消費増税を再延期・衆参ダブル選挙で勝ち、改憲へ——急浮上する「安倍首相のベストシナリオ」

安倍首相。

2017年10月22日、この日投開票された衆院選での勝利を受け、記者会見で笑顔を見せる安倍晋三首相。2012年12月の衆院選で野党党首として政権奪還を実現して以来、国政選挙では5連勝となった。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

日経平均株価が一時2万円を割り込み、株式市場は波乱含みの幕開けとなった2019年。景気の先行きに黄信号がともるなか、「安倍晋三首相が10月に予定される消費増税を再び延期し、衆議院を解散して夏の参院選とのダブル選挙に打って出る」という観測が急浮上している。

「情報と政治」について研究している東京工業大学の西田亮介准教授(政治社会学)に見通しを聞いた。

リスクはらむ衆院解散、でもこのままでは「死に体」

東京工業大学の西田亮介准教授。

東京工業大学の西田亮介准教授。

撮影:庄司将晃

「安倍首相が消費増税の再延期を表明し、その是非を問うことを大義名分として衆参ダブル選挙に持ち込む可能性は35%と見ています。『現実的とまでは言えないけれど、そうなってもまったく驚かない』というぐらいの意味合いです」(西田氏)

安倍首相は、野党党首として臨み旧民主党からの政権奪回につなげた2012年12月の衆院選から、自民党総裁として国政選挙で5連勝中。衆院では連立を組む公明党と合わせて議席の3分の2、参院でも自民だけで過半数を確保し、政権基盤は安定している。

衆院選は2017年10月に実施したばかりで議員の任期は2021年まで。今あえて衆院選を実施して議席を減らすリスクを冒すのだろうか?大敗すれば首相退陣に追い込まれる可能性もある。

「安倍首相の悲願は憲法改正です。もともと2018年中に憲法改正を衆参両院で発議する構えでしたが、連立を組む公明党が慎重な姿勢を崩さないこともあり、ほとんど前に進みませんでした。

安倍首相の自民党総裁としての3期目の任期は2021年で終わり、今の自民党のルールでは4期目への立候補はできません。政権末期に向けて求心力は落ちていくばかりで、まさに『死に体』になる。このままでは改憲は無理でしょう。しかし、ダブル選挙をしかけて勝つことができたなら話は別です」(西田氏)

遅れる野党の体制づくり「解散なら早い方が有利」

行進する自衛隊員。

「憲法9条に自衛隊を明記する」といった自民党の改憲案に対し、連立相手で「平和の党」を掲げる公明党内では慎重論が根強い。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

国会が改憲案を国民投票にかけるための「発議」をするには、衆参両院で3分の2以上の多数で決める必要がある。現時点で、自民・公明に日本維新の会や一部の無所属議員らを加えた「改憲勢力」の合計では衆参両院ともにその数を満たすが、「憲法9条に自衛隊を明記する」といった自民の改憲案に対する公明の慎重論を押し切る見通しは立っていない。

参院は議席の半数ずつを3年ごとに改選する。2019年夏に改選されるのは2013年に自民・公明が圧勝した時の議席で、「ふつうに参院選をやれば『改憲勢力で3分の2』の維持は難しい」という見方も目立つ。

一方、複数の選挙が同時に実施される衆参ダブル選挙では、野党側が各選挙区で候補者を一本化して与党に対抗するための調整がより難しくなり、与党に有利な面があると言われる。

「野党第一党の立憲民主党の地方組織づくりが遅れるなど、野党側はまだしっかりした体制がつくれていません。安倍首相が衆院解散をしかけるなら、早い方が有利であることは間違いないでしょう。ダブル選挙で自民が勝ち、『民意の支持を得た』ということになれば、公明としても改憲論議の先延ばしを続けられなくなるかもしれません」(西田氏)

2014年は「増税延期→衆院解散」で大勝

東証の大発会。

2019年の株式市場は、日経平均株価が2万円を大きく割り込む波乱含みのスタートとなった。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

