3000回、プレゼンを聞いたVCトップが語る、成功の鉄則とNGワード

クライアントへの提案、社内での予算取りなど、「プレゼンテーション」はいつの時代もビジネスパーソンにとって必携のスキル。しかし、同時に悩みのタネでもあります。書店のビジネス書コーナーにはいつだって「プレゼン術」を指南する本が溢れています。

プレゼンの目的は、相手を説得し、狙い通りの態度変容を促すことそんな成果につながるプレゼンの技術を深掘りすべく、本サイトではプレゼンを「する人」ではなく、あえて、誰よりもプレゼンを「受ける」立場にいる方にお話を伺います。

ご出演いただくのは、2008年の創業以来、150社を超えるベンチャーに投資、その過程でなんと、起業家による3000回以上もの “本気プレゼン” を受けてきた、ベンチャーキャピタル「サムライインキュベート」の代表、榊原健太郎さんです。

榊原さんがプレゼンを受けて、投資をする割合はわずか「5%」。そんな数の限られた、人の心を動かし、支援する姿勢を引き出した過去の優れたプレゼンを振り返りながら、プレゼンの成功の鉄則を導きだします。

「あざといとか関係ない。勝てば官軍。勝てばいいんです」。果たして、榊原さんのその言葉の真意とは——。

ベンチャーキャピタル「サムライインキュベート」の代表、榊原健太郎さん

PROFILE

榊原健太郎:株式会社サムライインキュベート 創業者 代表取締役 共同経営パートナー

1974年生まれ。大学卒業後、日本光電工業株式会社に入社。その後、当時創業期にあった株式会社アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)などを経て2008年、シード期の企業に特化し出資・支援を行うベンチャーキャピタル、株式会社サムライインキュベートを設立し、代表に就任。2014年からはイスラエルでも事業展開中。これまで国内外150超の企業の成長を支え続けてきた。

「この言葉」を口にしたら絶対に投資しない

——榊原さんはこれまで、どのくらいプレゼンを受けてこられましたか?

出資の相談に来られた会社のうち、実現に至るのはおよそ「5%」。創業してから10年、これまで約150社に投資してきましたから、単純計算して3000回以上はプレゼンを受けてきたことになります。そのほかにも、名刺交換の場で事業の説明を受けたり、ピッチイベントで審査員を務めたりもしますから、それも合わせるともう少し多いかもしれません。

できるできないでなくやるかやらないかで、世界を変える!と書かれたホワイトボード

1日に何十件ものプレゼンを受けることもめずらしくなく、ですから、起業家には「10秒でサービスの魅力を伝えよう」とアドバイスしています。よく、起業の背景、本人の想いを長々と熱弁されて、いや、それ自体はありがたいんですが、一方で「聞く側」のことを考えられているのかなあとも。どうしても集中力が持たないことだってあるので。

「今、こういう人がこういう課題を抱えています。その課題を、私がこうやって解決します。しかし、それにはこれが足りません」と、できるだけ、シンプルに。

……当たり前のことのように聞こえるかもしれませんが、こういう根本的なところでつまづいているプレゼンって、意外と多いんです。僕も思わず、「すみません。この話、何が言いたいんでしたっけ?」と、さえぎってしまう。それと、「これ」を口にしたら、まず投資しないというセリフがありまして。

ベンチャーキャピタル「サムライインキュベート」の代表、榊原健太郎さん

——どんなセリフですか?

「競合はいません」、です。

——しかしそれは、サービスの将来性を伝えるために言っているんですよね?

新しい市場を切り拓こう、と意気込む人ほど口にしてしまうものですが、これを言った時点でプレゼンとしては失敗、そして、事業としても「絶対に」失敗します。

この世の中に、まったく新しいサービス、なんてものはありません。何かの代替品だからこそ、流行る。何のサービスも代替しないものには、そもそも市場なんてありません。

ユーザーの声を細かく拾えば、同じ商品カテゴリーでなくても、かならずどこかに競合はいるもの。少なくともユーザーに時間を割いてもらおうとしているのですから。なのに、「競合はいません」と言い切られてしまうと、この人にユーザーの気持ちが分かるのか、そもそも真剣に考え抜いているのかと、不安になります。

また、プレゼンで “魅せる” ことに気を取られてしまう人もいますね。普段はしない身振り手振り、壇上で動き回ってみたり…… 苦手です。僕はほんとうに、その人のアイデアが聞きたい。なのに、こちらの気が散るようなこと、無理してやらないでほしい。

