モビリティ革命、誰もクルマを買わなくなる時代の「予兆」と「リアリティ」:テクノロジーの地政学 対談

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2018年夏のトヨタとソフトバンクの衝撃提携も、テーマはMaaS。ハード(クルマ)のサービス化は自動車業界を飲み込む大きなうねりの1つだ。

写真:伊藤有

2018年、トヨタとソフトバンクの大型提携が発表され、両社が取り組む自動運転を見据えた「Mobility as a Service(MaaS、マース=特定のクルマを所有せず、必要なときだけ対価を支払って利用する形態のこと)」参入に世界中から注目が集まっている。

インターネット接続が前提の自動車=コネクテッドカーが徐々に増え、海外ではウーバーなどのライドシェアも浸透し始めている。自動車を取り巻く環境が大きく変わる中、「近い将来、誰もクルマを買わなくなる」と断言するのが、シリコンバレー vs. 中国の最新技術動向を追った書籍『テクノロジーの地政学』(日経BP社刊)の共著者、シバタナオキ氏と吉川欣也氏だ。

世界屈指の自動車社会・アメリカにあって、2人が活躍するシリコンバレー界隈では脱・自家用車がリアルな肌感として現実味を帯びているという。

「クルマの所有をやめ始めた」シリコンバレー住人たち

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── 『テクノロジーの地政学』の中で、「近い将来には誰もクルマを買わなくなる」という話が出てきます。この時間軸って、どれぐらい先の話をイメージしてますか。

シバタ:難しいですが、早ければあと5年くらいでしょうか。実際に最近、僕の周りでもクルマを持つのを止めた人が結構いるんです。

シリコンバレーだと、移動はもう全部Uberにした方が早くて安い。僕がクルマを持っていなきゃいけない理由は、子どもの送り迎えにチャイルドシートが必要だからですが、もし独身だったらクルマには乗りません。通勤で毎日往復1時間弱ぐらいはハンドルを握っていますが、運転している間はほかのことができない上に経済的にも合わないし、事故の不安もある。もしUberの「定期券」みたいなものがあったら、そっちの方が全然良いです。

吉川:人を運ぶクルマと物を運ぶクルマがあるので、そこは切り分けて考える必要はありますね。その点で言うと、物を運ぶクルマはなくならないけど、人を運ぶクルマへのニーズは大きく変わってきてます。僕自身もUberの利用率がどんどん上がっていて、シバタさんが言うように子どもがいなければ、もうクルマはなくてもいいと思っています。ましてや東京みたいに交通網が発達していて、人を一度に大量に運べる移動手段があればクルマはいらない。

アメリカでも今、(テスラCEOの)イーロン・マスクのザ・ボーリング・カンパニーが、地下に「ループ」と呼ばれる新たな乗り物を走らせようとしています。またシリコンバレーでも同様に、一度に多くの人を運べる移動手段を求める声が高まっています。

シバタ:一般家庭のクルマの約90%が、実は停まった状態だという話もあります。稼働率が10%以下だとすると、残りの90%は動いていない鉄の塊。これはどう考えても非効率ですよね。一方でみんな高い駐車場代にお金を支払っている。社会全体でリソースの最適化をしようと思うと、当然ライドシェアした方が良いって話になります。必然ですよね。

クルマを「所有しない」ことにインセンティブを払う時代がやって来る

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── クルマの運転が好きだからクルマを持ちたいという人は、お二人の周りにはもうあまりいないんですか?

吉川:クルマが好きで運転が楽しい人でも、渋滞が楽しい人っていないと思うんです。今、世界的に渋滞が深刻な問題になっていて、中国ももちろんそうです。地域によってはすでに政府が介入して「クルマを買っちゃダメ」とか「税金をかける」とか、もうそうしなきゃいけないフェーズに入って来ていると思います。

シバタ:今は電気自動車にインセンティブが支払われているけど、次はクルマを持たないことに、インセンティブが支払われるようになるんじゃないかと、僕も思います。

吉川:車を買わないでUberで通勤する人に補助を出しましょうとか。国や州よりも早く、企業側がやり始めるかもしれないですよね。

── アメリカはクルマ社会でもあるし、特に問題意識が強いのかもしれません。一方日本では法規制もあって、Uberのようなライドシェアはまだ入り口に差し掛かったかどうか。ライドシェアの必要性に関してはだいぶ温度差があります。

