松竹が主催した外国人向けナイトツアーは、ただのツアーではなかった。
夜の銀座を楽しみながら、目の前で繰り広げられるラブストーリーの目撃者となる ——。
演劇・映画と街歩きをミックスさせた外国人向けナイトツアー「GINZA THEATRICAL NIGHT TOUR」が1月26〜29日、東京・銀座で行われた。
主催したのは、銀座に歌舞伎座や東劇を構える松竹。「松竹なのにこの程度?と思われたくない」(担当者)と本業のノウハウを詰め込んだインバウンドイベントの仕上がりはいかに……。私も外国人に混じって、ツアーに参加した。
1930年代からタイムスリップ
コンビニ、アップルストア……2人にはすべてが新鮮。
ツアーは東劇のシアタールームにて幕を開けた。ガイド役の女性が外国人旅行者たちに、1930年代の銀座の街並みをモノクロの映像で紹介している時、映写機に不具合が起こり、スクリーンから当時の最先端ファッションに身を包んだモボ(モダンボーイ)の銀三郎と、モガ(モダンガール)のペギーが飛び出してくる。
過去から現代にタイムスリップしパニックに陥る2人を放っておくわけにもいかず、ツアーの参加者たちと一緒に街に出ていくという設定だ。
舞台は路上、アドリブだらけ
1930年代から飛び出してきたという設定を生かして、役者は参加者に積極的に絡んでいく。
つまり、このツアーには2つの楽しみ方がある。1つ目は80年前の人の目を通し、現代を見ること。
映画から飛び出てきた2人を撮影していると、ペギーさんが振り向いてカメラに手を伸ばした。
「これ、カメラ?めっちゃ小さくない?」(※台詞はすべて英語)
ディスプレイに映った自分たちの姿を見て、「どーなってるの?」と叫び、「フラッシュもないのにどうして撮れるの」とツアー参加者たちに聞きまくる。スマホを見たときのリアクションは、さらに大きい。
銀三郎さんは自動ドアを珍しがり、自動ドアの前に片っ端から立って開けていく。ペギーさんは横断歩道にびびって、ツアー参加者の腕にしがみつき恐々(おそるおそる)渡る。ガイド役の女性がきっちり銀座の街を案内する一方で、ペギーさんは参加者に絡みまくる(銀三郎さんはシャイな性格なのか、知らない人たちとの交流には後ろ向き)。
路上という舞台では、自動ドアや横断歩道だけでなく、予測不可能なさまざまな“装置”が登場する。大きなラッピングトラックが通りかかったときには、ペギーさんも銀三郎さんも戻ってこないんじゃないかと心配になるほど、トラックを追って遠くまで走っていった。確かに私もあの派手派手しいトラックを最初に見たときには驚いたなあ……。
『ガラスの仮面』(知らない人はすみません)の北島マヤばりに役に入り込んでいる役者たちを前に、参加者たちもいつの間にか登場人物の一人という気分になってくる。
銀座のシンボル、老舗巡り
ツアー参加者は、過去から来た2人の目を通して昔の銀座を知り、現代を再発見する。
もう1つの楽しみは、明治から昭和初期に創業した老舗のお店に案内してもらえる点だ。木村家や和光は多くの人が知っている銀座のシンボルだが、入ったことがない人も少なくないだろう。
ここでも1930年代から飛び出してきた2人が大活躍する。三越や松屋を見て、「この店は知っているわ」と喜んだかと思えば、様相が一変していることに驚がくする。ギンザシックスの前で「松坂屋はどこにいったの?」と狼狽する様子には笑ってしまった。
ツアーのクライマックスは和光ビルの屋上。この貴重さが外国人旅行者に伝わっていますように。
1932年に建てられ、当時の面影を残す奥野ビルで、ガイド役の女性が「昔の部屋はこんな風に小さくて」と話すと、ペギーさんが「これのどこが小さいの。広いでしょ」と口を挟むことで、当時の感覚を知ることもできる。