当たり前ですが、プレゼンが “上手く” なくたって投資したい人はたくさんいます。

とあるガラス職人の方は、アポを取るために直筆の手紙をくれました。彼はご両親もガラス職人で、JTBを辞めて家業を継ぎ、そこで気づいた「作業服がすぐに破れて危ない」という課題を解決したかった。手紙にはその想いが丁寧に綴られていて、普段はアポ依頼のメールをスルーすることもあるのですが、その方にはすぐにこちらから連絡しました。

当日現れたのは、40代後半の丸刈りの男性。パッと見、失礼ながら「他人に騙されやすそうな職人さんだなあ」と。緊張して、プレゼンもたどたどしくて、だけど、手紙の内容も、彼の悩みも、興したい事業も、成し遂げたいミッションも、すべてが一気通貫していたんですね。「この人は信頼できる」、確信しました。

……つまり、何が言いたいかというと、プレゼンとは「この人の力になりたい」と思ってもらえるよう、相手との信頼関係を構築するための手段だ、ということです。

ベンチャーキャピタル「サムライインキュベート」の代表、榊原健太郎さん

本屋には「プレゼン術」の本がたくさん置いてありますね。あんなに置いてあるのに、次々と新しい本が出る。それだけ、売れる、いつまでも悩んでいる人がいる、ということ。それはなぜか? 多くの本は、プレゼンの「中身」についてばかり語り、肝心の、プレゼンで「相手と信頼関係を構築する方法」は教えてくれないからですよ。

どんなに提案の内容がすばらしくて、どんなに壇上での立ち振る舞いが洗練されていたとしても、その結果、相手といい人間関係が築けなければ、提案は通るわけがありません。相手も人間、ウェットな部分が大事なんです。

これってルール違反? 勝敗は「プレゼンの前」に決まる

——プレゼンは相手との信頼関係を構築する手段だとすると、どんな工夫ができるでしょうか?

信頼関係の構築は、時間をかけて行われるものですよね。ですから、プレゼンを一発勝負の “最終地点” ではなく、相手と一緒にモノゴトを動かし、自分の最終的なゴールを達成するまでの “通過点” だと捉える。プレゼンが苦手と言われる日本人を救うカギは、この意識転換にあると思います。

そのうえで、先ほどの手紙もそうですが、プレゼンのその場ではなく、「プレゼンの前後」にできることを考えるのは、とても大切だと思います。よくおろそかにされがちですが。特に「プレゼン前のネゴ(交渉)」は超重要です。

ベンチャーキャピタル「サムライインキュベート」の代表、榊原健太郎さん

——プレゼン前のネゴ、と言いますと……?

まず、プレゼンを聞きに来るのは誰か、そのうち誰が最終決裁者で、どんな人なのかを把握する。例えば、ピッチイベントで僕が審査員だと分かっていたら、当日、「今日はよろしくお願いします。榊原さんは今、どんなことに興味ありますか?」と聞いてもらったっていい。

——ルール違反ではないんですか?

やっちゃいけないっていうルールはありませんよね。人は、自分に興味を示してくれる相手を好きになりやすいものです。

例えば、「演説が上手い政治家」と言えば小泉進次郎さん。彼は「みなさんに興味があります」という思いを伝えるのが上手いんです。訪れる場所のご当地ネタを事前に調べて、そのネタを演説のはじめに披露する。そうやって、聴衆の心を掴む。ビジネスのシーンでも同じです。

たとえ、最終決裁者にアプローチするのが難しくても、「プレゼンの後、誰がどういう順番で検討して、最終的に採用可否が決まるんですか?」と聞き、関係者には事前にネゴを済ませておく。プレゼン当日はすでに仲間がいる、穏やかな感じで臨めるよう仕込んでおくんです。

ベンチャーキャピタル「サムライインキュベート」の代表、榊原健太郎さん

他にも、例えば出資者を探すのなら、その人が過去にどんな企業に投資してきたのか、ネットで調べればだいたい分かります。アポを取るときだって、「とにかく会ってほしい」ではなく、「あなたは過去に誰々に投資しているから、ぜひ私にも会ってほしい」と伝える、だとか。

