LINEが投資を強化する「コマース」事業とは何か。元楽天で、現LINE執行役員の藤井英雄氏を直撃した。
撮影:林佑樹
LINEが戦略事業として挙げているものは、LINE Payに代表されるFinTech、やAIアシスタントの「Clova」だけではない。
ネットショップで買い物をする前に経由するとポイントが貯まる「LINEショッピング」や宅配サービスの「LINEデリマ」など、いわゆるコマース(O2O=Online to Offline、ネットの体験からリアル店舗へ送客する仕組みを指す)分野も、同社が投資を強化している領域だ。
この分野で目立つのはLINE Payの各種キャンペーンやLINE Bank構想の発表などだが、背後ではLINEのコマース分野そのものが大きな成長を遂げている。その実状を、LINE 執行役員でO2O事業を担当する藤井英雄氏が語る。
ショッピング、グルメ、旅行と揃ったLINEのコマース事業
── 2018年、O2O、コマース事業にとってはどのような年だったのでしょう?
藤井英雄氏(以下、藤井):現在、O2Oと呼ばれている分野のサービスは、LINEショッピングと、2018年12月7日にリリースした「SHOPPING GO」がセットになっています。オンラインの店舗への送客がLINEショッピング、現実世界(オフライン)の店舗への送客がSHOPPING GOという棲み分けです。
加えて、オンラインデリバリーの「LINEデリマ」。2019年春にリリースを控えているのが「LINEテイクアウト」です。これがグルメ領域の“オンとオフのセット”です。
このほか、2018年9月にリニューアルした旅行分野の「LINEトラベルjp」があります。
2018年前半は、ショッピング、グルメ、トラベルの3カテゴリーの拡大につとめました。とくに、トラベルはベンチャーリパブリック社との資本業務提携を結びました。
また2018年後半は、ショッピングでもグルメでも、サービスの開始当初よりうたっていたオフラインへの進出の準備に着手しています。
LINEデリマのコア層は「20代女性」
LINEが2018年12月第3四半期決算で公開したLINEショッピングとLINEデリマの取扱高の推移。
出典:LINE
── 個別のサービスはどれくらい成長しているのでしょうか。
藤井:LINEショッピングとLINEデリマは、いずれも数字は公開できないものの、堅調に推移しています。2018年12月はどちらも過去最大の流通額になると思います。
ショッピングは、Amazon.co.jpさんに入っていただき、大きな売上になりました。
デリマに関しては、加盟店とのタイアップを強化しているところです。我々から送るお客さんの多くは各加盟店の新規顧客になっています。デリマの特徴は、メインの客層が20代女性という点です。この業界のイメージだと、出前は30~40代男性やファミリー層がメインに思われがちですが、うちは特殊な事例です。それでも、20代女性が注文するのはピザやカレー、寿司など、普通の出前と変わらないものです。
加盟店側からすると「すごく女性客がとれる」ということで、高く評価してもらっています。原資をLINEと加盟店で共同で持ち、ポイントバックを強化する施策を行ったところ、2018年12月ではその以前の月の約10倍ぐらい売上に開きが出たところもあります。
2018年6月30日時点では、LINEデリマの会員登録数は650万人超。そのうち、71%が女性。また、年代比率で言えば20代のユーザーが最も多かった。
撮影:小林優多郎
── グルメ領域についてですが、日本でも手料理や自炊が減っているのでしょうか。性別の偏りはありますか?
藤井:中食※市場で言えば、フラットです。ただ、外食する頻度はだんだんと減っているので、中食はやや伸びてきていると思います。
※中食とは
外で料理を買って家で食べること。外で買って食べる「外食」と、家で作って食べる「内食」の間という意味。
諸外国はオンラインデリバリーの比率は高い方なのですが、日本はすごく低いんです。マーケットが比較的小さくて、本質的な需要はあるものの、サービスが追いついていなかったり、人件費の問題があって独特です。
ここ5年、10年ではECに振り切れる会社もありましたが、最近はECをやめてしまう会社も出てきました。
私は前職が楽天だったのですが、オンラインコマースが欧米のように10~20%みたいな世界観を持っていました。しかし、日本は自動販売機やコンビニエンスストアがこれだけ広まっていますし、いろいろ難しそうだなと感じます。
そうした背景があるので、顧客からはオフラインへの送客に強い期待が寄せられています。SHOPPING GOへの引き合いも、正直対応しきれないほどお問い合わせをいただいているところです。社内では、LINEショッピングの取扱高をSHOPPING GOがすぐに抜くのではと予想する声もあります。
オフラインに進出するLINEサービス
店頭でLINEアプリ上で発行できるバーコードを提示すると、LINEポイントが貯まる「SHOPPING GO」。2019年1月3日時点で、対応店舗はearth music&ecology、ビックカメラ、コジマ、ソフマップの各店舗。
撮影:小林優多郎
── オフライン領域のサービスについて教えてください。
