2019年4月から「有休義務化」のルールがすべての企業に適用される。きちんとルールを知ったうえで、あなたも堂々と休みを取りませんか?
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年次有給休暇(有休)を社員に年5日は必ず取らせる。できなかった企業には罰金を科すことも——。働き方改革関連法の成立に伴い、2019年4月1日から「有休義務化」のルールがすべての企業に適用される。人手不足に悩む中小・零細企業からは「それでは職場が回らない」といった悲鳴もあがる。
しかし、有休取得は働き手の当然の権利。きちんとルールを知ったうえで、あなたも堂々と休みを取りませんか?
年末年始の全社休業日は有休にカウントされる?
「そもそも有休というものがあることを社員には知らせてなかったんだけど、どうすればいいでしょうか?」
「有休とは別に、年末年始やお盆に全社一斉の『特別休暇』を設けているのですが、これを有休にカウントできませんか?」
「社員に有休を取らせない代わりに買い取ってしまいたいんですけど」
東京都立川市に事務所を構える特定社会保険労務士・森井博子さんは、中小・零細企業の経営者から有休義務化に関するこんな相談をひんぱんに受ける。
以前は東京労働局で労働基準監督署長などを務め、『労基署がやってきた!』といった著書もある森井さん。新ルールを経営者らに説明する講演会の場や、公益団体による無料電話相談といった機会に相談を受けることが多い。
特定社会保険労務士の森井博子さん。
撮影:庄司将晃
義務化がスタートする4月は目前だが、「まだまだ制度の理解は進んでいないのが現状です。完全にアウトな事例について、可能かどうかを聞いてくる中小・零細の経営者の方も少なくありません。正直、新しいルールが本当に守られるかどうか心配しています」(森井さん)。
冒頭に紹介した3人の経営者の話の内容も、すべて「アウト」だ。
社員が申請しなければ、会社が有休取得「お願い」が義務に
長時間労働などが原因でうつ病といった精神疾患にかかり、労災認定を受ける人は増加傾向だ(写真と本文は関係ありません)。
撮影:今村拓馬
大学で労働法を学んだ人などは別として、そもそも有休の制度なんてきちんと知らないのがふつうだ。会社員でもバイト学生でも、雇われて働いている人ならこの機会に知っておいて損はない。
有休のルールは労働基準法できっちり定められている。会社が働き手にとって不利なルールを勝手に設けることはできない。
同じ会社に6カ月以上続けて勤務し、全労働日の8割以上出勤すると、年10日間の有休を取る権利を得る。その後、勤続年数が増えるにつれて有休の日数も増えていく。パートやアルバイトの場合、所定労働時間・日数の短さに応じて割り引かれた日数の有休の権利を得る。休みたい日を会社に申請すれば、希望する日に有休を取れる。
これが原則だ。例外として、会社にとってどうしても都合が悪い時期に申請があった場合、社員に有休の取得時期をずらしてもらうことはできる。もちろん「いつまでも取らせない」といった対応は今でも違法だ。
しかし、厚生労働省の調査によると、日本の有休取得率は長らく50%前後。2019年4月からの有休義務化によって、何が変わるのか。
「年10日以上の有休が与えられている社員について、うち5日は必ず取らせるよう会社に義務付ける」
というのが新ルールの肝だ。
これまでは社員の方から申請してこなければ、会社側は無理に有休を取らせる必要はなかった。しかし4月以降、社員が年5日以上の有休取得を申請してこなかったら、会社の方から「この日に有休を取ってください」とお願いしなければならない。その場合でも、いつ有休を取ってもらうかについては「社員の意見を聴いて尊重しなければならない」とされている。
中小企業の4社に1社は新ルール「知らない」
人手不足が深刻化するなか、中小・零細企業では1人でも休むと仕事が回りづらくなる、といった状況も珍しくない(写真は本文と関係ありません)。
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「みんな忙しいのに自分だけ休みたいなんて言い出しにくいな……」
そんなふうに気兼ねして有休が取りづらい、という人も多いだろう。
厚生労働省の2018年の就労条件総合調査によると、パートを除く無期雇用の社員(ほぼ「正社員」にあたる)は平均で18.2日の有休の権利を得ながら、実際に取得したのはその51.1%にあたる9.3日。有休日数と取得率は企業規模が小さいほど低くなる傾向があり、「30~99人」では有休17.5日のうち、実際に取得したのは44.3%にあたる7.7日にとどまる。
「今はただでさえ人手不足。小さな会社の場合、誰か1人休んだだけで仕事が回りづらくなる、といった状況は珍しくありません。社員が有休を取ることが前提になっていない職場も多いのです」(森井さん)
日本商工会議所が2019年1月にまとめた全国の中小企業2881社を対象とする調査では、有休義務化について「対応済み」「対応のめどがついている」という趣旨の回答をした企業は44%。そもそも法改正の内容を「知らない」と答えた企業は24.3%にのぼる。
一般にある社員が「その日、実際に休んだかどうか」について、会社が労基署にウソをつき通すことは極めて難しいと言われる。当日のアリバイやパソコンのログイン状況などを徹底的に調べられたら、ほぼ間違いなくどこかでぼろが出るからだ。
義務化がスタートした後、もし「違法状態」が放置されれば、それは「社員は本来取れる有休を取れていないし、労基署にバレて会社はペナルティを課せられる恐れがある」ことを意味する。
誰にとってもハッピーではないそのような事態を避ける現実的な方法はあるのだろうか?
中小・零細でも導入しやすい「計画年休制度」
電通の女性新入社員の過労自殺が明るみに出て世論が盛り上がり、残業時間の上限規制なども含む「働き方改革」の前進につながったことは記憶に新しい。
REUTERS/Issei Kato
森井さんが中小・零細企業の経営者らに薦めるのが「計画年休」の導入だ。
労基法の規定では、働き手の過半数が支持する代表者や、過半数が加入する労働組合と会社側が協定を結べば、社員の有休のうち「5日を超える部分」については有休取得日をあらかじめ決められる。この規定に基づき、「事業所全体」や「班ごと」といった単位で一斉に有休を取る日を決めておくのが計画年休制度だ。
これなら有休10日以上の権利がある社員の場合、うち5日は自動的に消化されることになるので、有休義務化に伴う最低限のハードルはクリアできる。1人休むだけで業務に大きな影響が出たり、人事担当者が少なく一人ひとりの社員と個別に有休取得時期を調整する余裕がなかったりする中小・零細企業でも、忙しい時期を外してまとめてみんなに休みを設定できるので導入しやすい。
社員としても気兼ねなく休めるメリットがある。本来は好きな時に取れるのが有休だが、「現状を踏まえれば初めの一歩としては悪くない」と思える職場で働いている人も少なくないだろう。
「人手不足が深刻化するなか、企業規模にかかわらず、メンタルヘルスに問題を抱える人が増えています。義務化されるのはたったの年5日。せめてそのくらいのルールはきちんと守ってほしい。それをしない企業は、結局は生き残れなくなると思います」(森井さん)
電通の女性新入社員の過労自殺が明るみに出て世論が盛り上がり、残業時間の上限規制なども含む「働き方改革」の前進につながったことは記憶に新しい。しかし、その後も同じような悲劇は後を絶たない。
頑張って働いたらしっかり休む。これはすべての働く人にとって当然の権利だ。
さて、あなたが勤めている会社は有休義務化にどう対応するのだろうか。この記事を読んだら、上司や人事担当者、経営者に尋ねてみては?
(文・庄司将晃)