シバタ:ちょっと逆説的な言い方になるかもしれませんが、僕は日本のことを、“タクシーというライドシェアがかなり進んでいる国”という風に見てるんです。日本のタクシー運転手の質に関して文句を言う人もいますし、日本に住んでいたときのことを思い出すとその気持ちもわからなくはないのですが、海外に比べたら、日本のタクシーの運転手さんは本当にきちんと教育されていて、すごく優秀。見方を変えれば、タクシーというライドシェアがすごく進んでいるとも言えるのではないでしょうか。特に東京はタクシーのインフラが行き届いているので、逆にUberのようなサービスが入りにくいかもしれない。

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吉川:日本の特に都心部では交通網が発達しているので、クルマを所有しないという考え方はアメリカよりもむしろ進んでいるんじゃないのかな? アメリカは電車があまり発達していないので、Uberで移動を可視化できるようになって、ようやく自分の移動距離とか移動時間が読めるようになった側面があります。

日本ではUberのようなサービスはまだ生活の中に入っていないけど、ほかの交通網が発達しているおかげで移動時間が読める。これはすごいことだと思いますよ。

── 確かに東京ではクルマが必要ないという話もあります。本当に誰もクルマを買わなくなると、自動車メーカーは大打撃です。だからこそトヨタなども、MaaSに本腰を入れ始めているということなのでしょうけど。

シバタ:僕はトヨタやフォードは、マイクロソフトやアドビに学ぶべきだと思っています。マイクロソフトとアドビの決算を見るといつも感動するんですが、彼らはソフトウェアのパッケージ販売からSaaS(Software as a Service)へ、ほぼダメージなく移行しました。これってすごいことです。

言い換えれば、トヨタやフォードもやり方によっては、マイクロソフトやアドビになれるということ。自動車の販売台数が減って売上が減るという論調があるけど、マイクロソフトやアドビはパッケージ販売をやめても売上が減っていない。それどころかむしろ増えています。だからトヨタやフォードもきっと同じようにできるはずで、これから5年、10年先を楽しみにしたいと個人的には思っています。

MaaSイノベーションの影響を受けるのは自動車メーカーだけじゃない

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Uberの本社前の風景。

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── 5年、10年というのは、かなり近い未来です。まだUberの利用も限定的な日本では、MaaSにもあまり実感が持てないですが、どのようなサービスが登場してくるのでしょうか?

吉川:MaaSっていうと、まだ多くの企業が「うちの会社には関係ない」って思ってるんですけど、たとえばAirbnbのようなユニコーン企業が付加価値サービスとしてMaaS事業に入って来たらどんなことが起こるか、想像してみるといいと思います。空港や駅から宿泊施設まで、今ならUberとかレンタカーを借りて移動しているかもしれませんが、もしAirbnbがMaaSをやり始めたらどうなるか。

シバタ:もちろん、そうなるには段階があります。まず、自動運転車による移動サービスが十分に普及してインフラになるという段階があって、その上に、掛け合わせのサービスが乗っかってくるという感じですよね。

吉川:そうですね。つまり自動運転とかMaaSが、(単独のサービスではなくAPIでつながるような)インフラになったら、誰でも参入できるようになるということです。みんながそれに気づき始めれば、もっと面白くなってくると思うんですよね。

── MaaSだけでなくその先のサービスも、あまり遠くない未来に実現されるということでしょうか?

吉川:そう思います。たとえば幼稚園のMaaSとか、百貨店のMaaSとか、病院のMaaSとか、人が移動するシーンにはいろいろなサービスが出てくるはず。それをどこがやるのかといえば、たとえばおばあちゃんをピックアップして病院に連れて行くサービスは、病院がやった方が車椅子とクルマを上手く連携させられる……みたいなことがあるかもしれないじゃないですか。

