「朝食100円食堂」を赤字でもやる理由。不動産屋は“エンタメ業”と語る社長に聞いてみた

JR淵野辺駅北口を出てすぐ。古い飲食店がポツポツ並ぶ路地を歩いていると、目の前に突如としてガラス張りのおしゃれな食堂が。中には楽しそうに談笑しながら食事をとる若い男女。興味をもってドアを開けようとすると、あれ?いくらドアノブをひねっても開きません。ガラス越しに見える店内は間違いなく営業中。これは一体どういうことでしょうか?

賃貸物件の入居者専用の食堂

©︎Kenta Hasegawa

「皆さん自分の開け方が悪いと思って試行錯誤するんですけど、専用のカードキーがないと開かない仕組みになっているんですよ。というのもここ、当社が管理している賃貸物件の入居者専用の食堂なんです」

そう言って中からドアを開けてくれたのは、淵野辺駅周辺に1600室の賃貸物件を管理する不動産会社「東郊住宅社」の2代目社長、池田峰さんです。ありそうでなかった入居者専用食堂「トーコーキッチン」の発案者でもあります。

朝食は100円。食材は相模原産のお米などできるだけ地元のものを使用。今では食堂の存在が動機で入居する人が増え、入居率も向上したといいます。けれどもそんな三方よしの仕組みを考えた池田さんは、飲食業も未経験なら、当初は家業である不動産業を継ぐつもりもなかったそうです。

なぜ、“異端”の池田さんに画期的な仕組みを作ることができたのでしょうか。他業界にも通じるであろう「新規事業のつくりかた」を伺いました。

池田峰さん

PROFILE

池田峰:有限会社東郊住宅社 代表取締役社長

1973年神奈川県相模原市生まれ。アメリカの大学を卒業後、帰国してグラフィックデザイナーとして就職。その後、広告代理店勤務、ニュージーランド移住など経て、2012年東郊住宅社に入社。2017年先代の父を継いで現職に就任。2015年入居者専用食堂「トーコーキッチン」を開業。

「100円朝食」は出れば出るほど赤字

——すみません、なかなか開かないからガチャガチャしちゃいました。

食堂入り口の看板

はは、大丈夫ですよ。皆さんそうしますので。どう見ても営業中ですもんね。開かないのは自分のやり方が悪いんじゃないかと思うようです。

でもそれも織り込み済みなんです。ガラス張りのおしゃれな内装にしたのは、道行く人の気をひくためでもあります。開けようと思ってガチャガチャしているところを中から開けて、「こういうわけなんです」と毎回説明するんです。

最初の1回だけは特例として、入居者以外も利用OK。また、カードキーを持った人と一緒なら何人でも何回でも利用できるという特例もあります。なので、もしその後も利用したいと思っていただけるようでしたら、まちでカードキーを持っている人を探してみてくださいねって。

トーコーキッチンを使えるのは、原則として東郊住宅社の管理物件1600室3000人の入居者だけです。なぜなら入り口の鍵は、各入居者が自室に入るのに使うカードキーで開く仕組みになっているからです。営業時間は朝8時から夜8時まで。11時までの朝食は100円で、昼夕食は500円。おかげさまで、毎日朝食だけで70~80人くらいの人が利用してくれています。

定食を2人で向かい合わせに食べている様子

淵野辺周辺には大学が3つあるので、食堂の利用も7、8割が学生です。でも、他にも保育園お迎え帰りのシングルマザーの方だったり、一人暮らしの高齢者の方もいらっしゃいます。高齢者の方が食べに来てくれると、こちらから一軒一軒伺わなくても様子が分かるので、とても助かっています。

——入居者からしたらとてもありがたいサービスだと思うんですけど、その価格設定で赤字になりませんか?

100円の朝食については出れば出るほど赤字、それ以外はトントンになるように設定してあります。あくまで入居者サービスとしての位置づけなので、利益は求めていないんです。仮に儲けが出たら、それは食材なり人件費なりに再投資する。なので、みんなが食べれば食べるほど料理が美味しくなるし、スタッフの笑顔が増える仕組みなんです。

——東郊住宅社としてのメリットはどこに?

カードキーは物件のオーナーさんや、東郊住宅社と取引関係にある銀行さんや内装業者さんなどにも配布しています。そういう当社と関わっている人たちや入居者の方々と、食を媒介にして楽しくコミュニケーションを取るのが目的です。その結果、皆さんに「東郊住宅社と関わると面白いな」と思ってもらえればうれしいな、と。

キーの仕組みを示している

——目的はコミュニケーション?

