なぜいま北欧ベンチャーに投資か。「シリコンバレーでもう戦えない」日本企業の進むべき道

JIC 役員

民間出身の取締役9人全員が辞任した産業革新投資機構(JIC)。2018年9月、設立会見当時の資料より。

株式会社産業革新投資機構設立記者会見資料より

2018年、日本経済最大の失敗とは何か。この問いへの答えとして、官民ファンド・産業革新投資機構(JIC)の「空中分解」をあげる専門家は少なくない。

とりわけ、同機構の副社長を務めた金子恭規氏と、彼が率いてバイオ・創薬分野への投資を準備していた第1号ファンド「JIC-US」(西海岸ファンド)を失ったことは、日本にとって損失と指摘する声は多い。

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世界のバイオベンチャーの先駆けとして知られる米ジェネンティック社の黎明期を支えたメンバーとしての経歴など、金子氏個人の能力や人脈を活かせなかったことを残念がる属人的な見方もあるが、より現場に近い専門家は、もはや狭すぎる門とも言えるアメリカ西海岸、シリコンバレーでの貴重な投資機会(へのアクセス)を失ったことを重く見ている。

日本には投資すべきベンチャーが十分現れなかった

セコイア・キャピタル グーグル

数千億円規模の資金提供を続ける巨人、セコイア・キャピタル。いまや世界を代表するITの巨人グーグルも、その恩恵を受けた。

出典:Sequoia Capital HPより編集部キャプチャ

日本では、プライベートエクイティ(PE)やベンチャーキャピタル(VC)といった投資ファンドの存在感はけっして大きくない。日本のVCによる投資の成功例と言えば、多くはソーシャルゲーム分野で、アメリカへの進出を果たすメルカリが出てくるまで、世界に展開していく気配すらなかった

東芝が半導体子会社・東芝メモリを売却することになった時も、筆頭株主となったのはアメリカの大手PEであるベイン・キャピタルで、日本のPEやVCには出る幕もなかった。

アメリカに目を向けると、ブラックストーンやセコイア・キャピタル、クライナー・パーキンスのようなPEやVCは、ゴールドマン・サックスのような金融大手より格上と考えられ、一種のエスタブリッシュメント(支配階級)化している。アップルやグーグル、フェイスブック、テスラといった社会に大きな影響力を持つ企業がみなVCから資金提供を受けて成長してきたことを考えれば、それも当然と言えるだろう。

なぜ日本ではPEやVCが成長しなかったのか。なぜJICの金子氏のような人材を活かす基盤が整わなかったのか。ハンズオン(常駐協業)型コンサルティング会社、経営共創基盤の塩野誠取締役は次のように語る。

「日本は淘汰されるべき産業や市場をしっかり整理してこなかったから、(PEやVCが)育成すべきベンチャーが十分生まれなかったのです。例えば、フィンランドではノキアショック(※)を乗り越えようという機運から、数々のベンチャーが現れました。アメリカでもリーマン・ショック後にベンチャーが増え、そこに投資したファンドがその後大きな成果をあげています」

ノキア

2012年6月、従業員1万人のリストラを発表した当時のノキア本社(フィンランド・エスポー)空撮。

REUTERS/Benjamin Suomela/Lehtikuva

(※)ノキアショックとは……1990年代後半から2000年代まで世界最大手の携帯端末メーカーだったノキアは、スマホへの移行に乗り遅れて社員を大量リストラ。2013年にはマイクロソフトの傘下に入った。地元フィンランドでは失業問題が深刻化した。

シリコンバレーはすでに「ヴァーチャルな存在」

nordicVC_taxify

エストニアの首都タリンにあるタクシー配車ベンチャーTaxifyの本社にて、マーカス・ヴィリグCEO。東欧やアフリカで勢力を拡大している。

REUTERS/Ints Kalnins

JICの空中分解によって海外での投資機会を失ったいま、日本のPEやVCにはもうチャンスは巡ってこないのか。また、投資対象として、世界に展開して大きな利益を生み出すベンチャーは日本からは今後も生まれてこないのか。塩野氏はこう指摘する。

「投資するほうもされるほうも、日本で成功して海外へ進出、という発想ではまず無理。エストニアのタクシー配車ベンチャーTaxify(タクシファイ)がいまタンザニアなどで業績を伸ばしていますが、そのエンジニアたちはアフリカに足を踏み入れたこともないと言います。サービスにとって最も適切で可能性のある市場を選ぶのでなければ、どこであれ、成功はおぼつかないのです」

