トーキョー・オタク・モード(Tokyo Otaku Mode)の安宅さんとシバタナオキさんの対談後半です。前編をご覧になってない方は前編をこちらからご覧いただけます。
・2000万人のファンページが今のTokyo Otaku Modeに至るまでの過程・世界中2000万人のオタクのための「仮想国家」を作るというビジョン
あえてICOを行わずにコミュニティ用通貨を発行
シバタ:オタクコインはすごく壮大な計画で面白いなと思うんですけど、オタクコインをICO(編集部注:Initial Coin Offering=暗号資産による資金調達)みたいな感じにするんですか?
安宅:ICOは行いません。普通にこのコミュニティに流通させていくということをやっていきたいなと思っていて、いまはポイントの概念に近いかもしれません。
ただ、ポイントの場合は、例えば、Tポイントや楽天ポイントとかありますけど、あれは1社のデータベースで管理されていると思うのですが、ここのブロックチェーンを使うと1社のためというよりは、コミュニティ全体でみんなで持ち寄って支え合うみたいなことができます。
シバタ:ポイントの原資は誰が発行するんですか?
安宅:原資というのはないんですよね。ビットコインと一緒で、そこに本当に利用価値があるかという信用が価値付けになります。
例えば、トーキョー・オタク・モード(Tokyo Otaku Mode)であれば、販売しているオタクグッズが4万点くらいあるので、そのグッズと1枚1円で交換してもいいよみたいなことをやると。他の会社さんも、イベントをやっていたらそのイベントの入場料が2000円で、じゃあ2000枚と交換したら入れるようにしてもいいよとか、そういうふうにみんなが利用価値を認めて、それを使っていくっていうことができると、一定の価値付けができていくかなと思っています。
シバタ:企業が物を出して、それをユーザーが買ってもらうときに価値がつくっていう、そういうイメージですか?
安宅:そうですね。物だけじゃなくて、サービスなども含まれると思っています。あと、企業だけでなくファン同士も。
ただ、この場合だと企業が小売業だとしたら、オタクコインで決済されても、そのオタクコインが円とかドルに変わらないと次の仕入れができないじゃないですか。なので、これはまだ日本では法律やガイドラインが正式に定まっていなので、動いていないのですが。それが定まれば、ビットフライヤーさんやコインチェックさんなどの交換業免許を持っている取引所さんに、そのトークンを上場させるっていうことができて、オタクコインを円やドルに換えることができ、次の仕入れができるようになります。
シバタ:僕もいろいろ仮想通貨周りを見ているほうだと思うんですけど、ICOをしないで新しく仮想通貨を発行するって、あんまり見たことがないんですけど。すごいですね。
安宅:ビットコインはICOをしたわけじゃないので、あれに近いかもしれないですね。
シバタ:確かに。そう言われればそうですね。別にビットコインは何もしていないですよね。
安宅:はい。みんながビットコインを持っていて、ある時ピザ2枚とビットコイン1万枚を交換したのが始まりと言われています。
当時は、ビットコインはそんなに価値が高くなかったので、1万枚とピザ2枚が交換されたみたいなことが自然発生的に起こるとしたら、それが価値になっていきますよね。結局、通貨というのは信用の合計値だと思うので、信用がどんどんたまっていって、みんな確かにこれが一定の価値を持つんじゃないかと思われたら、そこから価値付けが行われていくのではないかと、僕らはそういう方向性で進めています。ICOは必ずしも必要がなくて。むしろ、ICOをやってしまうと信用の前借りをしているような感覚なんです。
シバタ:おっしゃる通りですね。「通貨というのは信用の合計値」というのはいい言葉ですね。
安宅:大きな絵を描いて、こういうことをやりますと言って、事前にこれだけお金をくださいみたいなことをICOはやるので、それはそれで実現させられるのであればいいと思うんですけど。そんなに思い通りに事業やサービスとかって展開しないですよね。
僕らの場合は、信用度に応じた価値がついていくべきかなと思って、一つひとつ時間をかけて着実に信用を積み上げていくのが本質的かなと考えています。もちろん、先にお金があったほうがいろいろと展開が早くなったりもすると思うんですけど、オタクコイン協会としては、パートナー全体でファンや業界に啓蒙していくのが、急がば回れで近道かなと思っているんです。
アニメスタジオインタビュー企画は、各国言語のアニメニュースメディアと連携。
クリエイターに富を還元できる仕組みを
シバタ:ちょっと話変わるんですけど、クリエイターの方に還元したいみたいなお話もあったと思うんですけど、このオタクコインを通じてどういう感じでクリエイターの方に還元されるイメージなんですか?
