタイミングで確認したい」という声が多いそうで、1秒も無駄にできない東京の通勤ラッシュならではのニーズがうかがえる。
サービス開始が報じられると、SNSを中心に「神機能」「素晴らしい。全駅でやって欲しい」「お腹をこわすことも多いので助かります」など喜びの声があふれた。
実証実験では利用者の性別や年齢などは分析していないそうだが、女性の中には違和感を持つ人もいる。
「自分のトイレの利用状況も表示されるってことですよね? 新幹線でトイレを使っている間にランプがつくのもなんか嫌なのに……ちょっと抵抗があります」(女性・30代)
「駅のトイレってただでさえ薄気味悪い場所も多いから、ルミネとかショッピングビルとつながっているときはそちらを選ぶようにしています。情報を悪用する人も出てくるかもしれないし、サービスの必要性がわかりません」(女性・30代)
女性たちが懸念しているのは、アプリが犯罪者にとっても便利な点だ。
盗撮・待ち伏せ……「トイレは犯罪の温床」
便利さか安全性か。
撮影:今村拓馬
都内在住の30代の女性は、午前零時頃に自宅最寄り駅のトイレで侵入してきた男性に体を触られたことがある。個室から出たタイミングで、トイレには女性1人だった。
「私1人だというのを確認していたからこその行動だったと思います。空き情報が簡単に分かるようになれば、同じような人がさらに出てくるかもしれないのでこわいです」
2018年3月にはJR亀戸駅の女子トイレで個室から出てきた女子高生が頭部をハンマーで殴打され、同年11月にはJR小岩駅で20代の女性をトイレに連れ込み床に押し倒して性的暴行を加えようとした男性が、強制性交未遂の疑いで逮捕されている。
犯罪学が専門の立正大学文学部・社会学科の小宮信夫教授も懸念を示す。
「トイレが犯罪の温床だというのは世界の常識です。便利さと安全を天秤にかけたとき、常に便利さを優先してしまうのは日本の特徴ですね」(小宮さん)
小宮さんによると、海外では「トイレを悪用する人は必ずいる」という前提で設計されているそうだ。たとえば日本の駅のトイレは男性と女性の入り口がそばにあることが多いが、これは危険だという。海外では男性用と女性用は離れた場所に設置するのが通常だ。
「ただでさえ駅構内の設計が悪いのに、さらにその状況をアプリで可視化するのはリスクが大きい。犯罪者の視点に立つと、人が少ないことが分かれば安心して犯行に及べるだけでなく、1〜2時間女性がいない状態が続いているトイレでは個室に入ってアプリを見ながら待ち伏せする人も出てくるかもしれない」 (小宮さん)
多くの人が出入りする駅は、犯罪も起きやすい(写真はイメージです)。
shutterstock/Filipe Frazao
逆に考えると、人がいないときに入らないなどの個人的な対策もできるが、まずは場所を管理する企業がトイレ自体の設計や配置を見直したり、防犯カメラを犯罪者の動線をカバーするように設置するなど、十分な安全対策をしてから導入すべきだと言う。
性犯罪被害に詳しい上谷さくら弁護士も同じ意見だ。
「日本の盗撮事件の過半数がトイレやエレベーターなど駅で起きているという分析もあります。トイレの空き状況が簡単に分かるということは、盗撮のための隠しカメラの設置もやりやすくなるということです。後ろの個室から自撮り棒をのばして盗撮するケースも学校などでは多いのですが、アプリで空室状況を確認してしのび込めば、こうした方法もより簡単に可能になります」(上谷さん)
アプリではトイレの空き状況だけでなく、駅構内の立体図も見られる。
「バレたらこの経路で逃げようなど、その後のことも考えて犯行に及べるわけです。駅の管理者は『駅はもともと犯罪が起きやすい場所』だという認識をしっかり持って、防犯カメラやブザーの設置、犯罪防止の啓発ポスターの張り出しなど、さらなる対策に努めて欲しいです」(上谷さん)
東京メトロ広報部によると、「平時からトラブルが起きないよう警備員などによる巡回を強化している」ため、このサービスの導入にあたって新たな防犯対策をした事実はない。
(文・竹下郁子)