福島の除染廃棄物にカラス被害、カバー損傷発見にAI+ドローン活用

野馬追 除染廃棄物

2018年5月に福島県浪江町で撮影された除染廃棄物(野馬追をあしらった防護柵の奥)。積み重なる黒い保管容器は「フレキシブルコンテナ」、略して「フレコン」「フレコンバッグ」と呼ばれる。

REUTERS/Toru Hanai

2011年の福島第一原発事故発生後、「除染」と称して地表から取り除かれた土などの廃棄物はその後どうなったのか。現状を正確に把握している方はそう多くないと思う。

端的に言えば、廃棄物は除染の現場や「仮置き場」で一時的に保管されたあと、福島県内に設置が進められている「中間貯蔵施設」に順次移され、30年以内には県外の「最終処分施設」で処理される計画となっている。

ところが実際は、中間貯蔵施設の用地確保が難航していることに加え、道路事情や人手・車両不足などのために仮置き場からの運び出しも遅れている。環境省の最新の発表によると、中間貯蔵施設への搬入完了は2021年度までかかるとされている。

福島 除染廃棄物

除染廃棄物の仮置き場の構造。仮置き場の数や除去した土壌の数量は下の最新資料を参照。

環境省「除染・中間貯蔵施設・汚染廃棄物処理の現状について」より編集部がキャプチャ

東京ドーム5個分の鳥獣被害と経年劣化をチェック

除染 計画

仮置き場等から中間貯蔵施設に運び出された除染廃棄物は、予定総量に対して15.6%にとどまる。仮置き場のうち搬出が完了した箇所も全体の25%止まり。いずれも2019年1月29日時点の数字。

出典:環境省「中間貯蔵施設情報サイト」より編集部キャプチャ

実は、このような保管期間の長期化のために、仮置き場では数年前から思わぬ問題が持ち上がってきている。それは、保管容器(フレキシブルコンテナなど)から除染廃棄物が飛散したり、雨水が浸入して放射性物質が流出したりするのを防ぐためにかけられた、カバーシートの劣化と損傷だ。

当初、仮置き場での一時保管は3年が目安とされていたため、それに応じて紫外線などによる経年劣化はある程度想定されていた。しかし、いまそれ以上に関係者を悩ませているのが、カラスなど鳥獣による被害だ。

南相馬市 仮置き場

2月5日、南相馬市原町区の除染廃棄物仮置き場にて。通気性防水シートがかけられている。経年劣化など損傷がないか、従来はハシゴでシート上に登り、目視を行っていた。

福島第一原発の北側に位置する南相馬市で、2012年から市の委託を受けて除染事業を行っている竹中工務店・竹中土木らの共同企業体(JV)の副所長、鶴岡孝章さんはこう話す。

「シートの損傷箇所を初めて発見したのは本当に偶然でした。仮置き場に限らず、除染にかかわる何もかもが初めての試みなので、カラスが問題を引き起こすなんて想像もしていなかった。だから、南相馬市と対策を話し合った当初は、そもそも鳥獣の接近を防ぐ方策を考えるべきか、損傷した箇所をそのつど補修すべきか、という基本的なところから議論が始まったのです」

これはきわめて難しい問題だ。というのも、竹中JVが除染事業を行う南相馬市の北部(南部は国の管轄)だけでも、仮置き場は36カ所、除染廃棄物を保管する区画(セル)の総面積は24万平方メートル(東京ドーム約5個分)。そのすべてに鳥獣を寄せつけない方策を導入するのは、どう考えても容易ではない。

一方、それほど広い範囲のカバーシートを人手で確認し、なおかつ損傷箇所を発見するのには、膨大な時間と労力がかかる。しかも、シート上面の高さは3〜5メートル。作業員が転落する危険もある。しかし、南相馬市と竹中JVが当初選んだのはこちらの手法で、数カ月に1回、作業員がシートの上に登って目視で数センチ単位の損傷箇所を探すことになった。

2000万画素カメラで除染廃棄物の保管場所を空撮

ドローン 南相馬

エアロセンスの自律飛行型ドローン。バッテリーなしの重量2.6キロ、対角直径は55センチ。下部にはソニー製の2000万画素交換式レンズを備える。

除染廃棄物の中間貯蔵施設への運び出しが滞り、仮置き場での一時保管が長引くにつれ、人手でカバーシートの確認を続ける作業は、先の見通しがたい負担となっていく。そんな時、外部から画期的なアイデアが投げ込まれた。

提案したのは、自律飛行型ドローン「AEROBO(エアロボ)」とクラウド上でのデータ管理・処理サービス「AEROBOクラウド」を展開するエアロセンス。ソニーとロボットベンチャーZMPの合弁会社として知られる。従来、測量などに活用していた技術と知見を用い、除染廃棄物保管区画の高精細な画像をドローンで上空から撮影し、その画像から損傷箇所を発見しようというものだ。

2019年2月5日、南相馬市原町区の除染廃棄物仮置き場にて撮影。エアロセンス社の保護シート点検用ドローン。

竹中JVと南相馬市はこのアイデアを採用。半年ほどのテスト期間を経て、2016年5月から実際の点検に着手した。2月5日に南相馬市内で報道陣向けのデモを披露してくれたエアロセンス技術開発部の額田将範さんは、撮影方法を次のように説明する。

