PayPay「100億円あげちゃう」はキャッシュレス定着させるか。有力ベンチャー3社が予測する2019年決済市場

キャッシュレス paypay

2018年12月4日、スマホ決済サービスPayPayの大規模還元キャンペーンがスタート。還元率20%などの大盤振る舞いに、家電量販店など比較的単価の高い店舗に利用客が殺到した。

撮影:小林優多郎

平成最後の年末商戦。ヤフーとソフトバンクの合弁会社でQRコード決済事業を手がけるPayPay(ペイペイ)が繰り広げた「100億円あげちゃうキャンペーン」は、きわめて短い時間ながら、一種の社会現象とも言えるほど大きな話題を呼んだ。

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日本の新しいお金の流れ、あるいは昨今叫ばれるキャッシュレス化の潮流の中で、このPayPayのキャンペーンはじめ、2018年に起きたいくつもの新たな動きはどんな意味を持ってくるのか。そしてそれは2019年以降の市場にどんな影響をもたらすのか。

それぞれ独特の切り口から決済・送金事業を手がける気鋭のベンチャー、Origami、Kyash、pringの3社に徹底議論してもらった(本前編はポイントバックを主なテーマとし、決済手数料などがテーマの後編は1月25日公開予定)。

鷹取真一(たかとり・しんいち):株式会社Kyash代表取締役社長。Kyashは、プリペイド型のバーチャルVISAカードを発行するサービス。残高はコンビニやクレジットカード(VISAまたはMastercard)、ペイジー(税金や公共料金をPCやスマホを通じて支払うサービス)を通して銀行口座から入金できるのに加え、Kyashユーザー同士であれば手数料無料で送金が行える。

伏見慎剛(ふしみ・しんご):株式会社Origami事業開発ディレクター。Origami Payは、2015年に始まったスマホ決済サービス。2018年には世界最大手の一角、銀聯国際(UnionPay International)と資本業務提携。同時に、自社の決済プラットフォームをパートナー企業に無償開放する「提携Pay」も発表した。

荻原充彦(おぎはら・みつひこ):株式会社pring代表取締役CEO。プリンは銀行口座直結のウォレットアプリ。送金や支払い、口座からの出し戻しを手数料ゼロで提供する。2018年にはQRコード決済の手数料を業界最安値の0.95%とすることを発表し、加盟店の募集を開始した。

QRコード決済が「市民権」を得るための一つの策

キャッシュレス ベンチャー

左から、pringの荻原充彦氏、Kyashの鷹取真一氏、Origamiの伏見慎剛氏。本鼎談は2018年12月末に行われた。

——皆さん、PayPayの「100億円あげちゃうキャンペーン」をどう見ましたか。

伏見:QRコード決済はまだ本当の意味で“市民権”を得ていません。体感してもらう機会を広げることがまずは大事で、その意味でキャンペーンは大きな役割を果たしたと思います。

100億円という還元額をどう見るか、という点ですが、実は中国に目を向ければもっと大々的にやっています。例えば、アリババのAlipayやテンセントのWeChat Payは、タクシーでQRコード決済を使った乗客だけでなく、運転手にまで還元してユーザーを広げている。日本でも、還元額を増やす以外に、もっとあの手この手を考える必要があるのではないでしょうか。

鷹取:市民権を得ていないという伏見さんの指摘にはまったく同感。これから市場をつくっていくフェーズですから。

一方、100億円については、金額の大きさに驚いたというより、これまでポイントのような形で還元するのが常識であったところを、PayPayは即座に現金を返すかのようなやり方を用いたのが画期的でした。お金に近い形で還元を受けられるほうが人を動かす、当たり前のことのようですが、そんな動きが顕著になってきている気がしています。

荻原:サービス開始当初から、摩擦なく、よりお金が回りやすい世の中にすることを目指してきた僕らプリンとしては、PayPayのキャンペーンによって個人消費が刺激されたことを素直に喜びたい。現在、1800兆円超ともいわれる家計金融資産を動かし、社会経済を活性化させるという大きな視点から見れば、わずか10日間の出来事とはいえ間違いなくプラスでした。

ただ、お金の摩擦をなくして流れをよくするには、個人より法人取引のほうが摩擦が多い。加盟店の店舗販売における決済手数料負担だったり、高額な給与の振込手数料だったり、まだまだ取り組まねばならないことがたくさんある。何もかも始まったばかりだと思っています。

