「日本はいまだ敗戦国のまま」戦後、日米地位協定に挑まなかった罪を半藤一利氏が語る

トランプと安倍

戦後一貫して、日本はアメリカとの距離感に苦慮してきた。

沖縄の辺野古新基地建設問題や北方領土問題で揺れる今の日本。この時代を日本はどう生き抜くべきか。

『日本のいちばん長い日』『昭和史』などの著書で知られ、幕末・明治維新からの日本の近現代史に精通する作家の半藤一利氏(88)は、「一つの判断を間違えると必ず危機が起きる。その危機に対処するために、また判断を間違える。昭和史はその繰り返しだった」と警告し、「難局に対処するための処方箋は歴史の中にある」と強調する。

新著『語り継ぐこの国のかたち』では陸奥宗光や石橋湛山、小泉信三など強い信念や勇気を持って、激動の時代に果敢に向き合っていった人々を紹介。

中でも江戸幕府が安政5年(1858年)にアメリカなど5カ国と結んだ「安政の不平等条約」の改正を成し遂げた陸奥宗光の生き様には教えられることが多い。辺野古問題や「現代の不平等条約」とも言える日米地位協定問題が長年解決できずにいる今の日本へのヒントを与えてくれている。

歴史の中に残された現代と未来への手がかりを求めて、半藤氏に話を聞いた。

反官軍の陸奥にあった競争心

半藤一利さん

作家の半藤一利さん。多くの著作を通して、日本人はもっと歴史に学ぶべきだと問いかける。

撮影:今村拓馬

—— 新著『語り継ぐこの国のかたち』では、明治政府の悲願だった「安政の不平等条約改正」を36年経って成し遂げた陸奥宗光について書かれています。西欧列強と結んだ不平等条約を、関税自主権を回復して治外法権を認めない完全な平等条約に改正する。陸奥を突き動かしていたものはいったい何だったのでしょうか。

半藤一利(以下、半藤):陸奥はもともと(幕末・明治維新の)反官軍でした。独断だと言われるかもしれませんが、反官軍の人は、薩長の人よりも国を心から愛するという気持ちがかなり強いです。薩長の人の中には西郷隆盛、木戸幸一、大久保利通など人物がたくさんいますが、「この国は自分たちが作ったんだ」という自負がものすごく強い。大日本帝国を作ったのは我々だと。今でも長州出身の人はかなりそれがあるのではないですか。

官軍の人は政府に入って閥をつくり、着々と出世した。軍人でもそうです。長州や薩摩出身は明治大正の大将とか中将にすごく多いです。

これに対し、反官軍の人はみな苦労した。官僚になれず、みな自力で生きなければならなかった。教師や軍人、医者といった職業で自分の身を立てていくより仕方がなかった。

—— 陸奥宗光には薩長の既得権益に対する怒りや反骨精神があったということでしょうか。

半藤:かなりあったと思いますね。陸奥は、官軍出身の伊藤博文内閣の外務大臣に抜てきされましたが「お前たちの言うことなんかは聞かないぞ」という強い気持ちがあったと思います。

——陸奥は1877年の西南戦争に乗じた土佐(=今の高知県)での挙兵の企て、いわゆる立志社の獄に加担したとして、山形の監獄に長い間入れられました。その獄中で妥協するところは妥協する「政治の論理」を身に付けた。伊藤内閣の下では、不平等条約改正の下準備に抜かりがなかったと本に書かれていますね?

半藤:そこがなかなか偉いところです。官軍出身の外務大臣が何度も何度も条約を改正しようとして、みんな失敗した。反官軍出身の陸奥は競争心を持って、「俺は彼らのような失敗は犯さないよ」と獄中でずっと見ていたのだと思います。そして、大いに勉強もした。

挑まないからアメリカに相手にされない

反安倍デモ

辺野古基地移設を巡っては、沖縄でも東京でも抗議活動が繰り返されてきた。写真は2015年4月、翁長前沖縄県知事と安倍首相との会談にあたっての東京でも抗議活動。

REUTERS/Issei Kato

——現在、日本は沖縄の基地問題、特に辺野古の新基地建設問題で揺れています。歴代政権がずっと解決できずにいるこの問題の根本には、現代の不平等条約とも言える日米地位協定があると思います。安政の不平等条約と日米地位協定は似ていませんか。

