会社辞めずにベンチャー修業できる“レンタル移籍”——大企業から転身組も

ローンディールの原田さんと大川さん。

ローンディールの創業者で社長の原田未来さん(右)と、2018年12月に最高顧客責任者として正式にメンバーに加わった大川陽介さん。

日本を代表する企業の多くが縦割り主義、ことなかれ主義といった大企業病におかされ、革新的な製品やサービスが生まれにくくなったと言われる。大企業の人材を、即戦力がほしいベンチャーに期限付きで「レンタル移籍」させれば双方にメリットがあるだけでなく、日本に蔓延する閉塞感を打ち破れるのではないか —— 。

そんなアイデアを形にしたのが2015年に設立されたスタートアップ、ローンディール。目指すのは「日本企業の良さをいかした人材の流動化」だ。

政府の「オープンイノベーション大賞」を受賞

原田さん。

「日本企業ならではのやり方で流動化を進めることで、新しいことに挑戦する個人や組織を増やしていけると考えています」と語る原田さん。

レンタル移籍を仲介するローンディールの取り組みは、政府が2019年2月5日に発表した第1回日本オープンイノベーション大賞で選考委員会特別賞を受けた。

イノベーションを巡る国際競争が激化するなか、組織の壁を越えて知識や技術、経営資源を組み合わせる「オープンイノベーション」を広げるため、ロールモデルとなる取り組みを政府が表彰する賞だ。レンタル移籍は、オープンイノベーションを加速し産業の活性化に貢献する、と評価された。

創業者で社長の原田未来さん(41)は、自身も勤め人として転職を経験。外の世界を知ることの大切さを実感すると同時に、一度離れてみたからこそ、前の会社の良いところや「今の自分ならこんなこともできる」といったことが見えてきたという。この気づきが起業につながった。

「日本企業には、長期的な関係のなかで人材を育てる文化があります。『もうそんな時代じゃない』と言われることもありますが、これは時代ではなく価値観の問題です。

人材の流動化と言うと、アメリカなどのように『転職を繰り返しながらキャリアアップしていく』といったイメージがありますが、単に転職という形で流動性を高めても、日本企業の個性や強みを失うことになりかねないのではないか、と思うんです。

海外のやり方をまねるのではなく、日本企業ならではのやり方で流動化を進めることで、新しいことに挑戦する個人や組織を増やしていけると考えています」(原田さん)

「失敗は減点」の大企業、「挑戦しなければ死ぬ」ベンチャー

都心のビル街。

大企業では、新しいことに挑戦して失敗すれば減点につながったり、与えられた仕事と関係ないところで成果を出してもプラスの評価はされなかったりすることも多い。

撮影:今村拓馬

大企業では、新しいことに挑戦して失敗すれば減点につながったり、与えられた仕事と関係ないところで成果を出してもプラスの評価はされなかったりすることも多い。

「ベンチャーは、新しいことを何もしなかったら死んでいくだけ。やってみてうまくいったか、うまくいかなかったかが分かること自体が価値なんです。ゼロからイチを生み出していくのはこういうやり方なんだ、とリアルに語れる人が大企業で増えていくことに意義があると考えています」(原田さん)

大企業からの即戦力人材の受け入れ側には、さまざまな業種のベンチャー200社ほどが登録。これまでにパナソニック、関西電力、大鵬薬品といった大企業16社の計32人が、おおむね半年から1年のレンタル移籍を経験している。

多くの企業にとってオープンイノベーションへの取り組みが経営課題となるなか、ローンディールと似たサービスを展開する人材サービスのエッセンスや、新興国のNPOなどに会社員を派遣し、本業のスキルをいかして働いてもらう「留職」を手がけるクロスフィールズなども相次ぎ登場。マーケットは広がりつつある。

わるだ組とONE JAPAN、大企業でオープンイノベーション

大川さん。

大企業にいながら自ら行動を起こし、わるだ組やONE JAPANといった有志活動によってオープンイノベーションを実践してきた大川さん。

そのローンディールに2018年12月、また一人強力なメンバーが加わった。「最高顧客責任者」に就いた大川陽介さん(38)。大学院を出て就職し、ローンディールに移る直前まで13年余り勤めた富士ゼロックスでの「活躍」はメディアでもたびたび紹介されている。