入居者の皆さんが物件について何か不満を持ったりトラブルに見舞われたりした際、その対応をするのは不動産屋です。でも入居者さんからすれば「不動産屋に電話をしてトラブルを解決してもらう」って、意を決しないとできない、なかなかハードルの高い行動じゃないですか。

その点、こういう場所を通じて普段からフラットな関係を築いていれば、言う側にとっても言われる側にとってもハードルが下がる。だからスタッフにはよくこう言うんです。ここでの理想の挨拶は「髪切った?」だよって。それができる関係なら大ごとにならずに済みますからね。

僕自身も一日に2、3回はここに顔を出して、入居者の皆さんとコミュニケーションを取るようにしています。「きょうは楽しそうだな」とか「なんだか元気がないぞ」とか、そういうことだって顔を見ればなんとなく分かります。

こうしたお客さまの情報は、我々からすれば、IT企業でいうところのビッグデータのようなありがたいものなんです。この情報の有無の差によって、なにかあったときの初動の判断が変わることも十分ありえますから。

トーコーキッチンの様子

——トーコーキッチンができたことで入居者が増えた、といった直接的な効果もありますか?

トーコーキッチンができる前の当社物件の入居率は95%。それでも十分高い数字なんですが、残りの5%は古かったり、駅から遠かったりして、スペック的にどうしても選ばれにくい物件だったんです。それが、キッチンができた現在は98.5%まで改善されました。

うちは先代である父の時代から、値下げすることで空室を減らすという方針を取ってきませんでした。ということは、値下げしている他社の同額物件と比較すると、こうした「選ばれにくい物件」というのは明らかにスペックが落ちることになるわけです。入居率が98.5%まで上がったというのは、キッチンがあることが理由で、そういう部屋もお客さまに選ばれるようになったということなんです。

トーコーキッチンを利用する入居者のツイッター投稿

トーコーキッチンを利用する入居者の声

三つの課題に向き合ったら、完璧な球体スキームが降りてきた

——トーコーキッチンのアイデアはどこから生まれたんですか?

アイデアを思いつく前には、三つの課題意識がありました。

そもそもは地方から出てきた学生の親御さんが持っている、子供の食に対する心配を解決できないかというところから始まったんです。多くの親御さんは子供の食事に関する不安を持っていますが、これは当社にとっても大きな課題でした。なぜなら、管理物件が必ず食事付きの学生マンションや寮との比較に晒されることになるからです。

学生本人は一人暮らしを望んでも、多くの場合は「最初の1、2年は寮に住んで、その後出ればいいじゃない」という親御さんの意見に押し通される結果になります。

こんなに親が子供を手厚く心配するようになったのには、少子化で一人の子供にかけられる時間が増えたという社会的背景もあるでしょう。となると、今後この傾向がなくなるとは考えにくい。当社としても何か手を打たなければならない、これが一つめの課題意識です。

トーコーキッチンの厨房の様子

——二つめは?

当社は先代である父が2004年に「礼金ゼロ敷金ゼロ退室時の修繕費用ゼロ」を打ち出して以降、今に至るまでそのやり方を貫いてきました。これは「公平公正な契約をする」というポリシーのもとにやってきたこと。当初は業界でもかなり珍しく、注目を集めたそうです。

けれども、景気悪化や少子化により空室が増えると、競合他社は家賃を下げることで空室を減らそうとします。さらにその延長で、礼金ゼロ敷金ゼロにするところも増えてきました。当社とは違った背景で礼金ゼロ敷金ゼロにしているのですが、消費者からすれば見た目は同じ。そこで、当社がどういう姿勢でサービスを提供しているのかを示す、新たな媒体が必要になりました。これが二つめの課題です。

そして三つめに、お預かりしている1600の物件も続けていけば古くなる。時代が進むにつれてインターネットや宅配BOXなどと求められる設備も増えるので、アップデートの努力を迫られることになります。けれども、不動産賃貸の構造として、こうした努力を迫られるのは不動産屋ではなく、各物件のオーナーさんなんです。

——確かにそうですね。

でも、例えばリノベしようと思っても、そもそもリノベに向いてない物件もあるだろうし、オーナーさんの予算面で難しいケースもある。また、そうやって頑張ってリノベしたところで、結果に結びつくかはやってみないと分からないわけです。

だから、不動産屋としてもっと努力できることはないだろうかとずっと考えていました。部屋のスペックやオーナーさんの努力に依存せず、不動産屋自身の努力によって、1600の管理物件すべての資産価値が一気にアップする、すなわち満室にできる裏技はないか、と。

この3つの課題をぼんやりと考え続けていたら、2014年の忘年会の席で、「ああ、ひょっとしてうちが食堂をやればうまくいくんじゃないか」と思いついたんです。

トーコーイッチンの定食

——それは、皆さんでいい解決策はないかとアイデアを出し合っていたんですか?