半藤:全く同じとは思いませんが、両者とも国家の主権に絡む問題ではあります。権力者が動かす権力には、外的主権と内的主権があります。外政と内政と言い換えても良いでしょう。外政とは外国との対外的な互恵関係において、日本の国益をしっかりと主張すること。内政とは国民の意思を尊重しながら、国家的に意思統一した正しい政策を実施していくということ。

外政で言えば、沖縄の問題は残念ながら、戦争に負けた後に日米安保条約を結ばざるを得なかった。「吉田ドクトリン」とも呼ばれていますが、戦後の日本を再建し、復興させるためにはしょうがなかった。その日米安保条約の中に(日米地位協定の前身となる)日米行政協定が含まれた。

普天間基地

日米地位協定によってもっとも負担を強いられているのは基地が集中する沖縄だ。

REUTERS/Issei Kato

—— 日米地位協定は基地外で米兵らが起こした事件や事故について、日本の裁判権や捜査権が優先的に保障されていないなど不平等そのものです。安政の不平等条約で日本は関税自主権を持たず、外国の治外法権を認めていました。陸奥はこれを36年経って変えることに成功しましたね。

半藤:それまで歴代内閣が何度も改正を試みて失敗していたのです。それに比べ、もう戦後70年余りも経つ間、この地位協定という「不平等条約」は維持されてきました。この間、誰も挑んでいないのです。

—— 河野外務大臣や岩屋防衛大臣も、大臣に就任前までは日米地位協定の改定を唱えていましたが、今は言わなくなっています。

半藤:挑戦すべきなんです。とにかく今までずっとやっていないですよ。やって失敗したとなれば、教訓が残るんです。ところが何もやっていないから、アメリカには相手にもされない。そういう意味では、日本はこの70年間、外交的には全く歴史に学んでいないですね。

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沖縄問題への消極的な国の姿勢が、外国にどう映っているのかを論じる、半藤さん。

——半藤さんは本の中で、陸奥宗光は政府に対する国民世論の不満や敵愾心(てきがいしん)をうまく外に向けて、内政と外政を一挙に解決したという“放れ技”に成功したと書かれていますね。

半藤:そうなんです。内政では、陸奥の案を応援するような形にうまく世論を持っていたんです。

ところが今は変な話ですが、沖縄問題では内政的には選挙で県民の意思を問うたのに、その結果を生かせずに、外政的には何らアメリカと交渉していない。沖縄県民の意思を無視してどんどん海を埋めてしまっている。

これは外国から見れば、内政的な国家の主権を政府はもちろん、国民も全然認めていないのではないか、と映ってしまう。そうすると、日本という国家は沖縄問題について、地位協定の問題もそうですけれども、国民は何も意思統合できていないのではないかと思えてしまう。

——それはやはり日本は敗戦国だから、結局アメリカに追従せざるを得ないとの姿勢が国全体に強いからでしょうか。

地位協定改定していないのは日本だけ

半藤:でも、フィリピンだって成功していますよ。フィリピンも戦後日本から独立し、米軍の駐留を認め、アメリカとの地位協定を結びました。その後、フィリピンはアメリカと交渉を重ね、今は互恵関係にあるじゃないですか。地位協定を戦争直後のままで残してきたのは、いまは日本だけですね。

地位協定の改定がなぜできないのか、私もよく分からない。政府にやる気がないと見るほかない。沖縄が日本に返還されてからもすでに50年近く経つんです。

——1945年夏、日本がポツダム宣言を受諾したのち、アメリカのトルーマン大統領はソ連のスターリン首相に千島列島の1つに米軍基地を設ける提案をしました。スターリンはこれに怒って、次のように回答しました。

「こういった要求は通常、敗戦国か自国の領土のあちこちを自分で守れないため、同盟国にしかるべき基地を提供する用意がある国によって提示されるものである。私はソ連がこういった部類の国家に入るとは考えていない」

日本は今「こういった部類の国家」にあるのでないでしょうか。

地政学的に沖縄がいいとは言えない

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半藤:そうですね。沖縄に関する限りは、日本はいまだ敗戦国のまんまなのですね。

アメリカは沖縄戦のあと、沖縄を基地にして日本本土上陸作戦を考えていましたから、そのために日本軍以上の基地を作ったことは事実です。沖縄が占領されているうちは、アメリカ軍も自由にやっていた。

