大企業が残業削減をしたしわ寄せが、下請け企業に起きている。これが働き方改革といえるのか(写真はイメージです)。
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中小企業庁が2019年2月に公表したアンケートで、中小企業の6割以上が「納期の短縮」を求められ、7割が「繁忙期が発生している」と回答し、長時間労働につながっている実態が明らかになった。「取引先の大企業が残業を減らすため、納期が厳しくなった」「取引先が時短対応のため丸投げが増え、工程の遅れを下請けが取り戻している」といった声があがっている。
この事態の背景には何があり、どう手を打つべきか。労働法の専門家、神戸大学大学院法学研究科の大内伸哉教授に聞いた。
労働者より消費者の利益が優先されている
「労働問題は企業と労働者の対立項で見ることができます。企業はサービスや製品のクオリティを上げ、競争を勝ち抜きたい。でも、企業がそれを追求しすぎると労働者の利益は損なわれる。さらに、日本では労働者の利益より消費者の利益が優先されるという特徴もある」
大内氏は、下請け企業に働き方改革のしわよせがいく背景として、そもそもの企業と労働者の関係に加え、日本社会の慣行を指摘する。
その上で、大内氏はこう付け加える
「ただしここで忘れてはならないことは、私たちの誰もが、職場では労働者であり、生活の場では消費者という2つの顔を持っていることです」
労働者が消費者の立場で、よりよいサービス、よりよい商品を求める。それが巡りめぐって、労働者でもある自分たちに過酷な労働を強いることにつながるという皮肉な構図を生んでいるのだ。
ただ、時代の流れを踏まえ、大内氏はこう示す。
「最近は若い世代を中心に、生活のクオリティを重視する風潮が高まりつつあります。自分たちの生活を犠牲にしてまで働く必要があるのか、便利さをそこまで追求する必要はあるのか、と。
今は価値観が大きく変化する過渡期です。現状ではまだ消費者の利益が重視されることが多いでしょうが、 徐々に新たな価値観が上回っていくのではないでしょうか」
法律だけでは限界、大企業を変えるものとは
下請けや働き手に無理な要求をするような企業は、果たして持続可能な企業か(写真はイメージです)。
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とはいえ、目の前で起きている「下請けいじめ」を看過するわけにはいかない。解消する手立てはあるのか。
まず、法律的なアプローチが挙げられる。
働き方改革関連法の施行に伴い、4月に改正される『労働時間等の設定の改善に関する特別措置法』には、『著しく短い期限の設定及び発注の内容の頻繁な変更を行わないよう配慮に努めなければならない』という趣旨の文言が入る。
「中小企業などでは取引先との関係で、長時間労働を余儀なくされることもある。この改正は、そうしたことが起こらないよう、発注側の企業も配慮すべきという意図で加えられたものです。
また、独占禁止法には『優越的地位の濫用』といって、『取引上で優位に立つ側が、相手方に不当に不利益を与える』ことを禁止する規定があります。また、同じ目的で下請法という法律もあります」
ただし、これらの法律が常に適用されるわけではない。
神戸大学大学院法学研究科の大内伸哉教授。労働法の第一人者として、政府会議などにも参画してきた。
神戸大学ホームページより
「法律で大企業の行動を規制するだけでは、問題の改善にはつながりにくい。大企業は消費者に目を向けて良い製品を作ったりサービスを提供したりするものだし、中小企業もできるだけ注文を受けなければやっていけない。このメカニズムがあるかぎり、状況は変わらないのです」
とはいえ、手をこまねいているだけでは変わらない。
「企業は、自分たちの利益になると思えば変わるはずです。つまり、下請けに無理な要求をするような企業は、今はよくてもいずれ破綻するかもしれない。となると投資に値しない企業だ。あるいは、そんな企業の商品は買いたくない。
このように株主や消費者が考えていけば、企業の意識も変わっていくはずです。これが最も効果的かつ抜本的な方法です」
タテ社会で繰り返されてきたループ
長年に渡り、同じ大企業から安定的な受注を確保するのと引き換えに、中小企業が失っているものとは(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
“タテ社会”という日本の特殊な社会的背景も、中小企業へのしわ寄せに大きな影響を与えている。
