撮影:今村拓馬
大学生向けの就職説明会や採用面接の解禁時期を定めた「就活ルール」。これまで音頭をとってきた経団連がルール廃止を決め、代わりに政府が主導する形に落ち着いた。これから何が、どう変わるのだろうか。
人事コンサルティング「Joe's Labo」代表で、『若者はなぜ3年で辞めるのか?』などの著作で知られる城繁幸氏に聞いた。
政府が決めた新ルールは守られない
人事コンサルティング「Joe's Labo」代表の城繁幸氏。
撮影:庄司将晃
「多くの学生にとっては、就活のあり方がすぐに変わるわけではありません。ただし今後は、企業が『ぜひほしい』と評価するごく一部の学生向けに、これまでとは全く違う特別な選考ルートをつくる動きが広がっていきます。就活は二極化していくと見ています」(城氏)
就職希望の学生を企業が特定の時期に選考して内定を出し、卒業後にそろって入社させる「新卒一括採用」。まとまった数の若い働き手を効率的に確保できるこの日本独特の慣行を、1950年代から60年余りも続く就活ルールが支えてきた。
しかし、主に大企業でつくる経団連は2018年10月、「2021年春入社」以降についてルール廃止を決定。「ルールがなくなると学業に影響が出る」といった大学側の意向を受け、政府が主導して「3年生の3月に説明会、4年生の6月に面接をそれぞれ解禁」といった今と同じルールを当面は維持する方針を決めた。
経団連に加盟していない新興企業や外資系企業を中心に、就活ルールにとらわれず、優秀な学生を囲い込むため早めに採用活動に着手するケースも目立つ。政府は経団連の会員以外の企業にも新ルールを守ることを要請するが、破っても罰則はない。
「経団連の就活ルールも『形骸化している』と言われてきましたが、新ルールはさらに守られなくなると思います。しがらみのない新興企業や外資系企業はこれまで通り、ルールに縛られず独自の手法で採用を続けるでしょう。
経団連の会員企業は、自分たちでつくったルールを破ることにはそれなりに抵抗があると思いますが、政府がつくったルールなら『新興企業や外資系企業はルールを守らないのだから、こちらだって』と言いやすくなります」(城氏)
「企業の将来担う2、3人が採用できない」
「就活ルール」の廃止を決めた経団連会長の中西宏明氏。代わりに政府がルール作りを主導することになったが……(経団連会長就任前の2017年1月撮影)。
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その結果、何が起きるのか。
「会議室でのグループワークだけではなく、自身の専門をいかした仕事を現場で体験できる魅力的なインターンシップに大学1、2年で参加し、高く評価されれば『配属先確約・年収1000万円』といった条件で早々に内定を得る。そんなイメージの特別な採用枠が、新卒を横並びで扱ってきた日本の大企業にもできていきます。
その対象は、当初はAIなど企業側のニーズが高い分野で高度の専門性を持つ学生に限られ、採用数全体の数%にとどまるでしょう。ただ、今後10年ほどのスパンで考えれば、そのような形の採用枠は営業や人事といったさまざまな職種に広がり、全体の3、4割を占めるような企業が出てくる可能性もあると考えています」(城氏)
そもそも経団連はなぜ就活ルールを廃止したのか。ルールに縛られない新興企業や外資系企業を、優秀な学生が就職先に選ぶケースがどんどん増えているからだ。
例えば各メディアがたびたび報じているように、東京大学など難関大学の「就活人気企業ランキング」の上位には、日本の大手商社などと並んでマッキンゼー・アンド・カンパニーやゴールドマン・サックスといった外資系企業がずらりと並ぶ例が目立つ。
「日本の大企業は、以前は黙っていても優秀な学生を採用できたので、新興企業や外資系企業が就活ルールを守らず早めに学生を囲い込もうと動いても問題はなかった。
ところが10年ほど前から、企業の将来を担ってくれると人事担当者が期待する『採用予定者100人のうち最も優秀な2、3人』を採用できないケースが目立ち始め、そうした傾向は強まる一方です」(城氏)
新卒一括採用の終焉で年功序列・終身雇用も崩れ去る
深夜までの残業も異動・転勤も会社のいいなり。日本の大企業ではふつうだが、そんな働き方に拒否感を持つ若者は少なくない。
撮影:今村拓馬
ただ、「優秀層向けの特別枠」を設けるだけで、日本の大企業が取り逃がしてきた優秀な学生を採れるようになるのだろうか。
「初任給は一律、配属先も会社の都合で決まり、異動・転勤や残業をしっかりこなせばいずれは出世できるかも。そんな新卒一括採用・年功序列・終身雇用を柱とする日本型雇用システムが大企業ではまだまだ一般的です。このようなカルチャーは、自ら選んだ専門分野でキャリアアップしていきたいと考える優秀な学生には絶望的に不人気です。
日本の大企業が採用プロセスだけでなく、人事制度全体を優秀な学生にとって魅力あるものに変えられるかがカギです。それができない企業は淘汰されていくはずです。
事実上の『新卒一括採用の終焉』に伴い、会社員の働き方は大まかにいえば『異動や転勤はなく、一般的な給料の水準は高いが成果や役職によって大きく上下する可能性もある専門職』と、『異動も転勤もあり、給料の水準は低めだが安定している一般職』といったコースに分かれていくでしょう。今回の就活ルール変更は、日本型雇用そのものが変わる第一歩になると考えています」(城氏)
キャリアプランはもう会社任せにできない
撮影:今村拓馬
「専門職的な働き方を望む学生は、高校以前の段階で自身のキャリア観をある程度つくらなければいけなくなり、大学で何を学んだかも厳しく問われるようになります。一方、入社後に『こんなはずではなかった』と感じるミスマッチが減るメリットもあります」(城氏)
これから就職する人たちや、若い世代の働き手にとっては「新卒で大企業の正社員になり、定年まで勤め上げれば生涯安泰」という時代ではとっくになくなっている。
すでに会社に勤めている人の中でも、専門職的な人事コースができればそちらを選ぶ人は増えていくだろう。結果として人材の流動化が進んで転職市場が広がり、勤め先を変えることは今よりも簡単になるはずだ。
いつどこで、どんな仕事をするのか。会社のいいなりにならずにすむ半面、もう会社任せにはできなくなる。
(文・庄司将晃)