なぜ日本は「統計二流」国家なのか。専門家不在、現場の疲弊…

安倍首相。

通常国会が始まった1月28日、衆議院の本会議に出席した安倍晋三首相(写真右)。野党は毎月勤労統計の不適切調査問題を厳しく追及する構えだ。

REUTERS/Issei Kato

厚生労働省の「毎月勤労統計調査」(以下、毎勤統計)の不適切調査問題をきっかけに、政府の経済統計に対する信頼が揺らいでいる。

毎月勤労統計の不適切調査問題とは:働き手の賃金や労働時間の実態を調べる毎勤統計について、厚労省が長年にわたり、不適切な手法で集計した不正確なデータの公表を継続。その結果、雇用保険の失業給付などで本来より少ない金額が支払われたケースが多数あったことも発覚し、大きな問題となっている。

政府統計のなかでも重要度が高い、毎勤統計を含む56の「基幹統計」についての緊急点検では4割以上で不備が見つかった。

何が問題なのか。旧経済企画庁(現内閣府)に勤務した経験があり、政府の経済財政諮問会議議員も務めた昭和女子大学の八代尚宏特命教授(労働経済学)に聞いた。

自動車大手の品質不正と似た面も

八代尚宏氏。

昭和女子大学の八代尚宏特命教授。

撮影:庄司将晃

一連の問題の発端となった毎勤統計について、八代氏はこう指摘する。

「問題となっている調査手法の変更ですが、サンプル調査自体はごく一般的な手法であり、本来なら全数調査でなくとも何の問題もありません。むしろ公務員が削減されるなか、適切な統計的処理をしたうえでルールを変え、仕事を合理化すれば良かった

そうしなかった理由は現時点でははっきり分かりませんが、自動車や素材などの大手メーカーで相次ぎ発覚した品質検査を巡る不正と似た面があると見ています。『調査方法を変えても大きな問題はない』と現場で判断し、その後も惰性で続けていたのかもしれません」(八代氏)

働き手の賃金や労働時間の実態を調べる毎勤統計で、不適切な調査が始まったのは2004年。従業員500人以上の大規模な事業所は全て調べるルールがあるが、適正な手続きを経ないまま、事業所数の多い東京都は全数の3分の1ほどのサンプル調査に変えた。

しかし、調査手法の変更に伴い必要となるデータの補正をしないという、ごく初歩的なミスを最近まで放置したまま集計を続けたため、賃金が実際より低く算出されていた。

その結果、毎勤の平均給与額の増減に連動して金額が決まる雇用保険や労災保険の給付が、実際より過少になった対象者はのべ2000万人以上、追加給付額と事務費が計800億円ほどにのぼるなど、深刻な実害が生じている。

金額のケタのミスも見抜けず

就活生。

中央官庁でも「新卒一括採用と長期雇用が基本なので、人材の流動性が低く組織の風通しも悪く、非常識なことも起きてしまう」。八代氏はそう指摘する。

撮影:今村拓馬

毎勤統計の不適切調査問題の経緯や原因については明らかになっていない部分も多いが、はっきり言えるのは、厚労省に限らず、政府内で統計がきわめてずさんに扱われているということだ。

基幹統計についての緊急調査では、建設業の受注額や施工状況に関する国土交通省の建設工事統計で、事業者が施工高の金額のケタを間違って記入したのに国交省がミスを見抜けなかったことが判明。2017年度の施工高は15.2兆円から13.6兆円へ大幅な下方修正を迫られた。

エコノミストの注目度が高い財務省の法人企業統計、総務省の全国消費実態統計、国交省の建築着工統計などでも集計・公表の項目に計画との違いが見つかった。

経済の実態を映す鏡である統計データは、政治家や官僚が政策を練ったり、企業がビジネスの方針を検討したりするうえできわめて重要な判断材料だ。鏡に映る姿が実像とかけ離れていれば、的外れな政策や事業計画が打ち出され、結果として実害が出かねない。

省庁の風通しの悪さが「非常識」の温床

日本経済新聞による2019年1月の世論調査では、政府統計を「信用できない」という回答が79%に達した。

「政府内で統計データを分析するプロフェッショナルがあまり評価されないのが問題です。海外主要国の政府では、経済分析の担当部署に関連する博士号や修士号を持った専門家がいるのがふつうですが、日本の官庁ではそうした専門性を持つ人材は少ない。

