渋谷・桜丘の駅にほど近いエリアは、駅周辺の再開発のため、2019年1月7日に閉鎖されることが決まっている。
廃道になる直前にはほとんどの店が立ち退き、その「廃墟感がエモい」とTwitterなどで話題になっていた。2018年のおおみそか、筆者も現地にいって写真を撮ってきた。
憂鬱な年末年始と、消滅する街・桜丘
年末年始はいつも、ちょっとだけ憂鬱だ。
家族の集まり的なものがあまり好きではないのに、ほかに行くところもない。できるだけ紅白歌合戦が始まる直前に家に帰ろうと外をブラブラしていた時、ふと思いついたのが桜丘だった。
職場が近いこともあって、桜丘にはときどき行っていた。スクランブル交差点や道玄坂ほど人は多くなく、それでいて、隠れ家的なバーや居酒屋が多い。渋谷の中でも好きなエリアだった。
写真アプリ「Huji Cam」で撮った桜丘の写真。光の入り方が90年代っぽくて「エモい」。1998年に撮ったような日時設定もできる。
実はもうひとつ、桜丘に行きたい理由があった。最近ハマっている写真アプリ「Huji Cam」だ。特殊なエフェクトがかかっており、 富士フイルムの「写ルンです」風のエモい写真が撮れるのだ。
「電車も一緒に撮るといいよ」
渋谷・桜丘は「ゴーストタウン化」していた。
行ってみると、ほとんどの店はがらんどう。入り口には「閉店のお知らせ」と書かれたペラペラのチラシが貼り付けられている。
私のほかにも撮影をしている人を何人か見かけた。一人で来ている人が多かったが、廃墟をバックにモデル撮影をしている人の姿もあった。
そこにいた、70歳前後の男性に話しかけてみた。桜丘生まれで、なんと50年近くもこのエリアを撮り続けているそうだ。名前はハヤシさん(仮名)。
「あとでわからなくなっちゃうから、番地も一緒に撮っておくといいよ」
はじめは気難しそうな方かな、と思ったけれど、スマホを空に向けていると声をかけてくれた。
「電車も一緒に撮るときれいに映るでしょう」
言われるままにスマホの画面をのぞいてみると、山手線の向こうに、キリンのように首を伸ばした赤と白のクレーンが、鮮やかに映った。
山手線の向こうには、クレーンが見えた。
渋谷にも、防空壕があるんだ
そこかしこに、グラフィティが残されていた(写真アプリ「Huji Cam」で撮影)。
自然とハヤシさんとの話がはずみ、一緒に一帯を歩いて写真を撮ることにした。
「この瓦屋根の家は戦時中からあるんだよ」
「ここには前、ヤマハの音楽教室があったんだよ」
「こないだこの『富士屋本店』は、最終営業日だっていうんで行列ができててね……」
歩きながらハヤシさんは、いろいろなことを教えてくれた。
「ほら、ここは防空壕だったんだよ」
ぽっかりと唐突に空いた穴ぼこのようなものを指して、ハヤシさんが言った。渋谷にも、防空壕の跡が残っているんだ。何度も来ていたのに、気にも留めたことがなかった。
ハヤシさんが教えてくれた、防空壕の写真(写真アプリ「Huji Cam」で撮影)。
大規模開発で変わっていく渋谷
星乃珈琲店から撮った写真。窓から、再開発中の渋谷の姿が見える。
写真撮影がひとしきり終わって、そばにある星乃珈琲店で少しお茶をした。
桜丘が封鎖されるのは、寂しいですか?とハヤシさんに聞いてみた。
この辺にいた人たちは、もうずいぶん前に、みんな別の場所に移ってしまったからねぇ、とハヤシさんは答える。
「ここは前、野っ原だったし、渋谷だって“谷”だったんだよ」
まるで、渋谷が変わっていくのなんてもう慣れっこだよ、というように。
渋谷は今、100年に一度、と言われる大規模再開発の真っ最中だ。2018年9月には、複合施設「渋谷ストリーム」がオープン。平成が終わり新しい時代になれば、渋谷も見違えるような街になるのだろう。
「少しは、温まりましたか?」
別れる時、ハヤシさんはそう言ってにっこり笑った。はい、ありがとうございました。良いお年をお迎えください。気づけば17時近くになっていた。紅白歌合戦が、もうすぐ始まってしまう。
「エモい写真」を撮りに桜丘に訪れた、2018年の年の瀬。そこで見つけたのは、時代の節目と、ひとつの優しい出会いだった。
(文・写真、西山里緒)