シバタ:あと、ライドシェアの流れと自動運転の流れは、どこかで必ずクロスしますよね。今のおばあちゃんの話でいうと、たとえば自分のおばあちゃんが、足の具合が悪くてもう自分で車を運転するのが怖いとなったとしますよね。そのとき、ライドシェアを頼む方がいいのか、自動運転の自家用車を買ってあげる方が良いのか……という選択をするときが来る。どれが一番、おばあちゃんにとって安全かだけでなく、コストの問題も含めて、いろいろな選択肢が出てくるといいなと思います。

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MaaS事業は自動車業界だけではなく、電動で動く多くの車両メーカーもビジネス展開として視野に入れている領域。日本のモビリティベンチャーWHILLもMaaS事業への参入を2018年に予告した。

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── 近い将来、MaaSというインフラにいろんなサービスが乗ってくるとして、インフラを提供する主要プレイヤーはどこになるのでしょう?

吉川:まだシリコンバレーの大手、いわゆるITの巨人たち(グーグル、Facebook、アップルなど)が出揃っていないので、戦いはこれからじゃないですか? たとえば、年間の移動距離が長い人は世帯収入が多いとか、出張や旅行先で、徒歩や自転車で1日に移動できる距離はこれくらいとか、そういう移動についてのさまざまなデータがあって、それを元にしたサービスが出てくると考えてますが、今そうしたビッグデータを持っているのはやっぱり彼らなので。巨人たちがどうMaaSを考えるのか。真打が出てくるまでには、まだもう少し掛かると思います。

── そういうITジャイアントを相手に、自動車メーカーがどう生き残っていくか、というところもありますね。

シバタ:たとえばライドシェアをやりつつ、週末に自分で運転したいときには、家までクルマ持って来てくれるとかね。クルマの所有とライドシェアとの間のサービスを提供できるのは、やっぱり自動車メーカーだと思います。

吉川:自動車メーカーが生き残れるかどうかは、IBMみたいにハード単体で差別化が難しくなったPC事業を切り離したように、収益の低いハードウェアを捨てられるかどうかにかかっている。IBMがサービス事業へシフトして復活したモデルを参考に、「選択と集中」を実践し、ハードウェアを捨ててもきちっと会社を残していければ、道はあるはず。

一方でMaaSの時代になっても、もちろんそのベースとなるクルマは誰かが作らないといけない。自動運転になれば、なおさら安心して乗れることが大事ですから。その点でシリコンバレーの会社にない安心感を提供できるのは、やっぱり自動車メーカーだと思います。IBMって何だかんだ言っても、やっぱり安心感あるじゃないですか。それと同じです。

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自動運転技術を全面に押し出したブランディングをしているテスラ。最も手頃な普及シリーズ「モデル3」(最安価モデルで3万5000ドル=約384万円)の日本向けデリバリーが始まると、日本国内でも「ほぼ自動運転」を体験する人はもっと増えていくことになる。

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シバタ:僕はこの間、自動運転車に乗せてもらったんです。普通にちゃんと走るんですけど、「前走車に追従する」と聞いて、前のクルマが酔っ払いだったらどうするんだろう、ちょっと怖いなとも思ってしまいました。確かに安心感を持って乗れることは、すごく重要ですね。

吉川:そういう安心感を提供しつつ、MaaSのインフラとなるソリューションを他社に先駆けて作れるかどうかですよね。油断すると、元気の良い会社に先をこされる。「自動運転なんてまだ無理」と、まずはドライバーを乗せた状態でサービスを提供するのか、ゴルフカートみたいにスピードはゆっくりだけど、完全に自動で動くクルマを使うのか。

メーカーとしてどちらの道に行くのかというせめぎ合いが、これから起こるのではないでしょうか。

(聞き手:Business Insider Japan 伊藤、文・構成:太田百合子)


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吉川欣也:1990年に日本インベストメント・ファイナンス(現・大和企業投資)に入社、1995年のデジタル・マジック・ラボ(DML)設立を経て、米サンノゼで共同創業したIP Infusion Inc.を2006年にACCESSへ5000万ドル(約50億円)で売却。現在はMiselu社とGolden Whales社(米サンマテオ)の創業者兼CEO、GW Venturesのマネージングディレクターを務める。

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シバタナオキ:元・楽天執行役員、スタンフォード大学客員研究員。スタートアップ(AppGrooves/SearchMan)を経営する傍ら、noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。2017年7月に書籍『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』(日経BP社)を発刊。

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