混迷続くブレグジット問題、落としどころは?Q&Aですっきり論点整理

イギリスのメイ首相とアントニオ・タイヤーニ欧州議会議長

2月7日、欧州議会を訪問したイギリスのメイ首相(左)。イギリスのEU離脱交渉は混迷が続いている。

REUTERS/Yves Herman

イギリスのEU離脱(ブレグジット)交渉は混迷が続いています。離脱についての英国議会における次回審議は2月14日をめどに行われる見通しと言われており、さまざまな報道が交錯しています。

そもそも今がどういう状況で、何が問題で、どういった落としどころが見えているのか。もはや正確にフォローできている向きは少ないでしょう。今回はQ&A形式で、分かりやすく現状整理をしてみたいと思います。

「誰かの思い切った譲歩」がなければ着地点見えず

メイ首相。

窮地に立たされたメイ首相。

REUTERS/Francois Lenoir

Q1:今はどういう状況なのか?

A:メイ首相率いる英政府とEUは、2019年3月29日の正式離脱とその後2年間にわたる移行期間のあり方を規定した離脱協定案(以下、協定案)について、2018年11月25日の緊急EU首脳会議で合意しました。

今、最も問題となっているのは、協定案の付属議定書に盛り込まれたアイルランド国境管理のあり方で、通称「バックストップ」と呼ばれる案の内容です。現在の事態混迷は、このバックストップ案が元凶であり、穏健離脱派、強硬離脱派、ともに賛意を示せないという状況になっています(この案についてはQ2で詳しく解説します)。

とはいえ、バックストップ案もさることながら、元をただせば、メイ首相が自身の政治基盤強化を狙って打って出た2017年6月8日の総選挙で与党・保守党が予想外の大敗を喫し、北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)の閣外協力が必要なまでに与党の勢力が削がれたことが元凶です。

いずれの勢力も多数を握れないまま、譲歩が難しいEU離脱という政治課題が浮上し、「この案しかないと皆が分かっていても最終可決に至ることができない」という何とも厄介な状況になってしまっています。

2018年11月、協定案の合意を表明した際、メイ首相が述べたように、現行案は明らかに「This is the best possible deal, it is the only possible deal」なのですが、数の力学が正しい総合判断を下すことを阻害しているのが現状です。

最後の設問(Q6)でも述べるように、もはや全てのステークホルダーにとって納得のいく着地点を見出すのは不可能であり、誰かが思いきった譲歩をしなければ、たとえ交渉期限を延長してもこの状況が続くと思われます。

焦点の「バックストップ案」とは?

図表1

【図表1】

Q2:バックストップ案とはなにか?

A:バックストップとは、2020年末の移行期間終了時、イギリスとEUの新たな貿易協定が締結されず、移行期間の延長もなかった場合、アイルランドと英領北アイルランドの国境を開けておくために発動される安全策のことです。分かりやすく言い換えれば、「物別れに終わった際、なし崩し的に国境が発生しないための約束」です。

この問題を理解するためには、アイルランド問題の過去と現状を知っておく必要がありますので、まずその点を簡単に説明します。

1998年、イギリスとアイルランドがベルファスト合意に署名し、対立するプロテスタント系とカトリック系双方のテロなどが北アイルランドで相次いだ「血塗られた歴史」に終止符を打ちました。

このベルファスト合意の下では、北アイルランドの地位変更に係る動きは住民の合意が必要となり、また住民はイギリス、アイルランドもしくは双方の国籍を取得できることになっています。「アイルランドもイギリスも(もちろん、イギリスに含まれる北アイルランドも)EU加盟国である」という事実が、この合意を確かなものにしたことは想像に難くありません。

加盟国同士ならば元より関税同盟・単一市場の仲間であるため、通関手続きは不要です。人の往来も同様です。互いにEU加盟国であるからこそ、アイルランドと北アイルランドの国境は「あってないようなもの」であり、地図上にしか存在しない単なる線でした。

しかし、イギリスがEUを離脱すれば北アイルランドも離脱します。離脱すれば、通関手続きは復活します。例えば当然、税関も設置されます。それは物理的障壁(いわゆるハードボーダー)にほかなりません。これがベルファスト合意の危機だと懸念されているわけです。