しかし、日本に返還されてきた瞬間に、「基地問題はどうする?」と指摘する人が日本に一人もいなかった。私も正直言うと、ボーッとしていたと言わざるを得ない。

もう一つ重要なことは、あの冷戦下の対外的な危機状況は北朝鮮ではない。台湾海峡です。アメリカにとって、台湾を中国がおさえることは、中国が太平洋をおさえるのと同じ。これはアメリカは許せない。台湾で戦争が起きたら、日本本土に米軍基地があったら、時間的に間に合わない。そこで地政学的に沖縄だったんですね。

ただ、今は中国にも北朝鮮にもミサイルがあるから、地政学的に沖縄が一番良いとは言えなくなってきている。

——本の中で、半藤さんは陸奥宗光のことを「孤立無援にも耐えうる強い魂の持ち主」と書いております。沖縄問題に立ち向かう、こういう政治家が今、日本にいないのはなぜだと思いますか。

半藤:夏目漱石もそうでしたが、当時の政治家にはこの国を背負うんだ、新しい国を作るんだという自負があったと思います。自分たちがしっかりやらないと、日本は世界に伍した独立国になれない、と。司馬遼太郎さんみたいに明治の時代をめちゃくちゃに褒めるのではありませんが、上に立つ人はそれぐらいの気概があったと思います。

もう一つ言うと、あんまり薩長が威張っていたので、それに負けるものかという物凄い競争心がありました。今は余りにも平等すぎますね。進取の気性がない。

ロシアにも北朝鮮にも足元を見られている

天皇と皇太子

平成が終わろうとする今となっても、日本は敗戦国のまま、と半藤さんは指摘する。

REUTERS/Issei Kato

——戦後の日本は、日米安保があるから、自らの国防のことを真剣に考えてこなかった面があるのではないでしょうか。

半藤:日本の国民はこの70年余りの間、平和ボケとか言われますけれども、国防そのものを本気で考えると、安保条約によってアメリカの核の傘にいるという選択が、戦後日本の国家再建のための最良の方策だったと私は思います。

海洋国家である日本の海岸線はとても長く、攻められやすく守りづらい。海岸線には原発が50基以上もある。地政学的に守ることが非常に難しいのです。

——ただ、その吉田ドクトリンのせいで、国の自尊心や独立心、自立心がなくなってしまったのではないでしょうか。

半藤:元の話に戻ってしまいますが、それで明治の人間とは違ちゃったわけです(笑)。明治の人間は自尊心や独立心を持っていたわけです。日米安保条約などありませんから。彼らはいかにして国力をつけて国を守るか、本気で考えていた。いまは考える日本人がいなくなった。

——米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画をめぐる沖縄の県民投票が2月24日に予定されています。先ほど、国民の意思統合の重要性を指摘されましたが、改めてどう見ていらっしゃいますか。

半藤:辺野古の問題について、今の日本政府が全く沖縄の人々の意思を無視してやっている。これは国際的には誠に良くない。日本政府は駄目なのではないか、内政的主権は無能、と思わせています。

安倍首相とプーチン大統領

北方領土返還を巡って、前のめりになる日本側の足元を見透かすように、ロシア側は揺さぶりをかけている。

Sputnik/Alexei Druzhinin/Kremlin via REUTERS ATTENTION

ロシアのプーチン大統領が北方領土返還問題に関して、盛んに返還後の北方領土にアメリカ軍基地が設置される懸念を示していますね。プーチン大統領は「お前のところは沖縄問題で内政的主権や国民統合が本当に確立できているのか。政府は国民の意思を無視して、ただアメリカの御意のままにやっているだけではないのか」と突いているのです。

「そんな状態で2島返したら、途端にアメリカが喜び、『基地を作る』と言われたら日本は何も言えないのではないか。また、国民の意思を無視して、ガタガタまた始めるのではないか」とプーチン大統領は思っているはずです。安倍首相は不勉強で何もわかっていないのでは、と思われます(笑)。プーチン大統領があのように言っていることを、日本はもう少し真剣に受け止めて考えないとおかしいと思います。

——プーチン大統領は日本の足元を見ていますね。北朝鮮も日本はどうせアメリカに追従するだけだからと判断し、交渉を後回しにしています。日本に向き合ってくれない。

半藤:同じなんです。沖縄の問題を通して、日本はアメリカの言うことを何でもオッケーするに違いないと第三国は思っているわけです。選挙があっても、国民の意思を統合できていない。これだけ沖縄の人々が意思をはっきりと示してきたのにです。政府は統治権を持っているのだから、もう少ししっかりと組み合って欲しいです。

(聞き手・構成、高橋浩祐)

高橋 浩祐:国際ジャーナリスト。英国の軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」東京特派員。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。

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