就職か研究か?岐路に立つエリート基礎研究者の就活事情

深刻な人材不足から、2020年卒の新卒採用も売り手市場が続くと言われている。その一方で、日本の科学技術を支える理系の基礎研究者は、就活と研究の間で、複雑な想いを抱えている。

東京大学

理系研究者の多くが、就活と研究の間で揺れ動いている。

撮影:今村拓馬

「修士と博士で給料は一緒」でいいの?

イノウエハルキさん(仮名)

東京大学大学院で、化学システム工学を専攻するイノウエハルキさん。

撮影:西山里緒

(就活は)超不安ですよ、本当に。どこのメーカーがこれから残るか、わからないですし

東京大学大学院の工学系研究科で、新たな化学材料の開発を目指して研究するイノウエハルキさん(仮名、22)は今、モヤモヤとした悩みを抱えている。

ハルキさんの研究内容は、すぐに具体的なビジネスに結びつくものではない、いわゆる基礎研究だ。研究自体は好きだが、ハルキさんは博士課程に進むつもりはないという。

「先生たちはみんな『これからグローバルで戦うためには、博士がないと相手にされないよ』って。それは正しいとは思うんです。でも……」

まずあるのは、経済面の不安だ。

博士課程(後期)学生のうち9割が、年間180万以上の経済的支援を受給できていない。

出典:文部科学省

文部科学省が発表している資料によると、後期博士課程に在籍している学生のうち、年間180万円以上を受け取っている人の割合は約1割。政府の掲げる目標値(2割)の半分だ。

またハルキさんは、長期インターンに参加した時の飲み会の席で、企業の担当者に博士号取得者の採用状況について尋ねたとき「博士をとっても、修士で入ってきた人と給料は同じ」と聞き、ガッカリしたという。

「一緒かい!そこになんの差もないやんか!とこちらは思うわけですよ。企業側の感覚と、大学側が考えていることがなかなか一致していないなあと」

こう考えている学生は、ハルキさんだけではない。

同資料によれば、修士課程修了者の博士課程への進学率はここ20年以上、減少傾向だ。

余裕のある暮らしはできず、就職しても待遇は修士と同じなら、博士課程にいくメリットは薄い ──。 データからは、学生たちのそんな想いが見え隠れするかのようだ。

“売り手市場”と言われているが…

科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)のデータによると、人口100万人当たりの博士号取得者の数で、日本は2014年度に118人と、主要国の中でも低い数字だ。

出典:科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

その一方で、日本の人材市場をみると、特に理系人材にとって今は空前の売り手市場だ。前述のハルキさんも、教授陣は「みんなだったら、大手のメーカーの研究職に就けるよ。そんなガツガツしないでもいいんじゃないの?」という感じだ、と語る。

だが、不安がないわけではない。ハルキさんの専攻では、就職先といえば化学メーカーやインフラ系だ。就活の際には他の業界も検討したいが、研究の忙しさからなかなかその時間が取れない。

「情報があふれているから、不安にもなるし……。とりあえずインターンしたいよね、って学生たちは考えています。そうすると、先生との感覚がずれてくるので、しんどいなって」

学科では、数日間の短期インターンはほとんど研究の役に立たないため、しないように言われている。「仮病で休めば、行けるんですけど」と、ハルキさんは自嘲気味に言った。

理系人材をビジネスにつなげる流れも

POL・加茂倫明。

現役東大生として理系学生のための就活サービス「LabBase」をリリースした、加茂倫明さん(24)。

撮影:西山里緒

就職か、研究職か ── 。モヤモヤした悩みを抱える理系学生たち。

そんな中、研究の現場を企業の採用につなげようとする動きも生まれている。その一つが、2017年2月からスタートした、理系人材と企業とをマッチングする就活サービス「LabBase」だ。立ち上げたのは、現役の東京大学の学生の加茂倫明さん(24)(現在は休学中)。

サービスは「理系学生版のリンクトイン」をうたう。学生は、学歴や経歴、やりたいことなどに加えて、執筆論文、所属している学会や受賞歴まで書き込める。企業はそのプロフィールを見て直接スカウトする。

「理系学生はそもそも就活サービスを使わない」(加茂さん)という現実もある。現在全国に100名ほどいるというインターンが研究室を訪問し、対面で学生と一緒にプロフィールを書いたり、教授に学生を紹介してもらったりといったオフラインでの学生集めも行なっている。

人材難という時代の背景もあいまって、サービスはヒット。

リリース1年半で約100社が有料でサービスを利用しており、利用企業の中にはNTTドコモ、パナソニック、みずほ銀行など、大手企業がずらりと並ぶ。

自力で這い上がる学生たちも、科学技術予算は減少

研究者人材をビジネスの現場につなげていこうというスタートアップの動きがある一方で、日本の基礎研究の基盤が揺らいでいる、との危機感も叫ばれている。

2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑(たすく)特別教授は、記者会見やインタビューなどで「基礎研究への支援拡大を」と繰り返し訴えた。

政府の科学技術予算は2018年に3兆8400億円。ここ20年間、ほぼ横ばいだ。

文部科学省が発表した資料によると、論文の質の高さを表す指標である論文被引用数のランキングで、日本はここ10年で4位から9位に大きく地位を落とした。

前出のハルキさんは、ぽつりとこんな話をしてくれた。

「飲み会の席ではあるんですけど、こないだ『うちの(大学の)研究室ではドクター(博士)に月30万円払おうかなと考えている』って話があって。それ聞いた時に『ドクター行きたいかも!』て本当に思ったんです。お金のことを考えて研究をしているわけではないけれど、意外とお金は、ネックなのかもしれない」

(文・写真、西山里緒)

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