ハードボーダー復活はイギリスもEUも避けたいという点で共通しています。そこで現行のバックストップ案【図表1】では、移行期間終了となる2020年末時点で、ハードボーダー回避の妙案で合意していない場合、イギリス全体がEUの関税同盟に残ることで現状維持を図るという建て付けになっています。

関税同盟に残るのでイギリスは当然、EU規制を受けることになります。その際、北アイルランドは関税同盟だけではなく単一市場にも残ることになっています。これは「関税同盟だけではハードボーダー回避にならず、北アイルランドを単一市場に組み込み、一定の物品規則の調和を図ることで初めて回避できる」というEUの主張が反映されているからです。

バックストップ案は「移行期間終了時にそうなる」という話ですので、「移行期間を延長する」ならば発動はしません。EUもこの選択肢は否定しておらず、移行期間自体が2020年末を超えて継続される可能性はあります。

しかしながら、移行期間の延長はEU加盟期間の延長であるため、イギリスが第三国と独自に通商交渉する裁量は封印され、しかもEU予算への追加的な拠出も求められるようになります。当然、英議会ではこれに不満を抱く向きもあるわけです。

「名ばかり離脱」に根強い懸念

DUP。

メイ政権に閣外協力する北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)はバックストップ案に反対している。

REUTERS/Clodagh Kilcoyne

Q3:バックストップ案の何が問題なのか?

A:バックストップは文字通り「保険」ですから、イギリス、EUの双方にとって必要なものであり、現状では互いの損得を踏まえた「This is the best possible deal, it is the only possible deal」だと言うのが客観的な評価です。しかし、混沌としたイギリスの政治情勢がこの受け入れを難しくしています。どのような部分が最も問題視されているのでしょうか。

問題は主に2点あります。1つがメイ政権に閣外協力するDUPの反対、もう1つがバックストップのはらむ永続可能性です。

DUPはアイルランド再統一に反対し、イギリスとの統一を志向する政党です。イギリスとの統一感が損なわれる決定には同意できないという基本認識があります。

しかし、バックストップが発動すれば、北アイルランドだけが単一市場に残ることで特別な規制を受けることになります。これにより北アイルランドがそれ以外のイギリス(ウェールズ、スコットランド、イングランド)と分断されるわけです。

規制面でアイルランド島に置き去りにされることで、なし崩し的にアイルランドとの統一が図られるのではないかという危惧が、DUPの現行案への抵抗につながっているのです。下院で10議席を有しているDUPの意向をメイ政権がないがしろにできないという苦しい台所事情が、事態を停滞させているのです。

もう1点が、「イギリスの判断でバックストップを終わらせることができない」という点です。多くの反対票を投じた議員が問題視しているのがこちらです。

【図表1】にも示したように、バックストップはイギリスの独断ではなく両者の共同委員会による判断を仰ぐことになります。バックストップの期限に明記がない中、「EUの判断を仰がねばバックストップから抜けられない」という仕組みを作ったことで、一部の離脱派の政治家は「永続的にEUにつなぎとめられる恐れ」を抱いているのです。こうした「名ばかり離脱(Brexit in name only)」の懸念は強硬離脱派が折に触れて批判してきた論点であり、首肯できる部分はあります。

とはいえ、そもそもEUが「イギリスをなし崩し的に半永久的に残したい」と思っているでしょうか。現状のような中途半端な状況で居残られても困るというのがEUの本音に近いのではないでしょうか。イギリス側の行き過ぎたEU不信が出ているように思います。

英議会の同意得られる現実的な修正案は?

1月29日の英議会。

1月29日の英議会では、「合意なき離脱」の回避とバックストップ案の再検討を要請する修正案が可決された。

Jessica Taylor/Handout via REUTERS

Q4:次、何が起きるのか?