「絶対的なセキュリティ」を求めるべきか

伏見 origami

登録時と使用時のセキュリティを分けて考え、それぞれを高度化させることで、より高度な安全性を確保できるとしたOrigamiの伏見氏。

——スマホ決済の認知度が高まった一方で、不正入手したクレジットカード情報による利用が相次ぎ、ネガティブな意味でも注目を受けました。この問題をどう考えますか。

荻原:もちろん、トラブルは起きてはいけないんですが、語弊を恐れず言えば、仕方ない面もある。現実を直視するなら、クレジットカードの歴史は不正との戦いの歴史でもあります。

2018年12月に起きたソフトバンクの通信障害でも、エリクソン製交換機のソフトウェアに問題が起きるなんて、あらかじめ察知するのは不可能だったでしょう。最新の技術を導入していくためには、最善の努力をしつつも、何か起きたらすぐに手当てをするしかありません。

鷹取:システムの堅牢性については、僕らKyashも2018年11月に障害を起こしてしまった反省があります。それを踏まえた上であえて言うなら、既存の銀行のような完璧性を(革新的なサービスの)開始段階で求めてしまうと、新しいビジネスモデルや市場はなかなか生まれてこなくなるのでは。

とはいえ、お金を扱うサービスである以上、ユーザーにとっては絶対的な信頼性が必要な部分もある。どこで、どのレベルまでそれを求めるべきなのか、とても難しい問題ですね。

キャッシュレス origami

Origami Payのサービス案内画面。

出典:Origami HPより編集部がキャプチャ

伏見:スマホ決済については、登録時と利用時のセキュリティの問題は分けて考えたほうがいい。PayPayの問題ではクレジットカード登録時のセキュリティに注目が集まりましたが、そこを改善するだけでなく、利用時のセキュリティを高めることでカバーできる場合もあります。

例えば、ユースケースが増えてくれば、怪しい取り引きを検知した時点で対策を打つこともできる。Origami Payでは、加盟店の店頭でそうした動きが検知された場合、加盟店から当社の決済承認センターに連絡をいただき、ユーザーの本人確認を行う仕組みになっています。

事業者間の連携、その重要さと難しさ

キャッシュレス Kyash

これまで、事業者それぞれの社外秘として蓄積されてきたノウハウも、日本のキャッシュレス化推進と不正対策徹底のためなら、共有化を進めていくべきと話したKyashの鷹取氏。

——PayPayの問題を受けて、経済産業省は不正利用対策のガイドラインを取りまとめるための検討会を(キャッシュレス推進協議会の中に)立ち上げました。良い方向に行くでしょうか。

伏見:非常に重要な取り組みです。決済アプリの開発・提供企業、カード会社、チャージ元の銀行、加盟店は普段から連携しておく必要があると思っています。

鷹取:伏見さんの意見に全面的に同意ですね。不正対策をどのようにやっているか、どんなカード番号や氏名で不正があったのかといった情報は、これまで事業者それぞれの社外秘として蓄積されてきた。一種のノウハウなんです。でも、キャッシュレスの比率を国全体として増やし、新たな市場をつくっていこう、みんなでダメージを減らそうという時なので、今後はオープンにやるしかない。

キャッシュレス kyash

Kyashのサービス案内画面。

出典:Kyash HPより編集部がキャプチャ

荻原:いやあ、ウチはとりあえず様子見かな(笑)。

鷹取:なかなか対応が難しいところですよね。大企業にせよ、僕らのようなスタートアップにせよ、できるところから始めていけたらと思っています。

荻原:方向性としてはもちろん同意なんです。ただ例えば、後払い決済サービスを運営する事業者に事故データをすべて出してくれと言っても、出すはずがない。サービスを支える資産だから仕方ないですよね。

だから、僕らのやり方はいまのところ「安心と制限」。多少の不正は起こりうることを前提に、一定額までは全部補償することにして安心を与える代わりに、利用額をリスクを負える範囲内に制限するわけです。何の制限もなく勢いだけでサービスを拡大して、不正が起きてからどうしましょう、というのはさすがに無理筋ですから。

ポイントバックは今後も洗練され、続いていく

キャッシュレス pring

PayPayのキャンペーンを、「これほど『お金を払うこと、買い物することが面白い』と思える試みはこれまでなかった」と評価したpringの荻原氏。

——そうやって不正利用対策を磨き込んでいくことを前提とすれば、キャッシュバックやポイントバックはこれからも続いていくと思いますか。

荻原:プリンとしては資金力の限界もあるので、規模で対抗とかは考えていません。でも、他社のキャンペーンは続いていくし、拡大していくんだと思います。鷹取さんが言うように、PayPayのはたしかに「現金をあげちゃう」感じに近かったんですが、それでもやっぱりサービス内で使えるポイント(還元)であることには変わりなく、囲い込みの効果はそれなりにあったと思います。

