2018年12月27日、クリスマスの1000円超の下落から2万円の大台を回復した東京の株式市場。この数日間の乱高下の背後には、トランプ政権の混乱がある。
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12月25日、クリスマスの東京市場。日経平均株価は1000円以上の値下がりとなり、日経平均は2万円を大きく割り込んだ。前日のニューヨーク市場での653ドル安という大幅下落を受けての連鎖的下落とみられる。26、27日と東京市場は反発して2万円台を回復したが、先行きは不透明な状況だ。
参考記事:シリアに続きアフガニスタンからも撤退へ?アメリカのマティス国防長官が辞任、その書簡で語ったトランプ大統領との溝
トランプ政権の混乱はこれまでも株価に少なからぬ影響を及ぼしてきたが、このたび発表されたジェームズ・マティス国防長官の辞職は、他の政府高官の辞職とは比べものにならない大きな意味を持つ。
ここ数日の株価の乱高下は、そのことを市場が読み取ったからだと、筆者は考えている。米議会が「つなぎ予算」を策定できず、政府機能が一部閉鎖されたことが下落に拍車をかけたが、これは2018年ですでに3度目のことであり、経済基盤を揺るがすような話ではない。
米軍シリア撤退は中東の「火だね」になる
2018年12月26日、イラクのアル・アサド空軍基地を電撃訪問したトランプ大統領。メラニア夫人とジョン・ボルトン大統領補佐官を同伴。シリアからは撤退も、イラク撤退はないことを表明した。マティス国防長官の辞任による不安を打ち消す狙いもあったか。
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マティス氏は、トランプ大統領が下した「シリア、アフガニスタンからの米軍即時撤退」という決定に対し、「同盟国に対する配慮と信頼維持が必要である」として、トランプ大統領に再考を促したが、受け入れられず辞任した。
ウォール・ストリート・ジャーナルの記事(2018年12月24日付)によれば、トランプ大統領とトルコのエルドアン大統領が電話会談を行い、米軍が撤退した後の空白地帯にはトルコ軍が入り、「イスラム国(IS)」の押さえ込みをはじめ地域安定化を肩代わりすることで合意したという。
しかし、シリア国内のクルド人組織にとって、天敵とも言えるトルコ軍が、同盟関係にある米軍に代わって居座るなどという事態は到底受け入れられない。クルド人組織とトルコ軍の間にそのうち紛争が起きることは、火を見るより明らかだ。
そうなれば、クルド人組織はアメリカと対立するアサド政権に援助を求めるだろう。シリアの混乱はいっそう複雑になる。さらに、新たな紛争が始まれば、欧州への脱出を図ろうとするシリア難民も再び増えることになる。難民の受け入れによって現在の政治不安が生まれたドイツなど、欧州各国がトランプ大統領の撤退判断に反発するのは当然のことだ。
トルコにとって「こんな都合の良い話はない」
トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領(右)とイランのハッサン・ロウハニ大統領。イラン制裁を続けるアメリカにとって、両者の関係は重大な関心事。米軍のシリア撤退によってどんな変化が生まれるか。
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一方、トルコのエルドアン大統領にとっては、こんなに都合の良い話はない。労せずしてシリア国内で一定の権益を得ることができる上、敵対するクルド勢力にいつでも一撃を与えることのできる状態になるからだ。
なぜ、こんな交渉が成立したのか。
それは、サウジアラビア政府を批判していたジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏がトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館で殺害された事件にさかのぼる。
この事件については、現場で録音された音声をエルドアン大統領が所有している。トルコがこの録音を公開しないことの見返りとして、トランプ大統領はシリアからの米軍撤退を約束したとの見方もある。
録音にはサウジのムハンマド皇太子が事件に関わった証拠が含まれているとされる。兵器輸出先として、またイランへ制裁を続けるための協力者として、サウジアラビアの存在を重要視するトランプ大統領が、トルコの口封じに動く理由は十分過ぎるほどある。
マティス氏の役割が決定的に重要である理由
2018年10月、記者会見で発言するトランプ大統領を見つめるマティス国防長官。この時すでに「ミゾ」は生じていたとみられる。
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理由は何であれ、米軍のシリア撤退とその結果として起きるトルコの勢力拡大により、中東は再び混乱に向かう可能性がきわめて高い。だからこそ、マティス氏は自らの進退をかけて、トランプ大統領に考え直すよう説得したのだろう。
マティス氏はこれまでも、トランプ大統領の同盟国に対する過激な発言を修正する役割を果たしてきた。
トランプ大統領が北大西洋条約機構(NATO)条約第5条を無視し、加盟国が他国から攻撃されても米軍を派遣しないと発言して他の加盟国から大きな不信を買った時も、マティス氏が火消しに奔走し、自ら大統領を説得して事態の沈静化を図っている。
国防長官就任前にも同様のことがあった。トランプ大統領が日本や韓国に対して米軍基地の撤退をほのめかしたため、マティス氏は自らの国防長官就任後の最初の訪問先として日本と韓国を選び、火消しをして回ったのである。そうした経緯もあって、日本や韓国にとって、マティス氏はトランプ政権内で最も信頼できるパートナーとみられていた。
「タカ派」ボルトン大統領補佐官の思うツボ
2018年11月、記者会見で発言するジョン・ボルトン大統領補佐官。2019年、良くも悪くもトランプ政権のキーマンになると予想される。
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マティス氏の後任として、パトリック・シャナハン副長官が1月1日から国防長官代行に任命されたが、実質的に外交・安全保障面でトランプ政権をリードするのは、ジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)になるだろう。
ボルトン氏は、マティス氏とは正反対の「アメリカ・ファースト」主義者。軍事的にはいわゆるタカ派で、大統領補佐官就任前から「北朝鮮、シリア、イランを空爆すべし」と発言してきた人物だ。
参考記事:米朝首脳会談はどうなる?対北朝鮮強硬派ボルトン補佐官の「リビア方式」発言は、交渉を妨害する狙いか
貿易関係をめぐって対立の深まる中国についても、南シナ海問題、台湾問題を切り口に、強行策をトランプ大統領に進言する可能性は否定できない。
民主党の大統領糾弾が本格化すると……
ニューヨーク株式市場は大幅下落から一転、回復・上昇基調だが、このまま維持できるかはきわめて不透明だ。
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2018年11月に行われた中間選挙では、野党・民主党が下院で過半数を取った。2019年2月にはロバート・モラー特別検察官によるロシア疑惑調査の結果も公表される。今後、民主党は下院を中心にトランプ大統領を糾弾し続けることになるだろう。
トランプ大統領は、国内で不利な状況が生まれると、海外で強行策に出るという戦術を繰り返してきた。その無謀さが限度を超えると世界は大混乱に陥りかねないが、少なくともこれまではマティス氏がそうした事態を阻止してきたのである。
冒頭に書いたように、クリスマスを起点とする株価の乱高下は、マティス氏不在のトランプ政権がいかに危険な状態にあるか、市場が読み取った結果と言える。
来るべき2019年は、トランプ政権への不安がさらに顕在化し、経済面、安全保障面ともに世界の混乱が続く、あまり喜ばしくない年になると言わざるをえない。
土井 正己(どい・まさみ):国際コンサルティング会社クレアブ代表取締役社長。山形大学特任教授。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。2013年までトヨタ自動車で、主に広報、海外宣伝、海外事業体でのトップマネジメントなど経験。グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年よりクレアブで、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。山形大学特任教授を兼務。