藤井:テイクアウトについてお話できることは少ないのですが、SHOPPING GOではストライプインターナショナルさんのレディースファッションブランド「earth music&ecology」と組んで、全店でのサービスを開始しました。
SHOPPING GOは、リアル店舗に行ってスマホでバーコードを見せて、POSのレジで読み込んでもらうと、LINEポイントのバックを受けられるサービスで、日本で同様のものはほとんどないと考えています。
「LINEショッピングのオフライン版」と口で言ってしまうのはたやすいのですが、実現するのは非常に難しかった。POSレジと連携してコンバージョン計測をするので、準備に結構時間がかかったのです。
その後は、ビックカメラさんとコジマさん、ソフマップさんにも展開し、流行のQRコード決済の「潮流」もあり、非常に注目されています(笑)。
SHOPPING GOの公式アカウントなどからは、各種キャンペーン情報が届く(スクリーンショットのキャンペーン内容は2018年12月31日までのもの)。
QRコード決済も広義で捉えるとO2Oのようなもので、「決済で人を呼ぶ」という状況になっています。ただ、SHOPPING GOに関しては決済はどの決済でも構いません。現金でもクレジットカードでも、もちろんLINE Payが一番望ましいですが、他社のQRコード決済でも一律にポイントバックの対象になります。
SHOPPING GOが、それらを全部融合していくのが究極的には理想なのですが、現時点では個別になっています。オンラインでもオフラインでも在庫情報などを統合して、どのショップにいけばどの商品があるか簡単に分かるようにしていきたい。
この考え方はデリマとテイクアウトについても同じです。1人で頼む時など単価が安いときはデリバリーの費用の方が高くなってしまいますからテイクアウトで、週末に家族や友人と一緒に食べるときはデリマで、といった具合に、日常と非日常で使い分けていただければと思います。
旅行業界は長らくデジタル革命が起きていなかった
2018年6月に「LINEトラベル」が発表。後に「LINEトラベルjp」へとリニューアルした(写真は発表当時のもの)。
撮影:小林優多郎
── 2018年はLINEだけではなく「DMM TRAVEL」やバンクの「TRAVEL Now」などの異業種による旅行業界参入が相次ぎました。
藤井:私たちで言えば、参入は本当にたまたまなんです。始めてみて気づいたところもあるのですが、旅行業界は長い間ビジネスモデルが変化してこなかったところなんですね。とくに、アプリやスマートフォン中心のサービスは出てきていませんでした。なので、2018年初めにIT業界では「2018年はトラベルの年になる」とよく言われていました。
他社はどちらかと言えば狭い領域で攻めているイメージなのですが、私たちはリーチする客層が多い。王道ではありますが、LINEの7800万人の月間アクティブユーザー(2018年12月時点)を使った大きなビジネスに転換したのが特徴だと思います。
LINEトラベルjpのトップ画面。LINEアプリからアクセスする際は、特にログインなどの作業は不要。
── LINEが旅行を手がける強みは、既存ユーザー7800万人の「厚み」なのでしょうか?
藤井:外から見るとユーザーが多いのでオンラインでサービスをやった方が順当なのでは、という見られ方をするのですが、本質的な差別化要素はモバイルにこれだけ普及しているアプリはないという点です。お客さんの承諾をいただければ位置情報もしっかり使えます。
あと、あまり意識されないと思うんですが、LINEの各サービスは、開いた瞬間から基本的にはログインした状態なんです。
グーグルや価格比較サイトだとログインする必要ってないですよね。その状態だとCookie※とかの情報を使っていない限りは、どのユーザーに対しても同じ内容を表示しているんです。
※Cookieとは
ブラウザーなどに保存される一時データのこと。ウェブページを訪問した際に保存や読み込まれるもので、ログイン情報や訪問履歴の取得に使われている。
その点、LINEはパーソナライズ(個人を判別して表示する情報を最適化すること)ができる。「検索」「位置情報」「パーソナライズ」、この3点のかけ合わせがLINEの最大の差別化要素です。
2019年はO2Oの機運がキャッシュレスと一緒に高まる
2019年はO2Oの重要性、注目度がさらに上がる年と語る藤井氏。
撮影:林佑樹
── 2019年、コマース分野においてどのような変化が起きる年になるでしょうか?
藤井:カテゴリー拡大は引き続きしていきたいですね。
あと、QRコード決済などのキャッシュレスの波が来ていて、広域で言うO2Oへの意識が急激に高まってくる年になると思います。
12月にはPayPayさんのお話もあったので、急激に「オンライン経由でオフラインへ」の流れが強まっています。2019年は国もそのような話をしていくと見られています。オフラインの店舗が、オンラインに強い事業者の決済手段を導入し、オンラインからの誘導を受ける。そういう機運が一気に高まるでしょう。
私たちのオフラインのビジネスも一気に加速するのではないかと期待しています。
(文:小林優多郎・佐藤茂、撮影:林佑樹・小林優多郎、図版作成:さかいあい)
次回、1月5日はLINEの取り組む「AI」分野について、同社取締役 CSMOを務める舛田淳氏を直撃します。