浜崎あゆみ、ダルビッシュ有などが所属するエイベックスグループがQRコード決済に参入する。
2017年12月には新社屋も完成したエイベックス。
撮影:松本幸太朗
QR決済を手がけるのは、同社の子会社エンタメコイン。2019年5〜6月のサービス開始を目指す。店頭での買い物だけでなく、好きなアーティストの動画をスマホで視聴したり、新曲をカラオケで歌ったりすると、ファンの「愛情」がポイントとして貯まる仕組みだ。
同社は音楽だけでなく、スポーツ、ファッションなど「ファン」が存在する分野に、この仕組みを広げていきたいという。
エンタメコインの社長を務める有田雄三さん(38)によれば、GAFAと呼ばれるIT大手4強が、映像や音楽といったエンタテインメントの流通も握る現状で、新たな仕組みづくりを模索する中で浮かんだ構想だという。
エンタメ関係者が「食っていきづらい状況」
エイベックスの100%子会社エンタメコインで社長を務める有田雄三さん。
撮影:小島寛明
有田さんはエイベックスで10年以上、音楽の制作を手がけてきたが、その間、音楽のデジタル化はどんどん進んだ。
例えば音楽の配信は、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンのうち、少なくとも3社がサービスを提供しており、音楽の世界でも流通の多くを、GAFAが握る構図になった。
コンテンツを視聴するユーザーのデータは、プラットフォーム側が握り、独自の「おすすめ」をユーザーに提供するなど、プラットフォーム側の優位はどんどん強まっている。
有田さんは、「CDショップをはじめ、エンタメを取り巻く主要なプレーヤーがどんどん食っていきづらい状況になって、もう、いい作品をつくるだけでは回らない。プラットフォーマーがどんどん強くなる中で、独自の経済圏を作れないか考えるようになった」と話す。
エイベックスは2018年6月に100%子会社エンタメコインを設立。現在は、前払式支払手段の発行者として金融庁への登録を進めている。事前に現金などで支払いを済ませて決済に使う、Suicaや商品券、プリペイドカードなどが前払式支払手段にあたる。
クレジットカードつくれない若いファン
ライブ会場でのグッズ売り上げは数億円規模に達するが、長蛇の列はファンにとっても運営側にとっても解決すべき課題となっている。
Shutterstock.com
決済事業を立ち上げる背景のひとつには、所属アーティストのライブ会場で抱えている課題もある。
スタジアムでのライブは数万人のファンが訪れ、グッズの売り上げも数億円規模に達する。しかし、現金中心の決済では長蛇の列ができ、おつりを間違えるといったミスも出る。一方、所属アーティストのファン層は、自分ではクレジットカードをつくれない未成年も多い。
こうした課題を解決し、ユーザーのデータも収集できる手段として浮上したのがQRコード決済だった。
とはいえ、ライブ会場のキャッシュレス化だけなら、SuicaやPayPayなど既存事業者のサービスを会場に導入すれば済む。同社が目指す、アーティストに対する「愛情の数値化」とはどんなものなのか。
決済サービスとしてのエンタメコインはSuicaなどと同様、事前に日本円をチャージしておき、買い物をするときに、スマホなどで支払いができる。エンタメコインを決済に使うと、「エールの卵」と呼ばれるポイントの一種が貯まる。
ここまでは、既存の事業者と大きな違いはない。ポイントは、ファンがアーティストを応援する行動を数値化する仕組みだ。
狙いは「愛情の数値化」
ファンの買い物と応援を数値化する仕組みのイメージ。
出典:エンタメコイン資料を基に筆者作成
アプリを通じて提示されるアーティストを応援する「ミッション」をこなすと、熱量レベルが上がる。ミッションには、次のようなものがある。
- アーティストの公式ツイッターをフォロー
- アーティストの投稿をシェア
- 配信サービスで曲を聞く
- カラオケでアーティストの曲を歌う
- YouTubeでアーティストのビデオを見る
買い物で貯まった「エールの卵」と、応援行動による「熱量レベル」をかけ合わせ、ユーザーには「エール」とよばれるポイントが付与される。
エンタメコインで同じ金額を買い物をした場合、より多くの応援行動をした人に、より多くのエールが付与される仕組みだ。
このエールが貯まると、イベントへの招待が届いたり、ライブのチケットを優先的に購入できたりといった特典がある。応援行動を数値化する仕組みには、ブロックチェーンを実装する方針だ。
サッカーチームも導入方針
エイベックスはエンタテインメントとテクノロジーを融合させたクラブをオープン。入館から館内決済まで静脈認証を導入する。
提供:エイベックス・エンタテインメント
エンタメコインは「同業他社にも広く使っていただきたい」として、さまざまな企業への導入を進めている。
スポーツチーム、劇団、アニメのキャラクター、ファッションブランドなど、「ファン」がいれば、エンタメコインの仕組みを使える可能性はあるという。
2019年1月には、サッカーJ1リーグのサガン鳥栖がエンタメコイン導入の方針を明らかにしている。
「エイベックスの人間ではあるけれど、エイベックスのためではない。資本参加もしていただいて、みんなで運営していかないと、この仕組みは成立しない」(有田さん)
同業の芸能事務所にも声をかけているが、難しいのは、競合関係にある同業他社が「エンタメ業界」の枠組みで、GAFAへの対抗を迫られている点だ。
エンタメコインの枠組みに複数の芸能事務所が参加した場合、例えばエイベックス所属のAAA(トリプルエー)の熱心なファンは、別の事務所の特定のタレントも好きな傾向がある、といったデータも収集できる。
ただ、エンタメコインだけがファンの購買履歴や応援行動のデータを握る形では、得をするのはエイベックスだけで、同業他社は参加しづらい。
このため、現在はエイベックスの100%子会社だが、他社にも資本参加を呼びかけている。競合他社も納得して参加できる、フェアな仕組みがサービス拡大のカギとなるようだ。
決済は資本力勝負のフェーズ
利用者に100億円を還元するキャンペーンで、一気に勝負に出たPayPay。
出典:PayPay HPより編集部キャプチャ
参入が相次ぐ決済サービスだが、FinTech関連企業関係者の間では、2018年後半以降、「資本力勝負のフェーズに入った」との見方が強まっている。
QRコード決済を展開するPayPay(ヤフーとソフトバンクの合弁会社)は、総額100億円を利用者に還元するキャンペーンを連発し、サービスの普及を加速している。一方、決済事業で先行するそうしたIT企業や通信、鉄道会社などと比較すると、エンタメ関連の企業は規模の小さい企業が多い。
有田さんは「日本はまだまだ現金決済がメインなので、キャッシュレスを進めるのは心理的なハードルが高い。そういう意味では、PayPayがああいう形で行ってくれるのは、非常にポジティブだと思う」と話す。
(文:小島寛明)