もしアポが取れたら、過去にその人から出資を引き出した起業家に当時使った企画書をシェアしてもらって、盗めるポイントは盗む。昔受験のとき、過去問ってやりましたよね? あれと同じです。これが仕事のプレゼンになると誰も過去問をやらなくなるんですが。

それに、もしそれが社内のプレゼンなら、一度だけじゃなく、何度でもプレゼンすればいいじゃないですか。そう考えて、「もし今回ダメだったとして、あと何回プレゼンする機会をもらえますか?」と、聞いてしまう。

もちろん初回から全力でプレゼンするんですけど、プレゼンはあくまで通過点。もし3回プレゼンできることが最初から分かっていれば、1回目がダメでもショックが少なく、自分を守ることにもなります。3回で通すんだ、とすぐに前を向いて、戦略を練ることもできる。だけど、多くの人はなぜか1回で終わっちゃうんですよね。

なんだって、事前に聞いちゃえばいいんです。そこまでしないと勝てない。「あざとい」とか思われても関係ない。勝てば官軍。勝てばいいんで。それをやらないということは、「本当にやりたいの? やりきっているの?」って、なっちゃいますよね。

榊原健太郎さんと聞き手の手もと

人は実は見ている……「プレゼンの後」に待つどんでん返し

——相手との信頼関係を構築するために、プレゼンの「後」も大事ですか?

はい。プレゼンが終わった直後、「質疑応答」の時間ってありますよね。あの時間での相手との接し方も大切です。

いちばんやってはいけないのが、相手から、「もし、そのサービスにとって脅威となる、こういうことが起きたらどうしますか?」と、ネガティブな批判にも聞こえるような質問をされたとき、「それは大丈夫です。もう対策は打っています」みたいに、マウント気味に回答すること

——対策を打っているなら、「よく考えられている」と逆に評価されるのでは?

いや、相手が実はアドバイスをしようと思っていた場合、そんな言い方をしたらもうアドバイスをもらえないじゃないですか。「それはほんとうにそのとおりで」と、一度は受け止めて、「だけど、実はこんなふうに考えているんです」、と返すとか。

質疑応答と言いつつ、実はその時間、「この人は他の人の意見を受けつけられるだけの柔軟性を備えた、信頼できる人なのか」を見られていたりするんです。特にプレゼンが終わって、油断しそうになるタイミングでもあります。そういう素に戻ったときの受け答えって、その人の本性が出るというか、とても印象に残るので気をつけたほうがいいですね。

あと、社外のプレゼンで、直後に「懇親会」がある場合、そこでどう立ち回るのか。

ベンチャーキャピタル「サムライインキュベート」のオフィス

——懇親会でも見られているんですか?

はい、見てます。その人が、まわりの人に気を遣える人なのか、いろんな人と話して情報を収集する力があるのか。いろんな人から情報やアイデアをもらえることは、事業を行っていくうえで重要ですから。また、そういう場で自己開示して、人を巻き込むことができるのか。なんだか就活の集団面接みたいですね(笑)。

そして、終わった後の「御礼メール」は送って、当たり前。今ならFacebookもありますし。そこで、単に感謝を伝えるのではなく、質疑応答でもらったアドバイスについて、その後自分が考えたことを言うとか。仮にプレゼン自体が上手くいかなくても、そこから次につながることはありますから。

——やはり、プレゼンだけ上手くてもどうにもならないですね。

これを言ったら元も子もないですけど、その人のサービスが成功するかどうかって、極端な話、プレゼンを聞かなくても、その人の実力や実績を見れば分かるじゃないですか。だったら、プレゼン以外の場で、いかに相手に自分の魅力を伝え、信頼関係を築けるか、ですよ。

イスラエル人に「天才ってどういう人?」って聞くと、彼らは「相手の気持ちが分かる人」と言います。他人の気持ちを察するとか、日本人ってもともと得意だと思うんですけど、最近そういう人、少なくなってきたかも。ネットで情報が取りやすくなっている分だけ、逆に。

やっぱり、相手のことを思いやれるかってことじゃないですかね。プレゼンがほんとうに上手い人は、プレゼン資料がたった一枚でも相手を説得できるわけで。もしそれが苦手なら、ネゴを頑張る。ネゴが自分は苦手なら、誰かに助けを求めればいいんですよ。そのためのチームじゃないですか。

榊原健太郎さん

(取材、文・向晴香、岡徳之、撮影・ 伊藤圭)

"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年11月28日公開の記事)

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