いえ、一人でただぼんやりと考えていたら、ふと降りてきたんです。食事が目の前にたくさん置いてあったからなのか。「これだ!」と思ってその場でアイデアを話したんですが、周りはキョトンとしていましたね。でも、ずっとそのことを考えていた自分からすると、とてもしっくりくるアイデアのように思えました。

それでその年末年始の休みを使って、「うちが食堂を運営したら」という仮定でいろいろとシミュレーションしてみたんです。その結果、これはどの角度から差してもうまくいく、すべての人が喜ぶ完璧な球体のようなスキームかもしれない?という結論に至ったんですよ。

——その「うちが食堂を運営したら」というのがネックとは思わなかった?

先ほど「完璧な球体」と言いましたけど、一つだけ穴がありました。それは、食堂が赤字になった時にうちが耐えられるかという点でした。入居者向けサービスなので、そもそも物件が1600室しかない以上、完全にクローズドなマーケットになります。僕はもともと広告の仕事をしていたので、広く1万人を動員する仕組みづくりを依頼されることが常だったんですけど、今回はそれとは逆なので、難しく感じられました。

でも、きょう取材してくださっているのもそうですけど、食堂をやることによる赤字のリスク以上の価値を生むことが確信できたので、そこから1年かけて実行に移していきました。

不動産業はエンタメ業

—— 成功の要因はどこにあったと思いますか?

自分ではまだ成功したと思っているわけではないですが、多くの人に面白がっていただけているというのは、それが不動産業の本質に近いものだったからなのではと思っています。

—— 不動産業の本質?

多くの人は不動産業は家を貸して終わりの職業だと思っているかもしれないですが、僕は不動産業を、そこに住む人の暮らしをより楽しくすることに携われる、稀有な職業だと思っているんです。

トーコーキッチンで入居者の方と交流する池田さん

トーコーキッチンで入居者の方と交流する池田さん

これは世代とか時代も関係しているかもしれないですが、僕の父は不動産業を「究極のサービス業」と定義していました。これは間違いなく正しいことだと僕も思っています。

でも、それに加えて「エンタメ業」でもあると僕は思うのです。それを食を媒介にして形にしたのがトーコーキッチン。住んでいる人とフラットで自然なコミュニケーションが生まれるような環境が作れれば、そこでの暮らしはより楽しくなるはず。食というのは、コミュニケーションのハードルを下げますからね。

一見、不動産業本来の軸からはズレているように見えるトーコーキッチンは、実のところは「入居者の暮らしを楽しくする」という不動産業の本質を突いていた。だからこそ、これほどまでに多くの人に受け入れられ、面白がってもらえているんじゃないかと思います。

池田峰さん

—— でも、それが不動産業の本質だとして、多くの不動産業を本職とする人はそのことに気づけなかったわけですよね。池田さんだけがそれに気づけたというのは、やはり業界の外からやってきたから?

確かに、僕はもともと家業を継ぐ気はなかったし、「自分の好きなことを好きなようにやれ」というのが父の教育方針でした。キャリアのスタートはグラフィックデザイナー。直前までは、永住権をとってニュージーランドで広告代理店を経営していました。

幼いころから不動産屋としての英才教育を受けていたら、もしかしたら「本質」は見えにくかったかもしれません。実際、「業界外から来たからできたんだよね」「広告畑出身だから思いついたんだろう」とは、よく言われるところです。

でも思うんです。環境の影響というのは確かにゼロではないけれども、そこでどう振る舞うかは結局個人にかかっているんじゃないか環境のおかげでできた・できないというのはもったいないんじゃないかって。

見学に来た同業者の中には、「うちには東郊さんのように周りに大学が三つもないから」とか「1600室も管理してないから、トーコーキッチンのようなものはできない」と嘆く人もいます。それは、すでにできあがったキッチンから逆算するように「キッチン=A+B+C」という考え方をしているから不足している要素ができない理由に感じられるのだと思うんです。でも、実際に僕がやったのはその反対で、「A+B+C=キッチン」という動きなんです。