PayPayのキャンペーンは結局のところ、人間の射幸心をズバリ狙ったものでした。こんなふうに「お金を払うこと、買い物することが面白い」と思える試みは、少なくともスマホ決済の分野ではいままでなかった。これだけみんなが面白がっているものを、ここでスパっとやめるとは思えない。

キャッシュレス pring

pringのサービス案内画面。

出典:pring HPより編集部がキャプチャ

鷹取:Kyashとしては、VISAカードの加盟店ならどこでも2%の残高還元をやっていて、ビジネスモデルとして成立する限りはこのまま続けるつもりです。サービスを使えるお店をはっきりさせたいという狙いが僕らにはあるので、リーチを広げるために還元率や規模をやたらと拡大していくことは考えていません。

ユーザーの視点に立てば、カードやQRコードを提示するからその「手間賃」としてバックを受けられる、いまはまだその程度の認識だと思うんです。これからキャッシュレス決済の利用率が40、50%と広がっていくと、ユーザー自身の信用スコアリングに貢献するとか、かなりメリットが出てくるから当然使ったほうがいいという感じになるでしょう。逆にそれまでは、ポイントバックのようなカンフル剤は必要かなと。

伏見:僕も続いていくと思います。ただし各社とも、やり方はもっと洗練されてくるのでは。Origami Payもローンチ当初からさまざまなキャンペーンをやってきて、どのくらいどこに投資すればどの程度の反応があるか、ある程度は想定できるようになってきています。

——なるほど。そう考えると、ターゲットを狙い澄まして今回以上の規模でキャンペーンを繰り広げるプレイヤーが出てくる可能性もありますね。そもそも、今回のキャンペーンに驚かれましたか?

荻原:僕は驚きましたね。ヤフーとソフトバンクの合弁会社が(2018年6月に)できてからこんな短時間で、こんな大規模な投資に打って出るなんて。

鷹取:僕も驚きましたよ。100億円という金額には絶対的な重みがある。でも、いま冷静に考えてみると、20%還元だから実際に決済された金額は500億円で、消費市場の中ではさほど大きな額ではないんですよね。これからPayPay以上のキャンペーンがあったとしても、今度はさほど驚かないかもしれない。

SNS上の巨大な反響から学べたこと

キャッシュレス セキュリティ

カード不正利用事件の発生を受け、2019年1月21日から、QRコード決済のPayPayでクレジットカードを登録する際には個人認証作業が必要になった。

出典:PayPay HPより編集部がキャプチャ

——金額の大きさも然ることながら、一連のキャンペーンを取材していて、SNS上での反響の大きさや広がりにも驚かされました。

荻原:でも、当然ですよね。何となくキャンペーンを知ってアプリをダウンロードして、家電量販店に行って買い物したら全額返ってきた、それも数万円!だなんて、誰でもSNSに投稿したくなるじゃない(笑)。これこそ本質を突いたSNSキャンペーン。プリンは送金にこだわってサービスをつくっていますが、決済の部分では、参考にできるものならしたいですね。

ついでに言えば、伏見さんが指摘したように、営業部隊の投入もそうだし、キャンペーンの情報拡散のためにテレビCMにもおそらく億単位で投資している。SNSの拡散力だけでなく、さまざまな手法が組み合わさって今回の大きな反響になったんだと思います。

鷹取:荻原さんの言う通りですね。だからこそ、キャンペーンによるユーザーの体験が「瞬間風速的なものではないか」「デフォルトのものなのか」というところはシビアに見ておきたい。(キャンペーンが終わった後で)サービスそのものによって得られる体験はどの程度のものなのか。直前の体験がかなり刺激的だったからこそ、落差も大きく感じられるかもしれません。

伏見:僕の場合は率直に言って、SNSの勉強になりました。宝くじで一等が当たった人はSNSに投稿しないんですよね、強盗に狙われたりするから(笑)。でも、数万とか数十万ならけっこうシェアする。今回のキャンペーンのSNS投稿を見ていて、そのあたりの肌感覚が得られた感じがします。

荻原:もう一つだけ言っておきたいことが。テレビCMやSNSを見た人は今回、PayPayを使ってものすごく得をしたわけですが、もしウチの母親がキャンペーン中にビックカメラに行っていたら、絶対現金で買い物したと思うんです。僕らプリンは、そんなふうに「知っている人が得をする」金融ではなくて、「知らなくても損をしない」金融をつくりたいなと。

(※本鼎談の後編は1月25日公開予定です)

(取材・構成:川村力/小林優多郎、撮影:岡田清孝)

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