左からビズリーチ創業者の南壮一郎社長、竹内真取締役CPO兼CTO。
撮影:長谷川朗
テレビCMなどで注目を集める会員制転職サイト「BIZREACH」を運営するビズリーチ。創業から10年を経て、従業員は2018年12月時点で1300人以上までに拡大した。HRテックの中でも有数の急成長企業に名を連ねる一社だ。
そのビズリーチが1月29日、採用後の人材管理業務を可視化し、省力化する新サービス「HRMOS Core(ハーモス・コア)」を発表した。これは、ビズリーチにとって、既存の月額課金型の採用管理システム「HRMOS採用管理」をさらに拡大する形であり、また企業内に入り込んでいくという点で新しいビジネスだ。
これまでの歩みと、次の10年に向けビズリーチがHRMOS Coreを提供する狙いについて、南壮一郎社長と、取締役CPO謙CTOの竹内真氏が語る。
過去10年でITが変えた「転職市場」
ビズリーチの事業一覧。会員制転職サイトBIZREACHをコア事業に、テクノロジーでHR領域のさまざまな課題解決を狙った事業を多数展開しているる。
ビズリーチは2009年に30〜50代の即戦力をターゲットとし、企業が人材にアプローチできる会員制転職サイト「BIZREACH」を提供開始した。
企業や採用担当が求める人材を探してアタックする「ダイレクトリクルーティング」はビズリーチがつくった言葉だが、こうした採用手法が「当たり前化」してきた背景には、この10年の雇用環境の変化がある。
この10年の変化を南氏は、IT技術の進展を背景に、いろいろな情報が可視化・効率化され、一方で既存の企業がもつビジネスモデルの賞味期限が加速度的に短くなってきたことが、顕著に若い世代の働き方に影響を与えていると語る。
「(働き方に関して)1つの会社の中での(キャリアという)部分最適ではなく、社会全体の中で“どこの会社で働けば自分が最適に働けるか”という経済合理性、市場原理が働くような社会になってきた。これはこの10年の日本の面白い動きなんじゃないでしょうか」(南氏)
それによって、社会全体が終身雇用に縛られない人材の流動化が進みつつある。これは特に、都市部のオフィスワーカー(ホワイトカラー)で顕著だ。
その背景として、1つの会社に縛られず、キャリアに合わせ転職するのが当たり前の時代には、「究極を言えば、人事業務が経営そのものになる。(これからは)より働きがいがある会社に人はどんどん転職していく。人がいつやめるかわからない。そういう環境の中で経営していかなければならない」と南氏は言う。
人事・採用業務の重要性が増す一方、人事の効率的なIT化があまり進んでいないのも現状だ。いまだにExcelでの情報管理や、さまざまな場所に人事データが点在していて集約されていない、という企業は多い。データは保有していても、新しい価値を生み出すことができない状態なのだ。
そうした企業の課題に対応して、ビズリーチが提供する新サービスが採用後の人事業務を効率化する人事プラットフォームが「HRMOS Core」だ。
HRMOS Coreで狙う人材活用「人事業務は経営そのもの」
新サービス「HRMOS Core」。サービスイン当初は社員名簿、組織図、業務ワークフローなどの機能を提供する。
ビズリーチ
ビズリーチでは、すでに採用に関する履歴書確認や評価といったフローをクラウドで一元化する「HRMOS採用管理」を提供し、セブン銀行やクレディセゾンなどの大手を含め、すでに累計600社以上の企業の基幹サービスで使われるようになっている。
「HRMOS Core」は、HRMOS採用管理を入り口に、採用後の「データドリブンの人材活用」を支援するクラウド型のプラットフォーム(SaaS)だ。
HRMOS Coreの基本的な考え方は、社内の人材活用に必要な「従業員に関するデータ」(契約書や面談メモ、勤怠データ、個人の評価データ、面談のメモなど)を一限管理することで「人事を可視化」し、定型業務の一部を「自動化」すること。この結果、人事の効率化と、データを裏付けとする業務改善に重きを置いている(後述)。
当初の機能をざっくりと説明すると、「まず、従業員のデータを整理し、活用するところまでをHRMOS Coreでできる」(南氏)といったものだ。
ビズリーチ
南氏はインタビューのなかで、何度となく「効率化」という言葉を発した。なぜ効率化にこだわるのか。それは、人事の仕事は、そのほとんどがオペレーション業務、つまり細ぎれの作業の集積になってしまっているからだ。
デロイトトーマツの調査によると、人事の業務割合は、全体の8割がオペレーション(運営)業務になっているという指摘もある。
デロイトトーマツによる人事の業務割合の調査。
ビズリーチ
人事業務を可視化し、自動化できれば、必然的に残り2割の戦略・企画といった、本来の価値を生み出す「意思決定」の時間を最大化できる。
そうした発想の下に開発されたHRMOS Coreは、従来の従業員データベースとは考え方の違いがあるという。主には、以下の3つの要素がある。
