安倍首相の足元見て揺さぶるプーチン大統領——空回りする首相のレガシー願望

1月に行われた日露首脳会談の様子

1月22日、モスクワで行われた日ロ首脳会談。北方領土返還交渉は一向に進展を見せなかった。

Alexander Nemenov/Pool via REUTERS

安倍晋三首相とプーチン・ロシア大統領による25回目の首脳会談はまた、前進のないまま空振りに終わった。

2018年11月の首脳会談で、日ソ共同宣言を基礎に平和条約締結交渉を進め、歯舞・色丹の二島返還に事実上方針転換してからの初会談。しかし安全保障、歴史、世論のどれひとつとっても、プーチン大統領が領土を引き渡す誘因はない。「領土、領土」と前のめりの安倍氏の足元は見透かされ、揺さぶり続けるロシア側の思惑はなにか。

ロシア人の9割は返還に反対

モスクワで安倍氏と3時間に及ぶ会談を終えたプーチン氏は「骨が折れる作業が今後控えている」と、交渉長期化を示唆した。一方の安倍氏は、6月末のプーチン来日時に大筋合意にこぎつけ歴史に名を刻みたい。その勢いに乗って7月の参院選で3分の2議席を確保し、9条改憲に望みをつなぐ—— 。これが残り3年の任期を切った安倍氏の会談に寄せた「夢」だったに違いない。大統領もそれをよく知り尽くした上で、会談に臨んだはずである。

プーチン発言は交渉長期化にとどまらない。「条約は両国の国民に受け入れられ、世論に支持されるものでなければならない」とも言う。首脳会談を前に「クリール諸島(千島列島のロシア名)はロシア領」と書いたプラカードを掲げ、領土引き渡しに反対する住民デモが首都モスクワや極東のハバロフスクで繰り広げられた。ロシア人の約9割が返還に反対という世論調査結果をみれば、プーチン氏にとって領土での妥協は極めてリスキーである。安易な妥協ができない理由として、ロシア民意を盾にとったのだ。

日米安保を利する懸念

クリイアがロシアに編入したことを伝える看板

「クリミア ロシア」と書かれた看板。クリミアは2014年にウクライナから独立し、ロシアへ編入した。

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日本側からすれば「ロシア民意」は、交渉で値を釣り上げるためのカードのように見えるかもしれない。しかしロシアからすればそうではない。領土引き渡しは、安全保障、歴史・主権、内政という国家の根幹にかかわる重大問題だから、簡単には譲歩できないのである。

第1は安全保障。プーチン氏は「日米安保体制がロシアに及ぼすリスク」を何度も提起してきた。特に島が日本に引き渡された場合、米軍が展開する可能性を警戒している。日本が導入する地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」に対しても「ロシアと中国を標的にしており、アメリカのミサイル防衛(MD)網に組み込まれる」と強い懸念を抱く。

安倍首相はプーチン氏に「返還後の島に米軍基地を置かない」考えを伝えたとされるが、ロシア側の不安は消えない。プーチン大統領は沖縄の米軍基地問題について、日米同盟下で日本が主権を主体的に行使できているのかと疑問を呈している。

クリミア割譲で西側の制裁を受け、シリア問題でも欧米と鋭く対立しているロシア。「引き渡し」がロシアを標的にする日米安保体制を利する結果につながるのを恐れていることは十分理解できるだろう。

大戦の結果承認が出発点

かすかに北方領土が見える海の写真

ロシア側は「第二次大戦の結果を日本は認めるべきだ」と言う立場を崩していない。領土問題で簡単に譲歩できないと言う国内事情も抱えている。

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第2は歴史と主権。1月14日に初めて開かれた外相間の平和条約協議で、ラブロフ外相は「日本は南クリールに対する(北方領土のロシア側呼称)を含め、第二次大戦の結果を完全に認める必要がある」と主張した。ここでもまた「ラブロフ外相は強硬で、プーチン大統領と『役割分担』しているから、プーチンとの首脳交渉で突破口が開ける」と考えるのは、希望的観測というものだろう。

旧ソ連を否定的に発展解消して誕生したロシアだが、第二次大戦で旧ソ連がナチス・ドイツと日本などに勝利した大国であることは今も彼らの誇りである。ソ連が「四島を正当に領有した」という主張は、対日交渉の出発点なのだ。歴史と主権に関する彼らの主張を、値を釣り上げるための単なるカードとみてはならない。

レガシー願望と対中けん制が目的

2018年10月に行われた日中首脳会談の様子

日本側が二島返還に舵を切ったのは、中国に対するけん制との見方も。

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最後に「平和条約」の意味を考えたい。安倍首相は日ロ首脳会談の後にスイスで開かれた「ダボス会議」で、「平和条約が締結されれば、極東の平和と繁栄、安定にとって大きなプラス」と意義を強調した。日ロ関係は決して悪いわけではない。「条約締結が平和と安定にプラス」というのは、論理の飛躍ではないか。

平和条約は戦争状態の終結を公式に確認し、賠償や領土問題を解決するためのものである。しかし、条約が締結されていない現状でも、友好関係が維持されているのなら条約締結を急ぐ理由はあるのか。領土返還を求める世論が、日本で沸騰しているわけでもない。「北方領土」と「改憲」で、歴史に名を刻みたいという安倍首相の個人の「レガシー」願望はあるだろう。

それ以外にあるとすれば、対ロ交渉で安倍首相が秘めてきた「対中けん制」の意図ではないか。長く対日領土交渉に携わってきたゲオルギー・クナーゼ元ロシア外務次官は「日本に平和条約交渉で妥協する用意ができたのは中国ファクターのため」(朝日新聞1月24日)と分析する。彼はその理由を、安倍首相が防衛費をGDPの2%まで増やし、憲法改正すれば中国との緊張激化は避けられないとし、「その時ロシアにはできるだけ中立でいてほしいと考えているのでしょう」とみている。

メディアは、今回の首脳会談を大々的に報じたが、ニュース価値から言えば、「ベタ記事」がふさわしいニュースだった。個人的なレガシー願望を満たすためにメディアを大動員し、予算を浪費するのは、そろそろ終わりにしたい。

岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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