ビルボードが発表する、SNSからアーティストの人気を測るチャート「ソーシャル50」でBTSは2019年1月現在も1位を独走している。
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2018年、K-POPは世界の音楽シーンを席巻した。
あらためて紹介するまでもなく、そのブームを牽引したのはBTS(防弾少年団)だった。
アジア圏出身者として「ビルボード200」で1位を獲得する史上初の快挙を成し遂げ、Spotifyの年間ランキングでは「世界で最も聴かれたグループ」部門に、K-POPアーティストとして初めてランクイン(2位)するなど、2018年はBTSにとってまさに躍進の年になった。
英語が堪能なメンバーは7人中ひとりしかおらず、韓国語で歌う彼らが、なぜ世界でブームを巻き起こしたのか。そして、なぜ日本にはBTSのようなアーティストがなかなか生まれないのか。
K-POPアーティストがコンテンツを配信するアプリ「V LIVE」を通じて、普段あまり語られることのない「プラットフォームによる世界戦略」の観点から、BTSならびにK-POPが世界で成功した秘密を探ってみたい。
LINEの親会社が立ち上げたライブ配信アプリ
V LIVEのBTSチャンネル。フォロワー数は1200万人超。
熱心なK-POPファンなら、「V LIVE」を知らない人はほとんどいないだろう。
LINEの親会社としても知られる韓国の大手ネット企業・NAVERが運営するライブ配信アプリで、BTSをはじめとする韓国の人気アーティストの多くがここで動画コンテンツを配信している。
V LIVEは、2015年に立ち上がった当初からK-POPのスターを世界に向けて売り込むことを目的としていた。ローンチ時からSMエンタテインメントやYGエンタテインメントといった韓国のメジャーな芸能事務所と提携し、アプリ内の言語はデフォルトが英語だ(翻訳言語は選択できる)。
NAVERのIR情報によると、V LIVEの累計ダウンロード数は2018年10月時点で約6000万。2017年のデータでは、その8割以上が海外からだという。
公式には「スターのライブ配信アプリ」と説明されているが、17 Live(イチナナ)やSHOWROOMのような「ライブ配信」に特化したサービス、というわけでは必ずしもない。アーティストが自ら配信する動画のほか、バラエティ番組やダンスの練習動画なども多く配信されている。
世界数十カ国語へ翻訳される「ファンサブ」
BTSが「世界を制した」背景には、熱心なファンによる字幕の文化があった?
V LIVEの世界戦略を考える上で「ファンサブ(ファンによる字幕)」の存在は避けて通れない。記者は、この「ファンサブ」こそがBTSを世界に押し上げたキモなのではないか、とすら考えている。
BTSを例にとってみよう。2019年1月1日、BTSがV LIVE上で配信しているバラエティ番組「Run BTS!(走れバンタン)」の新しいエピソードが公開された。
メンバーはすべて韓国語で話しているが、記者が配信翌日の1月2日に確認した時点で、すでに20以上の字幕が付けられていた。さらに、翌週の1月7日には、字幕の数は38にまで伸びていた。
その多くに「(ファン字幕)」と注意書きがされている。数えてみたところ、38の字幕中、28がファンによる字幕だった。しかも、1言語あたり1字幕ではない。トルコ語などは、コミュニティごとになんと5つのバリエーションのファン字幕が存在した。
この字幕を実現したのは、「V Fansubs」という、V LIVEが提供するファンによる字幕コミュニティだ。V LIVEの動画は、登録すれば誰でも簡単に字幕をつけることができる。
「V Fansubs」の翻訳画面。韓国語に精通している必要すらなく、たとえば英語のファンサブから日本語へ翻訳する、なども可能だ。
出典:V Fansubs
V LIVE側も、ファンサブを促進する。多くつければレベルが上がり「バッジ」が与えられ、優れた翻訳者はサイト上で「Best Members」として紹介されたり、V LIVE上で使える通貨(V COINS)が与えられることもある。
「V Fansubs」のトップページ。「Best Members」の紹介のほか、「あなたの翻訳を待っています」の文字も。
出典:V Fansubs
個人だけでなくチームで字幕をつける機能もあり、「V Fansubs」上では言語ごとにファンコミュニティが築かれ、ファンたちは日夜、競うようにして、BTSやほかのアーティストが韓国語で発した内容に字幕をつけているのだ。
海賊版に対抗する「公式ファンサブ」
なぜV LIVEのファンサブが重要なのか。ひとつにはシンプルにV LIVEが「非英語圏のアーティストがグローバル市場で戦う時、言語の壁をどう超えるか」の答えを提示したことにある。
記者は2010年代初めにスウェーデンに留学していた際、J-POPやアニメ、日本ドラマのファンに多く出会ってきた。彼らが口を揃えて言っていたのは「公式の翻訳が出るのが遅い」という不満だった。
残念ながら多くの場合、彼らはファンサブのついたドラマやバラエティ番組の海賊版を見ていた。現在ではNetflixのように初めから多言語対応でコンテンツを提供するプラットフォームも出てきているが、やはりサービス側が多言語翻訳を提供するにはコストもかかるため、その数は限定的だ。
V LIVEの革新性は、ファンサブを公式化することで海賊版に対抗し、「英語話者ではない」というK-POPアーティストのハンデをも超えてしまったところにある。
「グローバルなファンダム」をどう作るのか
ファンにはレベルとランキングが与えられている。
撮影:西山里緒
もうひとつV LIVEの革新性として注目したいのは、ファン活動を推進させるためのゲームのような仕組みがある、という点だ。
V LIVEでは、特定のアーティストのチャンネルをフォローするとレベルとランキングが与えられる。動画を見たり投稿をシェアしたりすると、そのレベルが上がっていく。
チャンネルには「ファン」というタブがあり、ファンたちはそこでお互いにコミュニケーションを取ったり、お気に入りのアーティストの写真や動画を投稿することもできる。
すでに多くの識者が指摘するように、K-POPの人気を語る上で「ファンダム(熱心なファンによるネットワークとその文化)」の存在は欠かせず、中でもBTSは特に強力な「物言う」ファンダムを持つことでも知られている。
BTSが「世界を制した」背景には、こうしたプラットフォーム主導でのファンダムへの訴求があった、という事実は指摘しておくべきだろう。
ストリーミング元年の日本では?
V LIVEには優れた課金の仕組みもある。
撮影:西山里緒
世界の潮流からは遅れながらも、2018年は日本でも多くの人気アーティストがSpotifyやYouTubeに音楽を解放し、日本の音楽界にとってのストリーミング元年だったとみる向きもある。この流れは2019年以降も加速していくだろう。
その一方で、日本のアーティストのSNSでのコミュニケーションはまだまだ国内に閉じられている。
プラットフォームとアーティストが連携することでグローバル規模のファンダムを構築することに成功し、そこから世界の音楽チャートへ食い込んでいったK-POPの“世界戦略”。彼らから日本が学べることは、まだまだあるのではないだろうか。
(文、西山里緒)