少年ジャンプ+編集長に聞く「マンガ編集者がAIを使う」可能性 ── 中国には100万人の漫画家志望がいる

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ディープラーニング(深層学習)、マシンラーニング(機械学習)といったAI系技術の応用がビジネスに成果を出す例が増えてきている。

累計1000万ダウンロードをうたう集英社の漫画アプリ「少年ジャンプ+」と開発会社のReproは11月末、AIを使ったユーザーの行動予測の実証実験の成果として、AIを使うことで90%の精度で予測し、アプリの離脱率(チャーン予測という)を下げることができたと発表した。これは端的に言えば、AIの行動解析によって、「アプリの利用をやめそうな人」を見つけ出せるようになった、ということだ。

漫画編集部が考えるAI活用とはどんなものなのか? 少年ジャンプ+ 細野修平編集長に聞いた。

漫画アプリは出版ビジネスの最前線、AIだって使う

少年ジャンプ+の細野修平編集長

少年ジャンプ+の細野修平編集長。少年ジャンプ+で自身が手がけた作品としては、ネット上で大いに話題になった『ドラゴンボール外伝 転生したらヤムチャだった件』が有名。

今回の漫画アプリへのAI実証実験を開発側として取り組んだのは、創業5年目の東京・渋谷区のベンチャー、Repro。ReproのCSO・越後陽介さんによると、Reproでは2017年の初めから少年ジャンプ+の利用データ分析支援をしており、2018年7月にRepro社内にAIラボが発足したことをきっかけに、AIによるチャーン予測(解約予測)ができるのではないかと提案。少年ジャンプ+側も「デメリットがないなら、ぜひやってみたい」(細野編集長)と応じ、プロジェクトが始まった。

開発期間はAIモデルの作成とチューニングに1カ月程度、その後、実際に少年ジャンプ+の一部のユーザーに対して、少年ジャンプ+内で使える“コイン”がもらえる特典付きプッシュ通知を行ない、その成果を計測、分析した。

結果としてAIは、アプリの再訪率などから「やめそうな人」を90%の確率で予測できること、さらに、AI予測を使うことで、広告費の空打ちを85%減らせることもわかったという。

AIによる広告コスト抑制効果(少年ジャンプ+との実証)

Reproと集英社の共同リリースより。集英社が開発会社と連名でプレスリリースを配信するのは珍しいことだ。

この実証が興味深いのは、やめそうな人をAIが予測できるだけではなく、「無作為な特典付与がきっかけとなってやめてしまう継続ユーザーがいる」ことがわかったことだ。サービスのつもりだった特典付与が、ネガティブに働くことがある……これには、少年ジャンプ+編集部でも、「(特典付与がユーザーの意識にネガティブ効果を与える可能性があるという)そういう感覚は持っていなかった。意外だった」(細野編集長)と語る。

AIが将来的にやめそうな人を見抜くことで、「ユーザーに漫画アプリを楽しんでもらう」という体験のデザインの点で、どう無料コインを使ってもらうのが効果的なのかを考え直すきっかけになったとも言える。

AIが漫画編集者の新しい「モノサシ」をつくるかもしれない

ReproのCSO・越後陽介さん(左)と少年ジャンプ+の細野編集長。

ReproのCSO・越後陽介さん(左)と少年ジャンプ+の細野編集長。

Reproとの今回の実証は、いわゆる「アプリマーケティング」の領域で、コイン付与に要するコスト最適化の一例だ。

ただ、こうした成功事例によって少年ジャンプ+編集部がAI活用の可能性を改めて考え始めたとすると、これは面白い。細野編集長に今後の積極的なAI活用の可能性を聞いてみると、「まだ具体的に進んでいるものはない」とはしながらも、編集者にとって新しいモノサシになる可能性に期待している、と語った。

少年ジャンプ+の漫画閲覧画面

少年ジャンプ+の漫画閲覧画面。漫画の読みやすさだけではなく、「応援コメント」などのSNS的な要素や、Tシャツなどグッズ販売など漫画プラットフォームとしてのさまざまなビジネス手法を取り入れたアプリになっている。

「週刊少年ジャンプの連載評価の方針として、“アンケート至上主義”は読者の皆さんの間でよく知られています。そういう意味では、ジャンプ編集者は昔から、アンケートでいかに1位をとるかをモノサシとして、編集者も漫画家さんも考えてやってきたというところがあります。週刊少年ジャンプの中で1位をとれば、市場(書店)でも売れるし、人気も出るし、日本でも世界でも有名になる ── かつては、それ(そのモノサシ)が盤石だった時代がありました。

しかし、今の時代、電子書籍もあって、ネットの漫画もたくさん出てきて、“そもそもヒットって何なのか?”と(いうことを考え直す時期がきています)。アンケートの結果はジャンプ内の人気の指標にはなりますが、それが日本の中での人気の指標になるのか? それが揺らぎつつあると思っています」(細野編集長)

編集者個人のこうした「モノサシ」への感覚の変化は、紙の雑誌である週刊少年ジャンプに比べ、毎秒リアルタイムに変わるユーザー動向に向き合う少年ジャンプ+の編集者のなかではより顕著になってきているという。

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少年ジャンプ+の人気連載漫画の1つ『地獄楽』。

実売部数やアンケート順位で人気がわかりやすく測れる紙の出版物に比べて、たしかにWebやアプリの漫画プラットフォームの分析は複雑だ。情報もパラメーターも多く、考え出せばキリがない。たとえば、漫画のラインナップ1つとっても、一部に実質無料の漫画もあるため、「ただ読了率が高いから良い」「ページビューが高いから良い」とは一概に言えない。