人口約550万人のフィンランドでリナックス、約130万人のエストニアからSkype(スカイプ)、約1000万人のスウェーデンからSpotify(スポティファイ)のようなサービスが生まれ成功を収めたのも、ローンチ当初から狭い自国市場ではなく、世界を見ていたことが大きな理由だろう。

エストニア タリン

中世の面影を色濃く残すエストニアの首都タリンの旧市街。右手は市庁舎。前述のTaxifyや、現在はマイクロソフト傘下のインターネット電話サービス、Skype(スカイプ)もエストニアから生まれた。

REUTERS/Maxim Shemetov

「これまでPEやVCは消費市場として規模の大きな場所に目を向けがちでしたが、最近は小国でも教育水準が高く、知的資本の集積している場所が注目されるようになってきている。新たな知見や技術をどこから取り出すのか、どの都市でそれは生まれるのか。いま世界が見ているのはそこです」(塩野氏)

アメリカ西海岸も不動産価格が高騰して住みにくくなり、シリコンバレーはプレーヤーが必ずしもそのエリアに本拠を置いていないという意味で、ヴァーチャルな存在になってきているという。「最近熱い視線を浴びているのは、ポルトガルの首都リスボン」(ベンチャー関係者)といった情報もあり、次なる成長株ベンチャーはこれまでとはまったく異なる世界を見ているようだ。

地域と大学、スタートアップが融合する北欧

VOLVO

スウェーデンの首都ストックホルム郊外で新モデル「V60 ステーションワゴン」の発表会見を開いたボルボ。中国資本のもとで経営再建が進み、北欧らしいモノづくりの魂は復権を遂げつつあるという。

TT News Agency/Henrik Montgomery/ via REUTERS

こうした状況を受け、塩野氏らの経営共創基盤はこのほど、日本企業が次なる投資機会を狙うべき市場を北欧と定め、国際協力銀行(JBIC)と設立した投資アドバイザリー会社(JBIC IG Patners)を通じ、バルト地域の最有力投資会社であるBaltCap(バルトキャップ、本社エストニア)と共同で新たなVC「JB Nordic Ventures」を設立した。

「シリコンバレーはすでにグーグルやアマゾンのような巨大企業、セコイアのような数千億円規模のプレーヤーの独壇場。日本勢ではソフトバンクグループの孫正義会長兼社長率いるソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)だけが図抜けた存在で、他の企業に入り込む余地はない。転戦先として、知的資本の集積が新たに進み、投資先として割安で、競合相手の少ないフロンティアを探した結果が、日本にとってもなじみの深い北欧でした」(塩野氏)

ボルボ、サーブなどの自動車メーカーをはじめ、モノづくりが根づいた地域であるとともに、アングリーバード(世界的ヒットを記録したフィンランド発のスマホゲーム)が生まれた土地柄でもあり、日本の自動車やゲームといった産業に強いリスペクトがあるため、日本企業とのマッチングの際にも親近感を持たれやすく、投資環境として適切と判断した。

SLUSH

2018年12月、世界最大級の起業家イベント「SLUSH(スラッシュ)」の様子。ノキアのリスト・シラスマ会長が講演中。

Lehtikuva/Heikki Saukkomaa via REUTERS

また、大学とスタートアップの距離の近さも高評価につながった。スウェーデン王立工科大学、フィンランドのヘルシンキ大学、アールト大学の存在感は顕著で、新たな技術が生まれてくる雰囲気が強く感じられるという。

「大学やスタートアップ、地域が一体となった盛り上がりが素晴らしい。フィンランドで2018年12月に開かれた世界最大級の起業家イベント『Slush(スラッシュ)』に参加しましたが、女性が3割以上を占め、ベビーカーを押した来場者も多かった。大学が出展するブースのデザインも圧巻で、衝撃を受けました。日本でテック系のイベントをやるとだいたい男子校風になってしまうのが残念。北欧には学ぶところがこれからたくさんある」(塩野氏)

JB Nordic Venturesは当面、人工知能やIoT、VR/AR、ブロックチェーンなどの領域で、リード投資家として1件あたり50万〜数百万ユーロ、総額1億ユーロのファンドでの投資を検討していくという。すでに2018年12月にホンダ、2019年1月にオムロンが出資を発表している。

(文・川村力)

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