A:1月29日、英議会はメイ首相に対して、「合意なき離脱」の回避とバックストップ案の再検討を要請する修正案を可決しました。Q3で見たように、「現行のバックストップ案が永続する可能性」を穏健・強硬離脱派の双方が警戒しています。平たく言えば、この修正案をもって英議会はメイ政権に「EUと再交渉して、その永続可能性を排除してこい」と要請したわけです。

イギリスが直面する選択肢は(1)合意なき離脱(2)離脱日(3月29日)の延期(3)離脱方針の撤回(≒再国民投票)の3つですから、「英政府は(2)か(3)で行動せよ」という方向で収束したと言えます。

メイ首相はEU側とバックストップのあり方について再交渉を行い、ここで得た成果を元にして、協定案の修正(以下、修正協定案)を議会に諮るとされています。

とはいえ、EUが再交渉に応じる義理は全くないというのが実情です。修正案可決後の1月31日、EU側の首席交渉官であるバルニエ氏は欧州議会での演説で、現行の協定案が「現実的な解決法」だと強調し、再交渉の余地を否定。そもそも「再交渉はしない」が現行の協定案の合意事項の一部なのだから、当然の回答です。

とはいえ、EUも「合意なし離脱」とハードボーダー復活は避けたいという思いは共通しています。極めて渋々ながら、メイ首相が議会で落としどころを作れそうな手助けをしてくれる可能性は多少あるでしょう。

例えば、「付属議定書の内容は変えないが、付則(provisions)で対応する」という観測があります。Q3で見たように、現行のバックストップ案が示唆する永続可能性が不評なわけですから、(1)バックストップをイギリスから打ち切れる条項を盛り込む(2)バックストップに期限を設定するといった2択(もしくはその両方)を付則に盛り込めれば、英議会が可決する可能性が出てきます。

しかし、EU側からすれば、「ハードボーダーを発生させないためのバックストップ」に有効期限や相手側からの打ち切りオプションが付いていたのではバックストップの意味がありません。付則という道を採るにせよ、非常にナローパスであるというのが実情でしょう。

出口が見えない「トリレンマ」

ウェストミンスター宮殿とEUの旗。

EU離脱案を巡り対立する各勢力のいずれかが大きく譲歩しない限り、事態打開は難しい。

REUTERS/Henry Nicholls

Q5:英政府の修正協定案が議会で否決された場合はどうなるのか?

A:仮に延長されても、交渉の勝算が全くないという状況は大して変わりません。とりあえず目先の危機を回避したということに過ぎないでしょう。

延期後の日付についてコンセンサスはありませんが、5月の欧州議会選挙を経て新たな議会が召集される7月2日が限界という説は根強いものがあります。この日付を越えてしまうと「EU加盟国にもかかわらず欧州議会議員がいない国」が出てきてしまうからです。

しかし、たった3か月程度の延長で建設的な議論が進むでしょうか。恐らく2度目の延長は難しいという前提に立てば、延長と同時に再国民投票という説が真実味を帯び始めるでしょう。

Q6:誰もが納得する落としどころはないということか?

図表2

【図表2】

A:ここまで読んでいただいた読者は恐らく「もう、落としどころはないのではないか」と思われたかもしれません。率直に言って、このままではそうでしょう。

現状、各ステークホルダーが譲れない重要な論点を並べると、(1)イギリス一体としての離脱(2)ハードボーダー回避(3)イギリスの単一市場・関税同盟からの離脱(それによる独自の通商政策復活)の3つです。

しかし、これら3つが全て成立することはないというトリレンマが存在します。例えば、北アイルランドのイギリス帰属を確保する限り、ハードボーダー復活か独自の通商政策をあきらめなければなりません。こうしたトリレンマにおいて、とりあえずは(3)をあきらめて場をしのごうとしたのが現行のバックストップ案を含む協定案です(【図表2】のCの組み合わせ)。

誰かが大きく譲歩して、各ステークホルダーの勢力に大きな修正が出てこない限り、事態が打開されることは難しいと思われます。ノーディール(合意なき離脱)だけは避けたいというのが全関係者の共通認識ですが、そのためには、今回の事態を招いたイギリスの政治家の大人の対応を期待したいところです。

そもそも「再交渉はしない」というのが離脱協定案の約束であり、EUに何かを期待するのは筋論として通らないという状況はあまりにも分かりやすいものです。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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