「Googleマップの位置情報にもとづいて、ドローンを飛行させるエリアとウェイポイント(経由点)を事前に入力。あらかじめ設定したルートをなぞり、シート全体を網羅する形で、上空約10メートルからの空撮を行います。2000万画素のソニー製カメラでおよそ3秒に1回、自動シャッターを切り、1区画(平均1500平方メートル)あたり5〜6分かけて得られる100枚程度の画像を、あとでつなぎ合わせて1枚にします」

より高精細な画像を使うほど、損傷箇所を特定する精度が上がりそうだが、

「現状でも1区画あたり600MBほどのデータサイズで、クラウドにアップロードしたり、必要な処理計算を行ったりすることを考えると、これ以上画素数(に伴うデータサイズ)を増やすと、機材も労力もコストフルになってしまいます。ギリギリのバランスですね」(額田さん)

グーグルの機械学習ライブラリを活用し、損傷箇所を予測

ドローン 機械学習

Googleの機械学習用ライブラリ「TensorFlow」を使って実装に至った損傷箇所の検知機能。赤枠で囲まれた部分が損傷の想定される箇所。エアロセンス社のプレゼン資料より。

ただし、時に硬貨ほどのサイズしかない損傷箇所を、つなぎ合わせた空撮画像から発見するのは、容易ではない。モニター上で2000万画素の画像を100枚、スクロールしながらチェックする作業がいかに大変かは、やらなくても想像がつくし、見落としが増えるのも当然だ。

そこで使われたのが、グーグルがオープンソースで公開している機械学習用のライブラリ「TensorFlow(テンソルフロー)」だった。

ドローン点検を1年ほど継続したころ、実際の損傷箇所の画像データが1000枚ほど集まった。エアロセンスクラウドサービス部のプロジェクトマネージャーで、一連の点検システムの開発にあたった菱沼倫彦さんは、開発の経緯をこう説明する。

「損傷箇所の画像の明るさを変更したり、回転させたりして、機械学習させる際の『正解データ』を増やし、一方で1万枚ほどの『不正解データ』を用意。それらをもとに、TensorFlowを使って予測モデルを構築したことで、損傷箇所の候補を自動で一挙に表示できる検知機能を追加でき、目視で空撮画像をチェックしていた時に比べて作業時間が約60%減りました

放射性物質の流出を防ぐという絶対にミスが許されない目的があるため、「疑わしき(箇所)はすべて拾う」(菱沼さん)を基本スタンスとし、不正解(=実際には損傷していない)の可能性がある箇所も一定の範囲で検知されるよう、精度を緩めに調整しているという。また、損傷箇所として候補にあがったものはすべて、作業員が現地で視認点検を行うそうだ。

福島でAI技術の活用法が生まれる理由

竹中土木 エアロセンス

竹中工務店・竹中土木・安藤ハザマ・千代田テクノルJV 副所長の鶴岡孝章さん(左)とエアロセンス技術開発部の額田将範さん。仮置き場のドローン点検が実現した背景には、エアロセンスが蓄積してきたドローン測量に関する技術と知見があった。

ドローンによる点検開始から3年が過ぎようとしているが、現在までに発見され、シール補修に至った損傷は2000カ所以上にものぼる。

テクノロジーを活用するアイデアを実現に結びつけた関係者の努力に頭が下がると同時に、人手不足が深刻化するなかで、防水シートの保守点検だけでもこれだけの労力と費用、技術を投じねばならない原発事故の被害の甚大さを、あらためて思い知らされる。

前出の竹中JV副所長の鶴岡さんはこう語った。

「除染事業が始まってから7年間、社内(竹中土木)での異動もなく南相馬市でこの仕事を続けています。3年で完了という目安はあったものの、我が国がかつて経験したことのない事態ですから、予定通り進むことはそんなに多くない。カラスごときに苦しめられている場合か、という本音もありますが、何年かかっても最後までやり遂げるしかないと思っています」

近年の建築・土木分野に目を向ければ、東京五輪関連の建設工事に人手や機材が集中し、人件費が高止まりを続けている現実がある。そんな、確実な終わりがあって、成果の見えやすい現場がある一方で、東北の山奥で「おそらく市民にはあまり知られていない」(鶴岡さん)安全を守るための保守業務に最先端のテクノロジーを活かそうと、終わりの見えない努力を続ける現場もある。

「必要は発明の母」と言うが、ドローンにせよ機械学習にせよ、近未来を支える真に有効な技術の活用法が、過酷な事故を経験してその後遺症に苦しむ福島から生まれてくるというのは、何とも皮肉な話だ。

ドローン 南相馬

南相馬市でのドローンデモ飛行には、東日本大震災や福島第一原発事故の取材経験のない記者も複数参加。事故が残した爪痕の深さを新たに認識する機会となった。

なお、本取材の情報提供や現地案内はすべてグーグルの協力によるものだ。

東日本大震災の発生直後から被災地の取材を続けてきた記者にとって、あれから8年が過ぎ、人びとの記憶が日々薄れていくなかで、誰もが目を背けがちな原発事故の問題にあえてテクノロジーの視点から光を当てようというスタンスに、同社が「Do the Right Thing(正しいことをしよう)」と表現する企業文化を強烈に感じたことを、未来への希望として記しておきたい。

(文・写真、川村力)

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