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キャッシュレス決済が急速に普及する中国では、取り引きなどの履歴からその人を格付けする「信用スコア」の活用が世界に先駆けて進んでいる。
日本でも、LINEが「LINE Score」で信用スコア事業への参入を表明したほか、みずほ銀行とソフトバンクの「J.Score」をはじめ、最近ではヤフーやNTTドコモも参入を表明するなど、徐々に注目を集めるようになってきた。
信用スコアが下支えする社会とはどのような社会なのか。シリコンバレー vs. 中国の最新技術動向を追った書籍『テクノロジーの地政学』(日経BP社刊)の共著者、シバタナオキ氏と吉川欣也氏の見立てとは。
個人が格付けレベルを即答できる世界、便利なのかディストピアなのか
芝麻信用のロゴ。
── 日本でも2018年に信用スコア事業への参入表明をする企業が出てきました。たとえば中国には、スマホ決済の「アリペイ」に紐づく信用スコアとして「芝麻信用」(ジーマ信用、ゴマ信用とも)があります。どのように活用されているのでしょうか?
吉川:中国ではみんな自分のスコアを答えられるので、たとえば合コンで「あなたのスコアはどのぐらいなの?」っていう話ができるんですよね。今までは
「どこの出身?」
「どこの大学に行ってるの?」
「どんな会社に勤めてるの?」
「今どこに住んでいるの?」
……という4つぐらいを聞けば、だいたいどのくらいの収入があって、どのくらいの生活レベルか想像がついた。あと「お父さんは何をやっているの?」とかね。それで信用度をはかっていたと思うんです。それが中国では今やはっきりと信用度が可視化されていて、みんながそれを数字で言える。そこはとても面白いですよね。
シバタ:アメリカにも「FICOスコア」というクレジットスコアがありますが、さすがに合コンのネタにはならないですよね。アパートを借りたり、家を買ったりする時には重要だけど、友達同士で「俺はスコアがいい」という自慢話にはならない。そこは中国ならではですね。
総務省の平成30年版情報通信白書でも芝麻信用の信用スコアに関する言及がある。
『平成30年版情報通信白書』より抜粋。
── 今、信用スコアが注目を集めるようになってきた理由はどう分析していますか?
シバタ:さっきの吉川さんの話にもあったように、日本ではこれまで終身雇用のおかげで、「どこの会社に勤めているか」を聞けば、それで何となくわかるということがあった。ところが、世界を見渡すとそうじゃない国がほとんどなんですよね。
特に中国みたいに経済が急発展した国では、勤め先だけでは、誰をどのぐらい信用していいか分からない。だから、信用スコアのようなものが必要になる。日本もこれから終身雇用がなくなってフリーランサーの人が増えると思うので、やはり信用スコアのようなものが必要になってくるのかなと思います。
吉川:日本ではこれまで、終身雇用が当たり前、給料は銀行口座に振り込みで、税金も「天引き」という、世界的にも珍しい、すごいシステムでした。こうした背景から、お金の流れがわかって、それらの情報をもとにした与信が可能だったんです。
今スマホというパワフルなものが出てきて、たとえば銀行口座を持っていなくても、スマホでいろいろなやり取りを実現する必要が出てきた。となると、今度はスマホを管理できるところが信用をチェックする、という流れになるのは自然です。見方を変えれば、テクノロジーが入ってきて、「信用」をスコアリングする機関が変わってきたということです。
シバタ:中国における信用スコアの普及を理解するには、銀行口座を持っている人の数と、インターネットにつながる人の数をグラフにするとわかりやすいと思います。
昔は当然ながら銀行口座を持っている人の数の方がずっと多かった。銀行口座を持てない人は、現金で売り買いするしかなかった。だけどスマホの時代になって、銀行口座を持っている人の数よりも、スマホでインターネットにつながる人の方が多くなってしまった。
「銀行口座を持っていないけど、スマホを持っている」という人たちが、どうすれば現金以外で取引できるようにできるか? という発想から、「芝麻信用」のようなものが出てきたのではないでしょうか?
── 銀行の代わりに「芝麻信用」のようなものが信用度の基準になっていくと、いわゆる銀行はなくなってしまうのでしょうか?
吉川:私の考えでは、お金のやり取りは誰かが管理しなければならない。マネーロンダリングとか、テロにお金が流れるとかいったこともあるので、把握できる状態にしたいでしょう。そうなると、(プレーヤーは変わってもシステムとしては)今とそう変わらない気がします。
シバタ:僕は銀行はなくならないというか、むしろ増えると思っています。今の銀行って通信キャリアにたとえると、全部大手キャリアなわけですよ。それに対して、格安SIM事業者(いわゆるMVNO)みたいな銀行も絶対出てくるはず。
欧米だとすでにそういう銀行がいくつか出てきています。店舗を持たず全部オンラインなんだけど、必要最低限の銀行としての機能はある。今までみたいなオペレーションでは、コスト的に合わないので、取引が小さい人は受け入れられないけど、そうじゃない形の銀行が出てきて、やはり口座を持つことになるのではないでしょうか。
吉川:中国も結局、今、銀行口座を持たない人も、いろいろな形で大手の銀行にぶら下げるようにすると思うんですよね。中国政府が「芝麻信用」のアリババグループを後押ししているのも、もう1回政府の目の届くところへ紐付けようとしているんじゃないかと思えます。
やっぱり銀行口座みたいなものを持たせた方が、管理しやすいという考えがあるのかもしれません。
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──「芝麻信用」のように幅広い行動情報をもとに信用度を可視化することは、個人情報の問題もあってなかなか難しいはず。それができるのは中国ならではかとも思うのですが。
吉川:アフリカとか南米では、中国と同じように銀行口座を持っている人より、スマホは持っている人の方が多い国があります。その意味で「使ってみたい」という国や地域はあるはずです。ただやっぱり信用スコアはその「国」が管理したいという話になるはずなので、「芝麻信用」をそのままというのはあり得ない。いち私企業が信用スコアを担っている状態は必ず「気持ち悪い感じ」になると思うんですよ。中国にしても、今は過渡期なんじゃないかという気がします。
シバタ:信用スコアの考え方そのものは昔からあるもので、アメリカのクレジットスコアもまさにそうです。国の情勢が混沌としているほど、必要なものです。相手を信用して良いかどうか分からないという、シチュエーションが多ければ多いほど必要になる。
雇用についても、今の日本だと、出身大学である程度ふるいにかけられるじゃないですか。でも、そうじゃない世界もたくさんある。なので、信用スコア自体はこれからもっと広がっていくと思います。
── その人の信用度をスコアではかる世の中に、懸念される問題があるとしたらなんでしょう?
