AIは今後私たちの仕事や生活にどんな影響を与えるのか。
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人工知能(AI)は社会、経済、そして人間の営みにどういう影響を与えるのか —— 。
その問いに答えるため、世界中を駆け回る人物がいる。カナダ・トロント大経営大学院の教授でエコノミスト、Creative Destruction Lab 創設者でもあるアジェイ・アグラワル氏だ。『予測マシンの世紀 〜AIが駆動する新たな経済』(2月発売予定)という話題作の著者でもある。
AIがもたらす将来について楽観論と悲観論が飛び交う中、Business Insider Japanはアグラワル教授にインタビューした。 授業と講演の忙しい合間を縫って現れた教授は長身で、教授というよりはベンチャー企業の経営者のようだ。明快な言葉で、AIの将来像をわかりやすく説明してくれた。
「僕の居場所は世界のどこに?」
AIは1990年代のインターネットの勃興に続く大きなインパクトがあるかという質問に、教授はこう答えた。
「インターネット(がもたらしたインパクトよりも)重要かもしれないと考えている。インターネットは人々をつなぎ、誰もが情報(Information)にローコストでアクセスできるようにした。しかし、AIは『知能(Intelligence)』の提供によって機械の性能を上げるという意味で、もっと深い意味をもたらす可能性がある」
AI技術とはそもそも何か。教授によれば、「ロボットを動かすために使われてきたソフトウェアとは異なる形の連続した技術」だという。
カナダ・トロント大経営大学院教授でエコノミスト、Creative Destruction Lab創設者でもあるアジェイ・アグラワル氏。
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ロボットが、目として使うカメラで何かが見えるというだけでなく、AIを使うと、人間の顔の表情から、感情を読み取ることができるし、音声認識技術では人間の声からどんな気分なのかも分かる。今後私たちが接するAI技術を搭載したロボットは、集めたデータを学習することで、個人個人に対して、さらに反応が良くなっていくという。
だからこそ、今言われているのが次の「3つの懸念」だ。
- 人間の仕事は奪われるのか。
- 感情は持たないが、おそらく人間よりも頭も記憶力も良く、情報処理も早く、早く世界中の情報を集められる機械とともに働くと、何が起きるのか。
- 機械と働くという、今までになかった経験をすることで、人間の存在感はどうなるか。
「双方向な関係というと、今までは人間対人間でしたが、人間対機械が加わっていくのです。ロボットは感情を読み取り、同情や共感を示してくれるようになります。その時、友達が信頼しているのは僕だけと思っていたのに、それがロボットに取って代わられたら、『僕の居場所は世界のどこにあるんだろう』と思う人は出てくるでしょう」
大きな変化が起きるのは医療、買い物、翻訳
しかし、そのようなことがいきなり起きるのではない、と教授は言う。ロボットがチェスや碁で何度も人間と対戦して勝つようになったのと同様に、今後も機械が人間をしのぐようになる分野が、一つ一つ積み重なっていくという見通しだ。
AIは店舗や病院に対してはデータに基づき、個人が今後何を必要とするかを「予測」してくれる(写真はイメージです)。
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「SF作家が書いてきたように、機械が人間にどんどん近くなっていって、ある日突然、全てのことにおいて人間を超えていたなんていう社会が起きるとは思っていません。機械はあることにおいては、人間よりもはるかに優れていますが、他のことではまるで劣っているからです」
現在の身近なAIは、ロボットや自動走行システム、IoT(Internet of Things)などが考えられるが、ほかにどんなことが起きるのか。 教授は、「医療」「ショッピング」「翻訳」の分野で大きな変化が起きると予測する。
「医療」と「ショッピング」は、今までのように画一的なサービスではなく、個人データに基づいて、もっとパーソナライズされたサービスを受けられるようになる。またAIは、店舗や病院に対してはデータに基づき、個人が今後何を必要とするかを「予測」してくれる。その結果、例えばAmazonにAIの「予測」機能が加われば、人々はもっと買い物をすることになるだろう。