2時間弱のツアーで、銀三郎さんは過去に戻りたいと焦るのに対し、ペギーさんは信号の渡り方やエレベーターの乗り方などを覚え、現代に適応していく。物語が進行し、クライマックスを迎えるのは時計塔で有名な和光ビルの屋上。参加者は、銀座のバーなどで使えるクーポンをもらって解散となる。
至近距離で見る和光の時計塔に感激
ツアーに参加した迫本社長(左)も、時計塔の前で写真撮影。
外国人に混じって1月28日のツアーに参加した松竹の迫本淳一社長は、「面白かった! これはイケると思いました」と語った。
「木村家、伊東屋といった銀座の誇る有名店、奥野ビルみたいなディープなスポット、再発見が多かったです。そして和光ビルの屋上なんて普通入れる場所じゃないでしょ」(迫本社長)
和光の川井美季マネージャーは「より多くの人に和光を知ってもらいたいという気持ちから、今回は特別に屋上を公開しました」と話した。
私も和光の時計をあれだけ至近距離から見たのはもちろん初めてで、写真を撮って即家族にLINEした。ただ、このレア感が外国人旅行者に伝わるのか、という若干の不安も感じた。ペギーさんが、松屋や松坂屋について一生懸命語るパートなども、外国人より日本人の方が受けるのでは。むしろ日本語で実施してほしい。
実は私、長らくインバウンドの取材に関わっており、ついには2020年の東京オリンピックに向け通訳案内士の国家資格も取ってしまった。旅行に行くと国内・海外を問わず街歩きツアーに(半分同業者目線で)ちょくちょく参加する。
迫本社長には、「今まで参加したツアーで一番面白かったでしょ。そう書いといて」と念を押されれた。もちろん面白かったのだが、それ以上に「松竹が本気出すと、街歩きツアーもこれほどのエンターテインメントコンテンツにできるんだ」と、ただ感心した。
前東京五輪ではナイト・カブキ
役者には語学力と演技力の両方が求められる。多言語化展開に備えて、私も準備しておこうかしら。
今回の銀座ナイトツアーは観光庁のモデル事業として実施され、4日間でアメリカやオーストラリアなど31カ国の約150人が参加した。ナイトエンタテインメント事業PR担当の徳永恵理奈さんは、「松竹として、夜のエンターテイメントにより力を入れたいという思いと、銀座を盛り上げたいという気持ちがあり、観光庁のモデル事業のフレームワークを利用して、インバウンド向けコンテンツをつくってみようということになりました」と説明した。
ツアーの核となる役者は、オーディションで発掘した。
ツアーから戻った迫本社長は、「前回の東京オリンピック以来の本格的なインバウンドイベント。今回は一過性に終わらせない」と話した。
「日本語と英語、ガイド、そして演技の全部ができる人を探すのが大変で、役者を見つけられたことが非常に大きかったです」(徳永さん)というが、舞台が劇場から路上に変わっても、制作面で大きくつまずくことはなかったという。
「銀座を盛り上げたいという気持ちは広く共有されていて、訪問先には快く協力してもらえたし、ラブストーリーにしたことで東劇や歌舞伎座も自然な形で紹介できました。外国人にとって銀座は買い物スポットと捉えられているかもしれませんが、ここでできることはまだまだあると感じました」
松竹は今回のツアーに合わせて「THEATRICAL NIGHT TOUR」を商標登録。耐震改修工事を終えて2018年11月に再開場した京都市の「南座」でも、2019年5月に夜を盛り上げるイベントを計画している。
迫本社長は、「前回の東京オリンピック(1964年)でも、外国人向けにナイト・カブキを上演したのですが、そのときは単発で終わりました。今回は一過性のイベントにすることなく、ナイトエンターテインメントとして銀座以外にも広げ、定着させていきたいですね」と話した。
(文・写真、浦上早苗)