成田空港で働く韓国人スタッフに対し、日本企業が「あるモノ」の所持を禁止した。
元慰安婦の女性たちへの支援活動を行っている韓国ブランド「MARYMOND(マリーモンド)」のエコバッグだ。過去にTWICEのメンバーが同ブランドのTシャツを着用していたことが話題になった。企業は「特定の政治思想を支持していると誤解されないため」と言うが、その命令に合理性はあるのか?そもそもバッグの所持は政治活動なのか?
労働問題に詳しい弁護士に話を聞いた。
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バッグには直接的なメッセージは書かれていない
マリーモンドのトートバッグ。売り上げの一部は元慰安婦の女性や虐待被害に苦しむ子どもたちの支援に使われる。
撮影:竹下郁子
マリーモンドのエコバッグの所持禁止を指示したのは、韓国の格安航空会社(LCC)のチェジュ航空から成田空港での地上業務を請け負っている日本企業FMGだ。
韓国国内ではソウル新聞がスクープし、中央日報がそれを引用するかたちで報じている。
報道によると、FMGのマネージャーから韓国人スタッフら複数名が利用するグループチャットに、
「弊社の制服を着用している時には、MARYMONDブランドのバッグを所持しないで下さい」「弊社は、政治的・宗教的に特定の支持を致しません」
などと書かれたメッセージが送られてきたという。
Business Insider JapanはFMGにこの「禁止令」の意図を取材した。
担当者によると、スタッフに上記の所持禁止の指示をしたのは2019年1月22日。1月に入って、スタッフがマリーモンドのバッグを持っているのを見た社外の人物から「慰安婦支援のブランドではないか」などの指摘があったのがきっかけだったという。社外の人物は成田空港の利用客なのかそれとも関係者なのか、また問い合わせは複数件あったのかなどについては把握していないとのことだった。
スタッフが利用していたバッグには、政治的なスローガンや元慰安婦の女性たちを支援していると分かるような具体的なメッセージが記されていたわけではないという。
争点は「企業の損失」と「円滑な維持」
shutterstock/Niradj
1月30日、共同通信がこの件を報じるとTwitter上には「思想警察、一歩手前」「『トラブルを避けたい』だけの過剰反応」などFMGの判断を疑問視する投稿が多く見られた。中には「ディオール製品を見かけたら『フェミニズム支援のブランドではないか』と苦情を入れるのか。苦情が入ったらディオールの所持を禁止するのか」などの意見も。
FMG担当者は、今回の決定について、こう説明する。
「マリーモンドを批判する意図があるわけではない」
「弊社は特定の政治的な思想を支持していないが、スタッフが商品を使用していることでそうした誤解が生じるのを懸念した」
これに対し、労働問題に詳しい増田崇弁護士はこう指摘する。
「就業中の身なりや政治活動に関しては、使用者(企業)の損失と円滑な維持に関わるようなことであれば、従業員は企業からの指示に従わなければならないというのが基本です」
裏を返せば、企業の運営に支障をきたすようなことでなければ労働者の権利は認められる。
2019年1月、大阪市営地下鉄(現・大阪メトロ)の男性運転士2人がひげを理由に人事評価を下げられたのは憲法の人格権に違反するとして大阪市を訴えた裁判で、大阪地裁が市に慰謝料など計44万円の支払いを命じたことが話題になった。
増田弁護士によると、ひげや茶髪などを理由に戒告処分などを受けた労働者が企業を訴え、その処分が無効になった判例は複数あるという。
また最高裁は、JR東日本の社員が就業中に対立関係にある国鉄労働組合のマーク入りベルトの取り外しを命令されたのは人格権の侵害だとして、JR東に慰謝料の支払いを認めている。
マリーモンドジャパンのホームページ。今回の件をきっかけに買い物をしたという人も。
出典:マリーモンドジャパンHP
「今回のケースではバッグに政治的なスローガンが書かれているわけではないので、企業の運営に支障をきたすとは言い難いのではないでしょうか。もちろんマリーモンドを知っている人が何らかの意図を汲み取ることはあるでしょうが、それを言ったらヒゲでも茶髪でも不快に思いクレームをつける人は一定数います。
従業員の行動を制限してまでそうしたクレームに配慮する必要があるのか、そもそも従業員のそうした身なりや持ち物が企業の損失につながるのかどうか、企業側も慎重に判断した方がいいでしょう」(増田さん)
マリーモンドのエコバッグを持っていたという理由で担当マネージャーから指摘を受けたという韓国人スタッフは、ソウル新聞のインタビューで以下のように答えている(中央日報より)。
「政治スローガンが書かれていたものでもなく、単に慰安婦のおばあさんを後援する会社のカバンだから持つなというのは不合理ではないかと思った」
FMGに今回の指示に対するスタッフの反応を尋ねると、「把握していない」という回答だった。
高まる韓国ヘイトの空気に忖度していいの?
世界遺産の高野山真言宗総本山金剛峯寺の男性僧侶が「韓国人3人寄ればドクズかな」、済生会川口総合病院の医師が「反日野郎は死んでしまえ」「韓国は犬」、ニッカウヰスキーのサービス関連会社営業部長が「日本人全て韓国に対して嫌悪感を感じている」など差別的なツイートをしたとして、それぞれの所属先が公式サイトで謝罪した。すべて1月に入ってからのことだ。
マリーモンドの商品は元慰安婦の女性たちを「花」にたとえているのが特徴で、商品説明には彼女たちの人生が記されている。
撮影:竹下郁子
FMGは今回のきっかけになった「社外からの問い合わせ」の詳細について明かさなかったが、韓国へのヘイトスピーチが公然と行われる空気が強まっていることは明らかだ。
マリーモンドは2018年12月に日本に進出。イベントのために来日した韓国人の女性スタッフが、「男性嫌悪の反日企業と言われますが、それは誤解です。私たちが商品に込めたメッセージは、この世界に生きるすべての人に向けたもの」と繰り返し説明していたのが印象的だった。商品に多く使われるフレーズ「I MARYMOND YOU」は「あなたは今日も尊く美しい」という意味だそうだ。
今の私たちは隣人にとって尊敬される存在だろうか。
(文・竹下郁子)