「翻訳」の性能はAIでさらに向上し、人々にとって世界がもっと開かれたものになっていく。例えば、マサチューセッツ工科大学(MIT)が、オークションサイトのEbayを使って英語とスペイン語の機械翻訳を試したところ、英語圏とスペイン語圏での売り上げが2桁増となったという。買いたいものを英語で検索すると、英語圏で売られているものだけでなく、スペイン語圏で売られているものも表示されるからだ。つまり商圏が一気に広がるわけだ。
「5〜10年のうちに起きるAIが経済にもたらす大きなインパクトの一つが、早くて安価な翻訳だと思っています」
経済は拡大するが格差も拡大する
全体の富はAIによって拡大するが、それが公平に分配される訳ではない。
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AIの活用は確実に経済を拡大させる、と教授。「機械が優れたものになれば、生産性が上がり、さらに富が生まれる」からだ。
しかし、教授を含めて多くのエコノミストが、懸念していることがある。
「富の分配の問題がさらに悪化する。富裕層はさらに富み、貧困層はさらに貧しくなるということです。富はAIによって拡大しますが、それが平等に分配されないという可能性があります」
コンピューターやインターネットの出現はすでに、生産性において、高学歴の人が優位になるという現象を引き起こしてきた。AIを使ったロボットなどに投資できる資本がある人ほど富を得ることになる。一方で、資本がない人は、単純労働を提供するしかない。
企業は、「AI時代」にどう対応していったらいいのか。
「競争に勝つには、ライバルよりもいいAIを開発した方がいいでしょう。『予測』機能が高まれば、消費者がより買い物をするわけですから、ベンダーを選ぶときは優れた『予測』AIを持つところを選び、それがより消費者データを集めることになり、またAIが優れたものになるという循環が生まれます」
例えば、自動走行システムの規制が整えば、運転能力が高い車を人々が買うようになる。自動車会社は、車が売れるほど、データをさらに集めることができて、さらにいい車が製造できる。
「いいAI、より多くのデータ、より優れた『予測』、より多くの顧客、より多くのデータ……というループが巡るのです」
AIへの投資に大企業が走るのは、このループで先頭に立つと、ライバルが追いつけないことを理解しているからだという。
ロボットを受け入れる土壌が日本にはある
ロットマン内創造破壊ラボの様子。
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2019年3月に来日を控えた教授は、「日本は、欧米や中国よりも積極的にAIを受け入れる準備ができている」という。なぜなら、欧米では敬遠されがちな「人間に近い形をしたロボット」がすでにさまざまな場所で活躍し、日本人の間に抵抗感がないからだ。
介護ロボットやペットロボット、工場でのオートメーションロボットなど、日本人はすでに多くのロボットに囲まれた環境に置かれてきた。
「人間と相互関係を持つロボットを受け入れる文化的土壌が、日本にはすでにある」
アグラワル教授は、トロント大でIT戦略や起業ファイナンスなどに関する研究を行う研究創造的破壊ラボ(CDL)を創設。AIとロボティクスを扱う施設の共同創設者でもあり、人間と同等の知能を持つ機械の構築をミッションに掲げている。
カナダのトロントやモントリオールなどの都市は近年、急速にAIのエコシステムの集積地となっている。政府や州政府、教育機関、研究機関、インキュベーション施設などが1980年代からロボット技術に資金を投入してきた成果だ。AI分野でも同様の体制で、トロント大の学者などが中心になった取り組みを拡大し、近年は米マイクロソフト、米グーグルといった海外企業の研究拠点も巻き込むようになっている。
アグラワル教授は3月14、15日に開かれるSansan主催のビジネスカンファレンス「Sansan innovation project2019」のキーノートスピーカーとして登壇。「自動化が進む未来」をテーマに講演します。
カンファレンスの詳細、申し込みはこちらまで。
(文・津山恵子)