シバタ:たとえば破産してスコアがすごく落ちてしまうと、かなり長い期間にわたって信用がなくなるというか、マイナスになるわけですよね。ローンが組めないだけでなく、たとえばアパートを借りたいときも、信用スコアが悪いと借りられない。ゼロリセットがしにくくなるというのは、間違いなくネガティブな要素なんじゃないかと思います。
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── それはつまり、失敗からの復帰が難しい社会になるということでしょうか?
シバタ:そうですね。そういうこともあると思います。ただ、今のアメリカも中国も(罪を犯したり、破産して)「失敗しちゃった人をどうやって救おうか」ということは、あまり考えていないように思います。
吉川:もしかしたら、お金でスコアを買える仕組みが、どこかでできるかもしれない。一方で一番怖いのは、自分のスコアが家族に波及することです。たとえば家族の中にスコアが低い人がいると、結婚に支障が出るといったことが、たぶん問題になってくると思います。
シバタ:今のはすごく怖い話で、自分個人のスコアだったら良いですけど、例えば大学に入る時に「家族全員の信用スコアを出せ」みたいな話になると、これはちょっとまた違う世界ですよね。極端な話、父親の素行が悪くて借金していたから、大学に入れないみたいな話が出てくる可能性もあるわけじゃないですか。
── それは本当に怖い話ですね。テクノロジーを使って個人を評価するのは良いところもある反面、親戚とかっていう話まで広がってくると、差別などにもつながりかねない。
写真:今村拓馬
吉川:これが10年、20年と続いていくと、昔の戸籍みたいに古い情報まで手繰れるようになる。そうするといろいろと不都合が出てくる、ということもあるかもしれませんね。
シバタ:一方でもちろん良い面もあります。たとえばアメリカで、Uberのようなシェアリングサービスのドライバーになりたいとします。すると運転免許証の番号とソーシャルセキュリティ番号を聞かれますね。前者で事故歴を、後者でクレジットスコアをチェックするわけです。それで大丈夫となって、クルマにも問題がなかったら運転手になれる。2つのIDでその人を雇っていいかどうかを瞬時に判断できるって、すごいことだと思うんです。
こういう業務委託とか、フリーランスの人達の雇用にはスコアが役立つ。それで運転手になってユーザーから高い評価をもらえば、それがまた信用になっていくわけじゃないですか。アメリカの場合は、この評価はクレジットスコアには反映されませんが、仕事の流動性が高まるという文脈でいえば、信用スコアに良い面もあると思います。
吉川:アメリカの大学の入試では、「ボランティアをどのくらいやったか」といったことも判断材料にされるんですが、たとえば収入に対してどのくらい社会貢献しているのかみたいなこともスコアに反映されるようになれば、もっとポジティブな見方も出てくるかもしれない。
インターネットもまさにそうですが、テクノロジーにはいい面も悪い面もある。使い方次第で世の中を良くする方にも行くし、怖い方向にも行きかねない。ゆくゆくはこういった情報は国が管理しないとマズいのではないかとは思います。
シバタ:1つ大事なのは、「どういう方針でどういうものを見てスコアを決めているか」という方針は開示すべきだということですね。アメリカのクレジットスコアの場合は、そこが開示されているんです。だから調べれば「たくさん借金をして、ちゃんとオンタイムに返せる人が信用できる」っていう考え方だとわかる。中国も「芝麻信用」には芝麻なりの考え方があると思うので、それを開示して、ある程度の透明性を維持することが必要なのではと思います。
(聞き手:Business Insider Japan 伊藤、文・構成:太田百合子)
吉川欣也:1990年に日本インベストメント・ファイナンス(現・大和企業投資)に入社、1995年のデジタル・マジック・ラボ(DML)設立を経て、米サンノゼで共同創業したIP Infusion Inc.を2006年にACCESSへ5000万ドル(約50億円)で売却。現在はMiselu社とGolden Whales社(米サンマテオ)の創業者兼CEO、GW Venturesのマネージングディレクターを務める。
シバタナオキ:元・楽天執行役員、スタンフォード大学客員研究員。スタートアップ(AppGrooves/SearchMan)を経営する傍ら、noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。2017年7月に書籍『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』(日経BP社)を発刊。
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