ブレグジットは「壮大な茶番劇」に終わるか——イギリスEU離脱案否決。今後を占う3つの注目点

イギリスのメイ首相。

1月15日(現地時間)、英議会でのEU離脱案への投票後、厳しい表情を見せるメイ首相。

Reuters TV via REUTERS

イギリスが欧州連合(EU)との間で合意したEU離脱案の受け入れ可否を問う英下院採決は、 賛成202票、反対432票という大差で否決されるというサプライズがあった。今後の展開はどうなるのか。

皮肉な現実を映す不信任案否決

1月16日(現地時間)、英議会はメイ内閣の不信任案を否決した。

1月16日(現地時間)、英議会はメイ内閣の不信任案を否決した。

Jessica Taylor/Handout via REUTERS

日本時間 1月16 日早朝に行われた採決の結果を受けて、最大野党・労働党はメイ内閣の不信任案を提出したが、これは事前予想通り否決されている。

しかし、EUとの合意案をその手でまとめあげ、退路を断った上で議会に承認を迫った経緯を踏まえれば、今回の採決はメイ首相の政治生命を賭した勝負だったのは間違いない。

皮肉なことだが「(メイ首相の後任など)誰もやりたくないし、選ぶ時間もない」という現実がメイ政権を延命させているだけだろう。

ブレグジット(イギリスのEU離脱)を巡り、これから起きる展開については、

  1. EUが離脱案の再交渉に応じるかどうか
  2. その上でノーディール(合意なし)のEU離脱という事態が本当にあり得るのか
  3. イギリスで再国民投票があるのか

といった3点から理解しようとすると全体像をつかみやすいだろう。

EUとの再交渉はあるのか

フランスのマクロン大統領(右)とドイツのメルケル首相。

ドイツのメルケル首相(左)とフランスのマクロン大統領。今のところ欧州各国の首脳からはイギリスのEU離脱案の再交渉に否定的な発言が目立つ。

REUTERS/Fabrizio Bensch

まず⑴について。期限とされている1月21日までに議会へ修正計画を示すためには、EUとの再交渉が必要になる。

だが、否決後、ユンケル欧州委員長は今回否決された離脱案こそが「イギリスの秩序ある離脱を確実にする唯一の道筋」と断じ、再交渉の可能性を一蹴している。

フランスのマクロン大統領も、「イギリスの内政問題」を解決するために譲歩することはない、と発言。ちなみに2018年12月だが、ドイツのメルケル首相はメイ首相と会談した際、離脱案の再交渉は不可能だと断じた。

もうEUにとって、英国との離脱交渉は「終わった話」ということだろう。

真っ当に考えれば、EUとの協議に1年半もの時間を使い、離脱案を2018年11月にクロージングしておきながら、「やっぱり駄目だったからもう1回やらせてくれ」はあまりにもお粗末であり、上述のユーロ圏首脳の言動に驚きはない。

EUが合意内容の抜本的な見直しに応じる可能性はゼロに近いだろう。そのようなことができれば、もうとっくにやっている。それほど綱渡りの交渉を続けてきたのは周知の通りだ。基本的に、再交渉は期待しない方が良い。

ノーディールという「人災」は起きるのか

ユンケル欧州委員長。

ユンケル欧州委員長。EU側も「ノーディール」での離脱を回避したいという思いはイギリスと共通するとみられるが、果たして……。

REUTERS/Vincent Kessler

では、⑵ノーディール(合意なし)のEU離脱という事態が本当にあり得るのかどうか。これも可能性が高いとは言えない。

仲違いの続くイギリスとEUだが、ノーディール離脱を回避したいという思いだけは共有していそうである。ゆえに、「泣きの1回」ということでEUが再交渉に応じたとしよう。

しかし、その上で「英議会の意見集約も可能な案で合意する」というのは、恐らく相当のナローパスである。少なくとも「3月29日」の交渉期限に間に合う可能性は低い。

それどころか、仮に今回、離脱案を下院が可決していたとしても、これに付随する諸法制を成立させることを踏まえれば、残り2カ月余りという期間はあまりにも短いという声すらある(つまり、所詮間に合う状況ではなかったという見方もある)。時間がなさ過ぎるのだ。

だとすれば、取り得る選択肢は1つだ。「困った時は中庸を取る」という欧州らしさを踏まえれば、「とりあえず交渉期限を延期」というのが最もあり得る解ではないか。

イギリスを除く全加盟国が合意すれば期限延長は可能である。2019年5月の欧州議会選挙を経て議会が刷新された後を意識するならば6月末までの3か月延長、委員長を含むEUの行政府・欧州委員会の新執行部が立ち上がる11月を意識すれば、9月末ないし10月末までの6~7か月延長ということになろうか。