「日本社会は序列を重んじる社会です。大企業と中小企業との間にも上下関係がある。そんな中、ただでさえ弱い立場の中小企業が特定の企業と専属的かつ継続的に契約関係を結ぶのにはリスクがある」
上下関係の働く中で、安定受注と引き換えに差し出すものは大きい。
「中小企業は安定した注文をもらえて安泰だと考える。半面、隷属的関係に甘んじる。大企業側はそんな状況に乗じて、厳しい納期を設定したり、丸投げしたりして容赦がない。にもかかわらず、中小企業は無理を押して納期を守る。このループが繰り返されてきました」
サービスの語源はラテン語の奴隷だ。大内氏は「大企業の下請けをしている中小企業の従業員や、日本企業の正社員の働き方は、奴隷契約的な面がある」と指摘する。
安定と引き換えに、無理な発注(あるいはタスク)を受け入れたり、隷属的な働き方を選んだりするという、いわば納得ずくの「奴隷契約」が続けられてきたといえるかもしれない。
「安定はしていますが、そこに安住していると危険です。いつまで相手は安定を保証してくれるかわからないからです。特に中小企業側が、取引先の企業の仕様のみに対応する技術しか持っていない、“ロックイン”状態は避けるべきです」
こうした構図は、中小企業の働き方から自由度を奪っていく。ではどうすべきか。
「中小企業自らがスキルを高め、ICTを使うなどして効率化を進め、複数の取引先を開拓する。そのようにして、中小企業自らが無謀な条件で受注しなくてよいような状況を作ることこそが、状況の改善へもっとも近道なのです」
これは実は企業の正社員も同じ構造だ。大内氏は警鐘を鳴らす。
「一つの会社と専属かつ長期契約を結び、その企業内でのみ評価されるスキルしかないという人が多い。これだと本当の意味で企業の奴隷になってしまう」
現代社会で避けられない3つの流れとは
目前の働き方改革の流れよりも、もっと大きな構造変化が、実態と時代を変えるかもしれない。
撮影:今村拓馬
法的アプローチが決定打にならず、タテ社会の意識がしみついているのが日本の現状だが、大内氏は不可避な3つの流れによってタテ社会そのものに構造変化が起き始めていると言う。
1.若い世代の意識変化
消費者の利益と労働者の利益について、生まれた時から豊かな若い世代は、後者を優先する人が多い。
2.テクノロジーの導入
ICTの発達に伴い、ホワイトカラーは大量失業し、フリーで働く人が増えていく。大企業や正社員という存在すらもなくなっていく可能性が高い。
3.人口減少
日本の労働力人口が減っていく中で外国人人材を入れようとしているが、優秀な外国人が日本に止まらない「ジャパンパッシング」が起きている。グローバルに人材を確保しようとすれば、よりオープンな組織構造に変わっていかざるを得ない。
日本社会の構造が変化していけば、今起きている大企業vs.中小企業の問題や、正社員と非正社員の格差はやがて自然と解消するだろうと、大内氏はみる。
そして変わりゆく社会で、中小企業においても、個人においても、忘れてはならない点があると投げかける。
「日本社会は大きく変わっていくフェーズにある。仕事におけるさまざまな局面で、主体性を発揮することこそが、幸福に働くポイントとなるでしょう」
(文・宮本由貴子、取材/編集・滝川麻衣子)
大内伸哉:神戸大学大学院法学研究科教授。神戸市生まれ。東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。労働法が専門。現在は、技術革新と労働法政策が中心的な研究テーマであり、具体的には、AIの活用・デジタライゼーションのもたらす雇用への影響やテレワーク・フリーランスのような新たな働き方の広がりにともなう政策課題を研究している。最新刊は『会社員が消える 働き方の未来図』(文春新書、2月20日発売予定)。
インタビューにご登場頂いた、神戸大大学院法学研究科教授の大内伸哉氏もオンライン中継にてセッション参加する、一般社団法人at Will Work主催の働き方を考えるカンファレンス2019「働くをひも解く」が、開催されます。 大内氏は、水野 祐氏(シティライツ法律事務所弁護士)と、石山 アンジュ氏(一般社団法人Public Meets Innovation 代表理事 / 一般社団法人シェアリングエコノミー協会 事務局長)と「労働法をひも解く 」をテーマに対談します。
▼日時:2018年2月20日(水)10:00-20:00(※途中入場途中退室可)
▼場所:東京都 港区虎ノ門 1丁目23番3号 虎ノ門ヒルズフォーラム(虎ノ門ヒルズ森タワー 5F)
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