安宅:いろいろなパターンがあると思うんですけど、やっぱりすごくいろんな方がおっしゃられるのは、「投げ銭」ですよね。
例えば、海外の方が100円単位で日本のアニメーター、クリエイターを支援するって言ったときに、今だったら送金手数料が高くて気軽にはできないと。ただ、投げ銭ってオタクコインじゃなくてもできることなので、もっとファンや業界にダイナミックで良い影響を与えられる形があると思っています。
インターネットで情報の移転が滑らかになった、ブロックチェーンは価値の移転が滑らかになる、という話をしましたが、ブロックチェーンでできる一番ダイナミックなところは、コンテンツやクリエイターのための資金調達だと思うんですね。去年、ICOでいろんな会社とか事業の立ち上がりの資金調達でブロックチェーン使えるよねって盛り上がったと思うんですけど、これって実は、アニメ業界でも同じで。いまのアニメ作品って、一番最初は資金調達から始まるんです。
シバタ:そうですね。お金がないと作れないですからね。
安宅:そうなんですよ。だいたい今、新しく1本アニメ作ろうとしたら、12話で3億円くらいかかります。スタートアップとの比較で考えると、最初に3億円必要というのは割とお金かかるなぁという印象ですよね。
かつ、それが当たるか外れるかでいうと、10本に1本当たればいいよねっていう、かなりハイリスクハイリターンなモデルになっていて、このリスクを分散するために、今だいたい取られている方法が、製作委員会方式です。
1作品に対して10社くらいが持ち寄って3億円投資する。1社3000万円を出し合って1作品作る、ということをやっているんです。そのプレイヤーはだいたい決まっていまして、コンテンツ関連でビジネスをしている国内の大手企業数十社で作品がヒットするまで継続的に繰り返し製作委員会を組成して、作品を作り続けるスキームです。
これは、ボラティリティの高いビジネスのリスクヘッジのためにすごくスマートなやり方なんですけど、ブロックチェーンを使ったら、そもそも日本の会社だけじゃなくて、海外の会社やイベンターもそうですし、ファン一人ひとりからも調達できると思うんです。アニメファンはみんな次のより良い作品を観たいと思っているので、金銭的リターンだけではない想いで投資や応援したいはずです。
北米最大のオタクイベントAnime Expo、入場有料にもかかわらず2018年はのべ35万人を集客。
それこそ、オタク国家には最低でも2000万人いますから一人1000円でも集まったら、200億円のファンドができあがります。そのファンドをもとにみんなの投票で、ファンが望む企画やプロジェクトに出資していくみたいなこともできると思います。
クラウドファンディングも近い思想ですが、VCと同じで先にお金が集まっているモデルもありなんじゃないかと思います。
シバタ:それはかなり壮大で面白いですね。
安宅:はい。今の製作委員会方式っていうのはすごくよくできていると思うんですけど、新しい技術ができたことによって、違うやり方もあるんじゃないかっていうことが提案できたら面白いなって思います。それが、究極的に言うと、クリエイター還元になっていくと思っています。
少し踏み込んだ話をすると、どうしても今のアニメーターやクリエイターっていうのは、製作委員会から請け負う形で仕事をもらっているので、立場的にちょっと弱いんですよね。
製作委員会からスタジオに発注するという流れだけではなく、ファンから集めたお金をスタジオに直接入れて、スタジオから作品を盛り上げてくれる会社に発注するっていう、逆のパターンというのも、業界構造的にトライしてみても面白いんじゃないかと思っています。
シバタ:本当に一番、価値を生み出しているのはスタジオの人たちなわけですから。
安宅:まさにまさに。クリエイターが作品を生み出していますよね。
ピーエーワークスの制作現場。
インターネットは情報の移転、ブロックチェーンは価値の移転を滑らかにする
シバタ:ブロックチェーンの活用の話をいくつか教えていただくことはできますか?