Reproの越後さんはデータと漫画の売り上げの相関性についてこう語る。

「データ分析を進めている中で、閲覧数(ページビュー)は、どうやら(その漫画が生み出す)売り上げにもある程度つながっていそうな傾向があることも見えてきました。ただ、閲覧数というのは、あくまで結果です。なぜこの作品が注目を集められているのか、その分析をいま、徐々に明らかにしていく取り組み始めています。結局のところ、漫画の面白さとは何か? 面白さ以外に人気を集める要因があるなら、それは何なのか(に近くことが大事です)。とはいえ、漫画そのものの面白さを評価するのは難しい。アプリのつくり(や見せ方)などで人気がどう変わるのかを見ていこうとしています」(Repro越後さん)

デジタル時代に作家と編集者の関係性は変わる

ジャンケンバトル

漫画アプリは集英社にとっても、コンテンツビジネスの最前線。さまざまなゲームアプリ的なビジネス手法を試し、取り入れている。無料でコインが入手できる「ジャンケンバトル」や、1話目を読むと一定のコインが無料で付与される機能など、プラットフォーマーとしてのさまざまな仕掛けがある。

集英社にとって、漫画アプリというのはどういう存在なのか。

「(国内の)デジタルコンテンツ分野において、漫画は収益も上がってますし、色々な技術が進んでいる最先端だと思ってます。ですから、漫画アプリの編集者は必然的にその最前線に立たされているというところがある。(前述のように)その環境に適応せざるを得ないというのは1つあります。 近年よく目にするケースだと、漫画家さんが Twitterなどで投稿したものがバズって、出版に至るということも増えてきました。こうした時代には、漫画家さんがどこの出版社から(本を)出すのか選ぶときに、出版社が示せるバリューも変わってきます。(たとえば)本が出た後に営業ができる、データ分析ができるというのが、出版社が生き残る道の1つになっていくと思ってるんです」 (細野編集長)

また、編集者という仕事も変化していく可能性があると細野編集長は考えている。

「もしかすると編集という仕事も、より業種が細分化されてくるかもしれません。(たとえば)ゼロから作品を作家さんと一緒に立ち上げる人、その作品を伸ばす人、その作品をとにかく売り伸ばす人、といったようにです。今までも、そういうこと(各パートごとへの特化)に長けた編集者はいましたが、今後はより明確になっていくんだろうな、と」(細野編集長)

データ分析が裏付けた「最初の3話」企画会議の重要性

少年ジャンプ編集部の一角

少年ジャンプ編集部の一角。

一方で、他の業界でも見られるように、「職人の勘」や「経験則」が正しかったことも、少年ジャンプ+のデータ分析によって見えてきた。たとえば、週刊少年ジャンプでは、漫画連載の開始終了を決める連載会議の際に、連載の最初の3話のネームをベースに企画を検討している。「最初の3話で、いかに読者の心をつかむかが大事」だということは、ジャンプ編集者にとって不変のモノサシの1つということになる。

Reproの分析では、3話目までの閲覧数などの推移を見ることで、10話目時点のユーザー数の着地も高い精度で予測できることがわかった。10話目になると、原稿量がちょうど単行本がつくれる量になる。10話目時点で十分なファンを獲得できているかということは、出版ビジネスを考える上で非常に重要だ。

「アジア100万人の漫画家」発掘にはAIの力が必要

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ジャンプ公式マンガ制作ソフト「ジャンプPAINT」。ダウンロード数100万DLを超える人気のクリエイター向けアプリだ。

少年ジャンプ編集部では、漫画プラットフォームを手がけるベンチャー、メディバン社とともに「ジャンプPAINT」という漫画制作アプリも作っている。その中で「ジャンプ世界一マンガ賞」を各国言語ごとに募集。また、中国のメッセンジャープラットフォーマー大手のテンセント(騰訊)とともに「ジャンプ縦スクロール漫画賞」などを開催して、海外作家の発掘にも力を入れてきた。

細野編集長は漫画制作の現場を知る者として、編集者のAI活用が必要だとすれば、キーになるのは海外コンテンツの発掘だ、と指摘した。

「ちなみに、才能のある作家の発掘に関して ── あくまで妄想を語るのであればですが ── 国内の作家の発掘は、なんだかんだ言っても(業界全体をみれば、今のシステムで)網の目は行き届いていると思うんです。 ただ、課題があるとすれば海外の作家さんたちの発掘です。たとえば中国や韓国を中心としたアジア圏だと、日本的な絵柄を描く漫画家さんは多く、漫画自体のレベルも非常に上がってきています。ある中国の漫画出版社に、漫画家志望の人の母数について聞いたことがあります。“漫画は(アプリやゲームづくりに比べて)マイナーなので……”と前置きした上で“100万人くらいしかいません”と言われました(笑)」(細野編集長)

日本の漫画家志望者数の一般的な統計はあまりないが、たとえばオリジナルの漫画同人誌の展示即売イベント「コミティア」の参加サークルは、多いときで5000前後(サークル、個人含む)。ここから考えても、漫画家志望者数の規模ではやはり中国が巨大市場であることは類推できる。

いかにヒット作を生み出すか

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いま少年ジャンプ+では、AI活用とデータ分析をベースに、ヒット作を生み出すしやすくするための「課題の発見」を進めている。

たとえば一般論として、漫画作品は、連載開始近辺が最も購読者が多く、後半になるほど読者が減っていくというカーブを描く。少年ジャンプ+のデータ上でも、これは事実として存在し、意外なほど連載の途中からファンになる新規読者は多くはないことがわかってきた。

つまり、連載の長い作品ほど、「いかに新規読者を継続して獲得するか」が課題になる。少年ジャンプ+では、これまでのデータ分析の知見をいかして、少年ジャンプ+以外のアプリも含めて、新たな読者獲得の手法を仕掛けていくという。

(文、写真・伊藤有)
(C)集英社

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