これはビジネス書だったり、こうしたインタビュー記事だったりについても同じことが言えると思うんです。そこで語られていることはどれも真実だし、すばらしいことが述べられている。なのにそれを読んだ人がうまくいかないというのは、書かれていることをそのまま真似しようとして、自分にとってのAでありBでありCでありはなんなのかということに目を向けられていないからなんじゃないかなって。

偉そうな言い方になってしまって申し訳ないんですけど、結局、自分が提供すべきサービスは何かという問いに対する答えは、自分の中だったり、目の前の人だったりにしかないものだと思うんです。それとどこまで向き合えるかが、実はもっとも大切なことなんじゃないかって思うんです。

—— 先ほどの「お客さまとのコミュニケーションはビッグデータのようなもの」というお話とつながりますね。

そうなんです。しかも、そのA、B、Cも「1600室しかない」と考えるか「1600室もある」と考えるかは、その人次第。僕は仮に、手元にあるのがAとBとCではなく、XとYとZだったとしても、また別のトーコーキッチンを作っていたと思います。それは今あるトーコーキッチンとはまったく別の形でしょうけども。

トーコーキッチンに置かれている子供達からのメッセージ

「みんなが気持ちよくお金を払える」タイミングを考える

—— 新規事業を考える上で他に気をつけた方がいいことはありますか?

押し付けないことじゃないかなと思います。トーコーキッチンを始める時に多くの人にアドバイスされたのは、先払いの月額定額制にするべきということでした。理由は簡単で、そのほうが運営側から見て見通しが立ちやすいから。でも僕はそうしませんでした。

それは逆の立場で考えたら、先払いした結果、自分の食べたくないメニューの時に結局他のお店で食べるとなったとすると、ダブルチャージになってとても残念な気持ちになるはずだと思ったからです。そうすると、せっかく「いいな」と思って飛びついたサービスが、そのまま離れる理由にもなってしまう。だからそうではなく、「自分の好きな時に食べにおいでよ」というスタンスを現在まで貫いています。

自分がサービスの提供者か受益者かで態度が変わってしまうのは、実際よくあることだと思います。自分が消費者の時に食べたいのは手の込んだラーメンだけど、作る側になったらめんどくさいからカップラーメンで済ませようとする。でも、やはり消費者が本当に求めているものを提供しないと喜ばれない、すなわちうまくいかないんじゃないかと思うんです。「論語と算盤」ですよね。商売としてやる以上はもちろん算盤をはじく必要はあるけれども、その際も順番が大事ではないか、と。

—— 順番、ですか。

まずは入居者の皆さんがどうしたら喜ぶかを考える。入居者の皆さんが満足すれば、自然と物件は満室に近づく。するとオーナーが喜ぶ。そして、その結果に応じた報酬がうちに入ってくる。うちが潤うのは最後、そうしたすべての最後の最後です。マネタイズってタイミングが大事だと思うんです。「これならみんなが気持ちよくお金を払える」というタイミングを考えるのが大切なんじゃないかと思っています。

池田峰さん。トーコーキッチンにて

それに何より、まずみんなが喜ぶ仕組みを考えるところから始めると、やっているこちら側としても楽しいんですよ。今、僕はものすごく楽しんでトーコーキッチンをやってますから。「こんなに楽しいことを生業にして申し訳ないな」と思うくらいで。

—— それはきょうのお話しぶりからもとても伝わってきます。でも実際にやるのはおっしゃるよりずっと難しいんだろうな、と。

いや、みんなが喜ぶ仕組みなら回すのはむしろ簡単なんですよ。新しいことを始めるからには、課題がたくさんあるはずじゃないですか。しかも前に進みながら、たくさんある課題に同時に向き合っていくのはとても大変です。

でも、すでにそこに喜んでくれる人がいるのであれば、あとはそれがうまく継続できる仕組みを考えるだけでいいんです。今回のトーコーキッチンの例で言えば、完璧な球体がすでにあって、残された課題は「赤字が出た時にうちがそれをどう補てんできるか」だけ。100のうち99はOK。1だけ考えればいい。そのほうが絶対ラクだと思うんです。

池田峰さんと従業員たち。とーこーキッチンにて。

(取材・文:鈴木陸夫/岡徳之、撮影:伊藤圭)

"未来を変える"プロジェクトから転載(2019年1月9日公開の記事)

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