安宅:はい。オタクコインのプロジェクトを進めて行く中で、ブロックチェーンを使うと面白いことができるなというのがいくつか出てきていています。
ひとつは、NFT(Non-Fungible Token)と呼ばれるデジタルデータのユニーク性を担保するものです。デジタルデータって今までコピーし放題だったので、その一つひとつの価値は無料に近づいていく、あるいは価値がないよねって思われていたんですけど、ブロックチェーンがあることで「これが本物」であり、「これがレプリカ」であるという区別ができるようになったんです。
クリプトキティというデジタル上で猫が描かれたカードゲームがあるんですが、この猫ちゃんがデジタルなのに1枚1100万円で売買されたりしています。累計でも25億円取引されたりして。
CryptoKitties | Collect and breed digital cats!
ほかにも今、アートの世界で起こっているのは、モネとかアンディ・ウォーホルの絵の所有権を一万分割にしトークン化してブロックチェーン上に乗せ、みんなで所有するみたいな。Masterworksのような数億円する高額アートをみんなで所有する一口馬主的なサービスなども出てきています。
Masterworks- Learn to Invest in Fine Art
これをアニメの世界に応用すると、アニメのデジタルデータも一つひとつをトークン化して価値をもたせることができるんですね。30年前までは、スタジオジブリがトトロのセル画をアートワークとして、透明なペーパーに描いていましたけど、最近はそれが全部デジタルに変わって、アニメの映画を1本作ると、だいたい数万枚のセル画データのフレームができます。
それは、今は全部コピーし放題だし、マスターデータが下手に流通してしまうと大変なことになるので、眠らせているわけですけど、ブロックチェーンでデジタルでの「本物」を担保しつつ、デジタルデータに価値がつくんだったら、最終的にできあがるアニメのデータ1枚1枚が価値をもつ世界があってもいい。
©️ PRODUCTION REED CO., LTD.
それが、例えば、1枚1万円で売れるとしたら、眠らせていたものが急に価値を持ち出すので、それがファンの手元にあって、コレクションになっていくみたいなことが起こるんじゃないかと思います。
シバタ:確かに。それは面白いですね。
安宅:それをもうちょっと応用していくと、例えば、声優さんの声のデータとかも売れるかもしれないです。声優さんが「おはよう」って言った、彼女の「おはよう」は俺のものだ、みたいなことも。とっても炎上しそうな話ですが(笑)。
シバタ:それをほしい人がいるわけですよね。
安宅:そうです。コレクター的に。真のファンだったら買いたいですよ。あと、VTuberのVRデータも、その世界に一つしかないことが証明されているとしたら、ものすごい価値がつくかもしれません。
ソーシャルゲームでも、カード1枚1枚がデジタルデータだったのが、ブロックチェーンでユニーク性が担保されて、価値を持ちだしている。遊戯王カードみたいにフィジカルなトレーディングカードでもレア度に応じた価値があるので、デジタルでも普通に価値が出そうですよね。
ゲームをやめるときに、そのゲームのカードを売って換金して、他のゲームを始める元手にするというようなことができたりします。日本発のMy Crypto Heroesがその先駆けになっています。
ブロックチェーンゲーム「My Crypto Heroes」。
先ほどのセル画の話で行くと、となりのトトロとかフィジカルなセル画はすでに1枚500万円の値段がついて、アートとしての価格になってます。その価値がデジタルの世界にやってきてもおかしくないと思っています。
シバタ:今の話はすごく面白いなと思っていて、デジタルデータのコピーがされないっていうユニーク性が担保されることで、お金が回るようになって、しかもその流動性が高まるので、どんどん次の新しいところにお金が流れていく可能性があるということですよね?