「金を払って延長」という選択肢

英下院がEU離脱案を否決した翌日、取引に臨むドイツの株式トレーダー。

英下院がEU離脱案を否決した翌日、取引に臨むドイツの株式トレーダー。金融市場は今のところ大きく動揺してはいない。

REUTERS/Kai Pfaffenbach

もちろん、交渉期間の延伸に伴いイギリスが「EUの一員」である期間も延びるので、メンバーシップフィーであるEU予算への拠出金も追加的に発生する。四方八方が塞がれたメイ政権にとって、「金を払って延長」は当座の時間を確保できる現実的な選択肢である。

この期に及んでも金融市場、とりわけポンド相場が大して動揺しないのは、上述のような事情を踏まえ、「所詮、ノーディールはない」と考えているからだろう。

ノーディールはイギリスとEUの政治関係者はもちろん、市場参加者もイギリス市民もEU市民も、あらゆるステークホルダー(利害関係者)が望んでいないと思われる。

「皆が望んでいないのだからそのようなことが起きるはずが無い」というのが現在の金融市場の取引の前提となっているように見受けられる。「金を払って延長」というオプションがあるのに、それを蹴ってわざわざノーディール離脱という「人災」を引き起こすインセンティブは大きくない(……と思いたい)。

EUが突き放す可能性も

ロンドンでのEU離脱賛成派の集会。

ロンドンでのEU離脱賛成派の集会。世論調査では残留派が優勢とも報じられているが、再度の国民投票はあるのか。

REUTERS/Simon Dawson

最後に、⑶再国民投票があるのか、という論点を検討する。

⑴⑵で見てきたように、再交渉は現実的には難しいが、交渉期限を延期する展開は可能性が高い。その増えた時間をイギリスが再び国内調整に空費してしまうのか、それともEUを再び交渉の場に引きずり出し、離脱案について再交渉を展開するのかはまだ読めない。

ただ、いずれの展開になるにせよ、英議会もEUも、メイ政権にとって骨の折れる難敵であることには変わりない。

仮に、交渉期限を延期しても「新しい期限」までに解決を図れるとは限らない。むしろ、1年半も揉めて解決しなかったものが、半年延ばしたからといって解決すると考える方が楽観に過ぎよう。

「新しい期限」を設けてもまだ問題が解決しないようであれば、さすがにEUも突き放す可能性がある。第2、第3の離脱国の存在を懸念するのであれば、「問答無用でノーディールで蹴り出す」ことが然るべき対応という考え方もある。

EUの心境がその域に達したところで、初めてノーディールの芽が見えてくるだろう。ノーディールの決断に踏み切るとしたら、通商関係でより多大なダメージを受けるイギリスではなく、EUの方からとなるはずだ。

再び国民投票はあるのか

英議会のそばにある元首相チャーチルの像とEU旗。

英議会のそばにある元首相チャーチルの像とEU旗。世界が注視するブレグジットの行方はまだまだ予断を許さない。

REUTERS/Clodagh Kilcoyne

「新しい期限」に間に合わず、EUの譲歩も期待できないという目算が立った時、一部で囁かれている再国民投票が現実味を帯びてくる。

現時点でメイ首相はその可能性を否定しているので、すぐに実現する展開ではないだろう。だが、「新しい期限」が近づいても事態の進展が見られなければ、「現在の離脱案で離脱するのか否か」を国民に問う局面は必然的に訪れる。現状、高を括っている市場もこの段になれば、材料視せざるを得ないはずだ。

2018年12月10日、欧州司法裁判所が、他のEU加盟国の同意がなくても、交渉期限(3月29日)の前ならば、イギリスが一方的に離脱通知を撤回できるとの判断を示している。つまり、今ならまだ離脱通知を撤回した上でノーディール離脱を回避するという手段も残されている。

撤回すれば「3月29日」の持つ意味はなくなる。この先、⑵の想定とは裏腹に、EUが交渉期限の延長を飲まなければ、イギリスは最終的にはこの手に頼らざるを得ない。

だが、その場合は、離脱通知の撤回とともに国民投票の再実施に舵を切るという大きな話も浮上せざるを得ない(真っ当に考えれば、国民投票で決まったことを覆せるとしたら国民投票しかないのだから)。

現在の世論調査では、残留派が優勢と伝えられている。ここまで考えてしまうと、年内にブレグジット騒動自体が「壮大な茶番」として幕引きになる可能性も笑い話ではない。

寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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