新卒一括採用と長期雇用が基本なので、人材の流動性が低く組織の風通しも悪く、非常識なことも起きてしまう。中途採用も増やし、民間で仕事をした経験のある専門家が政府に入って働くケースが増えれば、今回の毎勤統計問題のようなことは起きづらいでしょう」(八代氏)

統計改革議論進んでいたのに

総務省。

総務省に第三者機関として設けられた統計委員会が、政府統計の調査手法などの審議を担ってきた。しかし、統計のミスや不正が相次いで明るみに出るなか、第三者評価の仕組みの強化が課題として浮上している。

撮影:今村拓馬

政府統計の信頼性に疑問符がつくのは、今回が初めてではない。

2016年にも、経済産業省の繊維流通統計で、調査への回答数が少なかったため担当者が過去の回答を流用して水増しするといった改ざんが発覚。同じ年、日本銀行の職員が「2014年度の名目国内総生産(GDP)を税務データを活用して独自に試算したところ、内閣府が公表した数字より30兆円多かった」という趣旨の論文を公表し、日銀・内閣府の論争はエコノミストの間で話題を呼んだ。

深刻な財政難を受け、統計関連の予算と人員は減少傾向が続き、現場の疲弊を招いたという指摘も出ていた。

専門家の間で「統計不信」がくすぶるなか、政府は2017年1月、菅義偉官房長官を議長とする統計改革推進会議を設立。統計データを始めとする客観的な証拠(エビデンス)に基づく政策づくりの重要性を指摘したうえで、「より正確な景気判断に役立つ基礎統計の改善」「国・地方の統計機構のメリハリのある体制整備」「人材の確保・育成」といった項目を盛り込んだ「最終とりまとめ」をその年の5月に公表した。

しかし、まだ目立った成果は出ていない。

「公務員定数抑制の現状を踏まえれば、統計関連の予算や人員だけを手厚くするというのは現実的ではありません。目的や調査対象が重複している統計を整理したり、調査実務の民間委託を思い切って広げるといった合理化を進めるべきです。

統計事務が適切になされているかどうかに関する第三者評価の仕組みを大幅に強化することも必要です。アメリカの政府監査院(GAO)のように、不正の有無だけでなく効率性の審査を強める方向で会計検査院の機能を拡大するのも一案です」(八代氏)

年金不信解消のためにも

ミレニアル世代。

若い世代の年金制度に対する不信感は強い。現実的な年金財政の見通しといった「エビデンス」をもとに、制度の将来を議論していくことが必要だ。

撮影:今村拓馬

アメリカやイギリスをはじめとする海外の主要国では、エビデンスに基づいた政策づくり(EBPM=Evidence-Based Policy Making)の取り組みが定着している。

一方、日本では「往々にしてエピソード・ベース(編集部注・たまたま見聞きした事例や限られた経験のみに基づくこと)での政策立案が行われているとの指摘がされてきた」(統計改革推進会議の「最終とりまとめ」より)。

「海外の主要国に比べ、日本ではエビデンスに基づかない政策決定がまだまだ一般的です。しっかりした統計データがあったとしても、それを政治家や官庁の上層部が政策決定において有効に活用しなければ意味がありません。

統計データとは少し違う話になりますが、例えば厚労省による公的年金の財政見通しでは、賃金の上昇率などに比べ、明らかに金利が高めに見積もられています。年金積立金の利回りが高ければ、そのぶん年金財政は改善します。正直に、深刻な見通しをつくって公表することに政治サイドが納得してくれない、という事情もあるのだと推測します。

国民は年金給付の削減を一切認めないというわけではありません。各種の世論調査によれば、国民はすでに社会保障制度に強い不安感を持っています。このままで果たして年金制度は持つのか、と。

政府がこれまでの過ちを認め、より現実的な年金財政の見通しを示したうえで、『支給額をこれだけカットしなければ年金制度は持続できません』といった説明をすれば、国民は受け入れるのではないでしょうか」(八代氏)

国も地方も財政は借金漬け。限られた公費を投じるにあたり、きちんとしたエビデンスに基づき効果が見込める政策を厳選しなければならないはずだ。

きっかけはともあれ、ふだんほとんど注目されない政府統計に対する世論の関心が高まっている今こそ、統計改革を巡る議論を深めるチャンスだ。

(文・庄司将晃)

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