安宅:そうです。
シバタ:それはすごいですね。
安宅:未来的ですよね。それをさらに、さっきのアニメファンがお金を出し合って、コンテンツファンドを作るっていうところに組み合わせられるんじゃないかと思っています。
出資というより、将来的なデジタルフレームのデジコンの予約権を販売する。最終的にできあがるものは、今はアニメのデジタルデータなんですね。アニメが完成するまでに2、3年かかるんですけど、そのデジタルデータ1枚1枚のフレームを予約販売するとして、1人1万円出してくれれば、100万人いたら100億円のファンドができます。そのフレームは将来資産性も持ったりする。
シバタ:面白いですね。
安宅: 昨年出したオタクコインのアプリで、アニメスタジオさんに応援メッセージを届けようっていう、シンプルな企画をやってみました。
けっこうな数が集まって、今2万件弱のメッセージが届いているんですよ。僕もいろいろウェブサービスやアプリをやってきましたけど、見たことがないくらいの熱量で、オタクコインがインセンティブとして効いているなと思っています。
今まだ価値があるかないかよく分からないオタクコインで人が動いている感じがしています。
シバタ:話をお聞きして思うのが、ICOの人たちってみんな、コインの価値を上げることだけに行くじゃないですか。そうじゃなくて、まず流通させることを念頭に置かれているのが素晴らしいなと、そういう印象です。
安宅:ありがとうございます。2018年、仮想通貨周辺ですごくいろいろな事件があって、僕らが各所に話をしに行くと、マイナスでネガティブなフィードバックをすごくもらうんですね。
言ってみれば、仮想通貨・ブロックチェーンというだけで、信用がマイナスからスタートしているんです。でも、通貨の価値は信用の合計値なんです。一番今大事にしているのは信用を蓄積するためのブランディングや啓蒙活動で、この技術は有用なものですし、いろんな事件があったけど、それを乗り越えていくべき意義あるものであると、ちゃんと伝えていくことを一番大事にしています。
シバタ:すごいですね。あんまりそういう話を仮想通貨界隈の人から聞いたことがないので、逆に新鮮です。
安宅:多分、本業があるからできることかもしれないんですけど。
シバタ:それはそうかもしれないですね。本業が安定して伸びていらっしゃるから、っていうのはあると思うんですけど。
安宅:ありがたいことです。長い目で見ると、価値の移転がすごく滑らかになったときに、そうじゃなかったときと比べると、業界全体とかコミュニティ全体の流れや成長スピードが変わると思うんですよ。
インターネットが情報の移転だけだったのが、今度は価値の移転が滑らかになってしまうので、この技術を導入した、しないで、インターネットよりも大きな差がつくと思います。
さらに言うと、日本のアニメが戦っている場所はコンテンツ産業で、そこで一番巨大なのはディズニーなんですよね。
ディズニーのコンテンツと、ファンの可処分時間の奪い合いをしているので、やっぱりこの業界全体としてどうディズニーと戦っていくかっていう俯瞰した視点で考えていったほうがいいかなと思っています。
その時、僕らはIT寄りなので、業界やコミュニティの方たちにITという武器も使えますよと伝えていきたいです。インターネットに続いて、今、『ブロックチェーンという新しい刀』ができてきたので、それもちゃんと使っていきましょうということをしなやかに伝えられたらいいなって思っています。
シバタ:かっこいいと思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中
決算が読めるようになるノートより転載(2019年2月4日公開の記事)