「会社の愚痴ばかり言ってても仕方ない。仕事も人生も自分たちで楽しくしよう」

そんな思いから2012年、社内で有志組織「秘密結社わるだ組」を結成した。

部署の壁も世代も越えて集まった社員たちが、他社との交流会といったさまざまな活動を会社公認で展開。わるだ組メンバーが中心となり、ほしい商品を一緒に創ろうとする消費者らのコミュニティーを運営するベンチャーと協力し、会議などの場で静かな人に発言を求めたり、意見をころころ変える人にツッコミを入れたりする「コミュニケーションを促進するロボット」も開発して話題を呼んだ。

2016年には、大企業の有志団体が横につながり、オープンイノベーションの促進や企業変革を目指すコミュニティ・ONE JAPANの共同発起人に。50社・1700人規模にまで拡大した大所帯の運営にも携わってきた。ONE JAPANも第1回日本オープンイノベーション大賞で経団連会長賞を受けた。

「かわいい子には旅させよ」より「獅子の子落とし」

ONEJAPANのメンバー。

大企業の有志団体が横につながり、オープンイノベーションの促進や企業変革を目指すコミュニティ・ONE JAPAN。大川さんは共同発起人として設立時からかかわってきた。

撮影:岡田清孝

大企業にいながら自ら行動を起こし、オープンイノベーションを実践してきた大川さん。

システムエンジニアとして入社後、新規事業を含めてさまざまな仕事を経験し、最後は希望していた人事部門に異動。自身の問題意識に沿った人材育成の取り組みを社内で実現していくチャンスを与えられてもいた。

「富士ゼロックスへの感謝は忘れませんし、雇用関係がなくなってもつながりが切れるわけではないと思っています。恩返しもしていきたい」と大川さんは言う。富士ゼロックスの退職者と古巣をつなぐ「アルムナイネットワーク」の立ち上げ準備も進めている。

そこまで愛着のある会社をあえて辞め、「転職せずにベンチャーでの仕事を経験できるレンタル移籍」を手がけるローンディールに移ったのはなぜか?

「僕らが取り組んできた有志活動は、言ってみれば『かわいい子には旅させよ』。志ある人の活動を会社が応援してくれる、というものです。でも、そこに会社の戦略的な強い意志がかみ合わさらないと、やっぱり世の中全体は変わっていかない。そう思うようになりました。

必要なのは『獅子の子落とし』だと。愛ある親(上司)が志ある子(部下)に、戦略的に外の世界での試練を与える。それによって子を強くするとともに、新しい『知』を身につけて戻った子と一緒に群れ(会社)自体を強くしていく。

そんなアプローチを日本全体に広げていく手段として、ローンディールが掲げる『日本的な人材の流動化』がベストであり、一緒にチャレンジしたいと考えたんです」(大川さん)

家族とカニ食べながら「人跡の少ない道」選ぶ決断

街を行き交う勤め人。

大企業からベンチャーへ。今の日本では、転職するなら相当な覚悟が必要だ。

撮影:今村拓馬

ある交流会で原田さんと知り合って意気投合し、2018年春から勤務時間外に無報酬でローンディールの仕事を手伝っていた。それでも「完全移籍」はほぼ1年間、迷い続けた末の決断だったという。

自身の38歳の誕生日だった2018年9月18日、共働きの妻と、当時6歳と2歳の娘の家族4人で近所の店でカニ会席を楽しんでいた席で、ふと腹を決めた。

「30代の最後にチャレンジしてみてもいい?」とその場で転職話を切り出した大川さん。夫が迷い続けていたことを知っていた妻は「自分で選んだのだから」と背中を押してくれた。

決断の決め手になったのは、改めて思い起こしたアメリカの詩人ロバート・フロストの「The Road Not Taken」の一節だという。

「森の中で 道が二つに分かれていた わたしは 人跡の少ない道を選んだ それが すべてを違ったものにしたのだ」

それは創業当時のベンチャー精神を表現するものとして、富士ゼロックス社内で語り継がれてきた「哲学」だった。

もちろん大川さんには、「大企業を辞めてベンチャーへ」という選択肢が絶対的に正しいという考えは全くない。

ローンディールの取り組みがやがて社会に大きなインパクトを与え、「日本的な人材の流動化」が当たり前になれば、自身が経験したような「転職を巡るジレンマ」なんて過去のものになるかもしれない。そう考えている。

(文・写真:庄司将晃)

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