試作機はベースがショウエイの既存製品「GT Air」ということもあり、妙に大きすぎることもなく、まったく普通のバイク用ヘルメット。ただし、バイザーの内側の右目部分には情報を表示するためのハーフミラーがついている。
「ジャーヴィス、次の目的地を教えて」
アイアンマンの主人公、トニー・スタークのようにヘルメットの内側にさまざまな情報を表示し、音や声でAIのナビゲーションを受ける風景は、過去何度もSF映画で描かれてきた。
バイクのヘルメットにAR機構やカメラを仕込んで、ARヘルメット化するプロジェクトはクラウドファンディングなどでいくつかあるが、いよいよ実用性の上で「本命」と呼べるものが登場しそうだ。
自動車向けの計器メーカーの老舗NSウエスト(広島県庄原市)と、二輪向けヘルメット大手ショウエイ(東京京都台東区)は、AR対応のスマートヘルメット「IT-HL」(仮称)を共同開発。CES2019のクローズドブースでメディアと一部の顧客向けに披露した。今回の試作機はCES2019での展示が世界初公開になる。
筆者の知る限り、本格的な二輪ヘルメットメーカーが製品開発にかかわり、ここまで形になっている例は、ほぼ世界初と言っていいはずだ。
自動車向け技術を応用、2020年ごろの商品化を視野に
ヘルメットを被ってみたところ。バッテリーはこのモデルではケーブルでのばしてポケットに入れる方式。後頭部に固定するような案もあるが、ショウエイ側の印象としては、別体式の方が重心などの点で有利ではないかと話し合われているという。約3時間の充電で6〜8時間程度使える。
クローズドブースに展示されたIT-HLはショウエイの「GT Air」というツーリング向けモデルをベースに、口の部分にあたるチンガード部分を加工して、HUD(ヘッドアップディスプレイ)の投影機構を搭載。それをヘルメット内で屈折させて、右目部分にあるミラーに映像を投影する。
機構としては、NSウエストが自動車メーカーのマツダに納入しているHUD(ヘッドアップディスプレイ)の技術を応用したものだ。スマートフォンに接続し、映像と音声をスマートヘルメットに送るようなシステムを想定している。
デモ体験は、展示用の二輪にまたがって、前方スクリーンに投影される風景を見ながらスマートヘルメットの表示を体験するという方法。映像のシーンに合わせたシナリオに沿って、途中で電話がかかってきたり、次の曲がり角を知らせるインフォメーション表示が切り替わったり、ヘルメット内部のスピーカーから音声ナビゲーションを聞くなどの実機体験ができた。
上から見たところ。チンガード部分に少し右側に寄った四角い穴があいている。ここから光を上部に屈折させ、右目のハーフミラーに投影する。
自動車向けのHUDとバイク向けのHUDの仕様の比較。明るさを6000nitから8000nitに高めて日中の視認性を高めたほか、インジケーターの仮装表示距離を1.6mから2mと少し遠くしてある。
HUDの表示は片目だけ、また視界の中央よりの限定されたエリアに表示されるため、雰囲気としては数年前に話題になったGoogle Glassのような表示に近い。表示は室内で見る限りは非常に鮮明だ。
NSウエストの湊則男社長によると、ショウエイとプロジェクトについて話し始めたのは約3年前。NSウエストの光学技術と電子技術を使って、AR的に情報を表示するスマートヘルメットが商品化できるのではないかとショウエイに提案し、2社での共同開発が始まった。
今回披露したスマートヘルメットは試作の3世代目だ。自動車用のHUDとバイク用の技術的に大きな違いは、使用される温度帯の幅と、耐水性の確保だという。自動車に比べると、バイクは0度近い状態での利用も想定する必要があり、また不意のちょっとした雨で壊れるようなことがあっては困るからだ。
また、湊社長によると、自動車と違い、バイクでは情報を注視する時間が比較的短いことも、自動車向けとは違った工夫が必要な部分だったという。そのため、表示する情報量を一定の仮説のもとに減らし、それをショウエイ側のライダーがテストして、見やすさ、分かりやすさをフィードバックするというPDCAサイクルで開発を進めてきた。
HUDの表示イメージ。こんな風に視野の上に表示を重ねたように見える。表示を見るときは、目のピントをやや手前に写す必要がある。
ナビゲーションでは、曲がり角やインターチェンジなどの方向を名称つきで確認できる(会場では英語表示だった)。
10マイル先に渋滞発生。あらかじめ気づいていれば、不意の追突などの事故に巻き込まれる可能性も軽減できるはず。
発売未定とはしつつも、商品化を前提に考えているため、必要な装備や仕様などの質問にも具体的な回答が返ってきた。
たとえば、ナビゲーション機構はナビタイム社の「ツーリングサポーター」をベースに、スマートヘルメット向けの表示にカスタムしたものを使用する。
またヘルメットは試作機とは違って、専用品を開発。はじめからスマートヘルメット化された状態で出荷される製品として検討しているという。
価格は通常のヘルメット+HUD機構のため少し高くなる見込みで、(ショウエイ側の判断もあり詳細未定ではあるものの)「12万〜15万円程度になる可能性がある」(湊社長)との見解。発売時期は、2020年春を想定、まずは日本国内をターゲットに考えているという。
ヘルメットには、デザインや重心設計などにノウハウが必要で、いざという時に命を守るための安全性能が何より欠かせない。そのためには、MotoGPレースでの採用などさまざまなノウハウを持つヘルメット専業メーカーのサポートなくしては、ライダーが安心できる品質にまで高めることは難しい。
その点で、IT-HLはこれまでにない「本命」と言えるものになりそうだ。
(文、写真・伊藤有)