2014年4月に消費税率を8%に引き上げた後、安倍首相はその年の11月と2016年6月の2度にわたり、実施を約束していた「10%」への増税を延期。このうち2014年には「延期の是非を問う」として衆院を解散して総選挙を実施し、野党を圧倒した前例もある。

安倍首相は、今回の消費増税について「リーマン・ショック級の出来事がない限り、10月に税率を引き上げる考えに変わりはない」(1月6日放送のNHK番組での発言)との考えを繰り返し表明してきた。

「今のところ株価以外の各種経済指標は堅調です。ただ、株価だけを見れば『リーマン・ショックに準じる下落』と言えないことはないのも事実です。この先の経済・市場の動向次第ではありますが、消費増税を延期する理屈は組み立てられなくはない。

そもそもこれまでの増税延期時の理由付けも、根拠が十分と言えるか疑問が残る内容でした。今回、もし延期するなら政府予算の組み換えなどが必要になりますが、手続きについてはいくらでもやりようはあるはずです」(西田氏)

ダブル選挙で勝てば「総裁4期目」の可能性も

日ロ首脳会談後の記者会見。

2018年9月10日、ロシア・ウラジオストックであった日ロ首脳会談の後、記者会見に臨む安倍首相とプーチン大統領。2019年には複数回の首脳会談が予定されているが、平和条約交渉に道筋を付けられるか。

Donat Sorokin/TASS Host Photo Agency/Pool via REUTERS

2019年夏の衆参ダブル選挙を巡っては、株価急落の前から「北方領土問題を含むロシアとの平和条約交渉に道筋をつけたうえでの解散」の可能性も取り沙汰されてきた。

「事前に『このような方向で交渉します』と表明したうえで信を問うなら誠実だと思いますが、道筋を付けたうえでというのは衆院解散の大義名分としては少し弱く聞こえます。消費増税の再延期を問う方が、大義名分としてよりふさわしいことは確かです。そのうえで、日ロ交渉が進展すれば政権の手柄としてアピールするには良い材料だと思います」(西田氏)

西田氏は、ダブル選挙で勝てば安倍首相に「自民総裁4期目」の可能性さえ出てくるかもしれない、と見る。

「個々の議員にとっては、次の選挙で勝てるかが最も重要です。最近は森友学園問題などで政権批判が強まりましたが、ダブル選挙で安倍首相が自民の顔として『それでも選挙に勝てる』ところを見せつければ、『やっぱり安倍さんに総裁を続けてもらうのが良いのでは』という声が党内で広がる可能性があります」(西田氏)

消費増税は再び政争の具にされるのか

東京工業大学の西田亮介准教授。

撮影:庄司将晃

安倍首相は2019年11月20日まで政権を維持すれば、通算の在任期間が2886日だった戦前の桂太郎を抜き、憲政史上の最長記録を塗り替える。さらに2021年まで務めたうえ、党内のルールを変えてまで本当に総裁4選に挑むかは別として、改憲に向けて政権の求心力を保つためには、「まだ先があるかもしれない」余地を残しておくことは大きなプラスになる。

「かなりの確率で勝てそうだ、という情勢判断ができることがダブル選挙に踏み切る大前提ですが、勝って悲願の改憲を実現するのが安倍首相にとってのベストシナリオではないでしょうか」(西田氏)

猛スピードで少子高齢化が進むなか、年金や医療、介護といった社会保障の財源を確保するための負担増は待ったなしの課題だ。今や「税率10%から先」を早急に検討する必要がある消費増税を再び先送りしたところで、私たち自身がいっそうの負担増やサービス削減という形でツケを支払うことになるだけだ。

安倍首相は「悲願」を実現するために、「全世代型社会保障制度への改革を進めていくうえで大切な財源だ」と自ら位置付ける消費増税を再び政争の具とするのだろうか。

(文・庄司将晃)

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