- 管理者だけでなく従業員もデータにアクセスして、個人の情報を書き換えることで人事の負担を削減
- API(ソフトウェア機能の共有)を通じて外部のサービスとHRMOS Coreを接続できる。給与や勤怠管理など他のシステムと連携させられるだけではなく、将来的には企業がためた人材データを、外部サービスを使って分析することも可能
- 人事データを一限管理することによる、入退社や移動にまつわる業務の自動化処理
HRMOS Coreで自動化される入退社などの人事業務の一例。いわゆる、名もなき業務が多数あることがわかる。
ビズリーチ
といったものだ。特に3.の自動化は、HRMOS Coreの大きなポイントになりそうだ。
たとえば、退職者の退職当日に各種社内チャットやメール、クラウドサービスのアカウントを個別停止するといった作業は、人事担当に重くのしかかる作業の1つだ。停止漏れが実際に「退職者からの情報漏洩」につながるケースもあると、竹内CTOはいう。
開発2年、将来の構想は「AI人事」か
ビズリーチ
竹内CTOによると、HRMOS Coreは、最初から数百人から千人規模の大組織を(企業)をターゲットにしていたため、開発に約2年と異例とも言える長い開発期間をかけている。ある程度クイックにつくって走りながら改善するリーンスタートアップの手法を使わなかったのは、「(富士山の登山でいえば)山の7合目をいきなり狙ってつくりにいった」(竹内氏)からだ。
また開発手法としてユニークなのは、HRMOS採用管理と同様に、HRMOS Coreも正式サービスの前から自社で使って改善する、シリコンバレー的な「ドッグフーディング」を実践していることだ。
南社長によると、実は先行するHRMOS採用管理はそもそも、4年前500人だったビズリーチが、毎年社員数が150%増で拡大するなかで、「Excelシートで行う採用管理」の課題を改善する目的で、自社のために作ったツールだったという経緯があるという。
今回のHRMOS Coreも同様の側面があり、数年後の自社の規模(2000〜3000人)を想定し、その課題解決のためのクラウド人事ツールとして設計し、自社の人事フローに組み込んでテストをしてきた。規模は違うが、アマゾンが自社のためのサーバープラットフォームをAWSとして商用解放したことに似ている。
ビズリーチでは、すでにこの先の機能拡充のステップも具体化している。そしておそらくは、「この先」の部分がHRMOS Coreとビズリーチの人材活用事業(HRMOS)において大きな意味を持つものになりそうだ。
南氏は次のステップとして2019年春にも「HRMOS Coreのデータにひもづいた、評価管理サービスを春に提供したい」と話す。
ビズリーチ創業者の南氏。新サービスは「将来的に、採用のミスマッチを減らせる」という期待がある。
撮影:長谷川朗
人材の入退社、人物のプロフィール(履歴書)、その評価と経緯のすべてがHRMOS Coreにためていれば、採用した人材がどれだけ企業に貢献しているかも可視化できる。
HRMOS Coreの将来の姿は、まさに人材プラットフォームのHRテックの本丸と呼べそうな機能だ。
南氏は「まだかなり未来志向の話だが」とした上で、次のような世界観を話した。
たとえば、こうしたデータをもとに、「入社前」と「入社後」の評価がどこまで連動しているかを比較し、会員制転職サイトBIZREACHを連携させれば、自社にどういった人材を採用すべきか、あるいは「採用すべきではない」かをレコメンドする仕組みも提供できる。これによって、働き手と採用担当の両方を悩ませる「採用のミスマッチ」を減らせるのではないかという。
さらに興味深いのは、HRMOS Coreに集約された個人の評価のデータ、勤怠のデータ、人物の経歴を分析すると、「ある特定の業種のポストに近い将来空きができるか」も推定できることだ。
「データを分析すれば、確率論的に、この人は半年以内に60%の確率で退職する可能性がある、と(わかってくる)。すると、職種の要件定義に沿って、採用市場からこの人以上に生産的に働ける人材をリストアップし、(採用担当に)半年以内に空く可能性があるポストに、採用プールを作った方がいいのでは?という提案が自動的になされる」(南氏)
といった機能も実現可能だとする。
いわば、先回り採用によって、人材の「採りすぎ」や「不意の退職による戦力減少」を、テクノロジーで最小限に効率化できるというわけだ。
ビズリーチは会員制転職サイトを中核に、HR領域で多事業展開でプラットフォーム化を進めてきた。新たに始める企業内の人材活用プラットフォーム、その先に見えるビジネスが「AI人事」的な方向を目指すのは、当然の流れだが、非常に興味深い。
(聞き手・伊藤有、文・佐野正弘、伊藤有、撮影・長谷川朗)
佐野正弘:福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。