2018年1月26日、大きなニュースが日本を騒がせた。大手仮想通貨(暗号資産)取引所「コインチェック」から、日本円にして580億円のNEMが不正に流出した。
この事件の影響は大きく、それまでバブルだった仮想通貨市場は一気に冷え込んだ。2017年12月には200万円超の値をつけたビットコインは、2019年1月26日時点で40万円程度にまで落ち込んでいる。
街には仮想通貨のアドトラックが走り、1億円の資産を有した「億り人」たちが興奮に沸いていたあの時から1年。熱狂のなかにいた人たちは、どんな日々を過ごしたのだろうか?
今でも「一発逆転」が諦められない
コインチェックからNEMが不正に流出した2018年1月26日、東京・渋谷のコインチェック本社には多くの人がつめかけた。
撮影:西山里緒
「この1年つらかったけど、(仮想通貨を)やらない方が、もっときつかった」
まず一人目に話を聞いたのは、「サーモン2500」というブログを運営しながら飲食店に勤務しているサーモン(仮名、32)。今でもまだ、「仮想通貨で一発逆転」の夢をあきらめられないでいる。
1986年生まれのサーモンの年収は約400万円。だが、実家へは毎月10万円の仕送りをしている。親が多額の借金を抱えており、その返済費用に充てるためだ。サーモンに法的な返済義務はないものの、親は親戚や知人からお金を借りていたため、どこまでいっても連絡は追ってくる。
「このままじゃ人生真っ黒だ。どうにかしなきゃ」
そんな風に考えていた2017年、出合ったのがビットコインだった。億り人とまではいかなかったが、10万円単位で少しずつ原資を増やし、8万円で始めた仮想通貨は最高で100万円ほどにまでなった。
2018年8月、じりじりと下がっていく相場の中でなんとか資金を増やしたいと、よりハイリスク・ハイリターンなビットコインFXの投資にのめり込んだ。勤務時間中にトレードをしていることが見つかり、勤務先から解雇。さらにマイナーなアルトコインへの投資で20万円ほどの損失も出した。
今は2018年10月頃から始めた「Z502」という仮想通貨への投資で、含み益が50万円ほどはあるという。
今でも、給料が入るとなけなしの2万円で「買い増し」しているというサーモン。今年、そして今年がだめでも来年、きっと市場は盛り上がる……そう信じているからだ。
夢は借金を返済して、38歳までに自分の店を持つことだ、という。
「実家もずっと貧乏で、自分の年収もどんなに働いてもせいぜい500万。このまま生活しても、じわじわ真綿で締め上げられるような感じ。仮想通貨で一発逆転ができたら、人生変わると思う。親も70近いので、楽をさせてあげたいな」
今は投資のタイミングではない
仮想通貨の一種であるリップルの価格も、最盛期の10分の1程度になっている。
Tobias Arhelger / Shutterstock
一転、投資からはサッと身を引いた人もいる。投資家兼ブロガーのseiya(28)だ。コインチェック以前の熱狂を「自分を含めて、みんな冷静じゃなかった」と振り返る。
「『リップルすげぇ!』という話も、もうしなくなりましたね。僕にきっかけを与えてくれた通貨だから、今でも(リップルは)好きですよ。だけど、お金を稼ぐってことに関して、盲信してしまうのはよくないかな」
seiyaは2017年5月に“資本金”500万円で仮想通貨に“参入”したが、2018年の年明けに、原資300万円ほどのリップルを一部手放している。このほか、ブログのアフィリエイトでの収入もあり、仮想通貨を通じて得た利益は数千万円にのぼる。自分でも「(仮想通貨投資で)大きく失敗した記憶がない」と感じているという。
それでも2018年7月にビットコインを90万円ほどで売却してからは、ほとんど仮想通貨の取引はしていない。
「初心者の頃って自分に都合の良い情報ばかり調べやすくなるし、自分が正しいと思ったことをやり続けてしまうんですよね。仮想通貨だけじゃなくて、株でも為替でもやればいいんですよ。そして、それをできた人が今、生き残っている」
ノアの大洪水が来た2018年
Ginco社長の森川夢佑斗(25)。
撮影:西山里緒
「ノアの箱舟って、大洪水がくるじゃないですか。2018年はまさに投機熱で浮かれていた怪しい人たちが流れ去った年だった」
1年前「ビットコインは僕らにとってのノアの箱舟だ」と豪語していた森川夢佑斗(25)は、そう言って笑う。
森川は、仮想通貨ウォレットアプリ「Ginco」を運営するGinco社の社長だ。2017年の価格の高騰には危うさを感じていた。熱狂の中で投資に走った人たちを「光に向かって飛んで行くハエのよう」だった、と振り返る。
コインチェック流出によって、改めて仮想通貨を保管する仕組みである「ウォレット」へ光が当たった。Gincoの場合も「コインチェックの影響かどうかは比較しようがないのでわからないが」、順調にユーザーは増えており、累計アカウント数は12月時点で4万を超えているという。
しかしビジネスの面でいえば、順風満帆とはいかなかった。金融庁の規制の厳格化により、夏頃から「業界全体が前に進まないという停滞感を感じ始めた」と、森川は率直に振り返る。
マーケット濁流のあとに現れた“神”
2019年1月11日、コインチェックは正式な仮想通貨交換業者として金融庁に登録されたと発表した。
撮影:西山里緒
一方、仮想通貨市場に激震を起こしたコインチェックは2019年1月11日、仮想通貨交換業者として金融庁に正式に登録された。
今回さまざまな人に話を聞いた中では、コインチェックに対して怒りの気持ちを抱いている人は誰もいなかった。
仮想通貨/ブロックチェーンメディア「CRYPTO TIMES」を運営するアラタ(30)は、「ドットコムバブルの崩壊の後もこんな感じだったのかな」と振り返り、「技術もコミュニティも進化している。 生き残る体力さえあれば、未来はある」と前を向く。
インタビューの最後、ノアの箱舟の洪水が起きた後の話を知っていますか?と前出の森川は記者に尋ねた。
「約束の地で、神はノアたちと『もう洪水を起こさない』という契約を交わすんです。マーケットの濁流のあとで僕たちの前に現れた“神”は実は金融庁だったのかも……、しれませんね(笑)」
(文、西山里緒)