就活といえば新卒でも中途でも、1次面接から最終面接へ向かうにつれ、相手の役職が現場やマネジャークラスから経営陣へと、ステップアップしていくのが通例だ。しかし最近、いきなり経営陣が面接をする“社長就活”や“トップ就活”が増えているという。一般的な選考活動とは真逆に、一番最初から社長が出てくる理由とは ——。
興味ある会社の社長と、いきなり飲みに行けるサービス。学生にも企業にもウケる理由とは。
提供:ユナイテッドウィル
「社長、ゴチになります」
ノリのいいキャッチフレーズとともに、“社長自ら学生を口説ける”採用の場として、2018年秋のスタートから急伸しているのが「社長メシ」アプリだ。
アプリの一覧から、学生が「気になる社長メシ」(会いたい社長)を選んで応募。承諾を受ければ、社長と就活生の食事会が開かれる。そこで「双方が合意」すれば、採用となる運びだ。
気になる会社のトップといきなり「飲んだり食べたりしながら、腹を割って話せる」というシチュエーションが学生に人気を呼び、すでに登録学生は1万人以上、参加企業は150社。社長メシは累計500回実施され、5人に1人の学生が、内定を得ているという。とくに広告を打つなどはしていないが、クチコミやSNSで広がった。
「学生時代に起業しているとか、独立志向が強いなど、尖った学生が多いです。企業側は、成長中のベンチャー企業が7〜8割。尖った学生がほしいというニーズと、成長企業で働きたい学生の、マッチングの場になっています」
社長メシ運営のユナイテッドウィルの事業責任者、中西佑雅さんはそう話す。
社長と学生によるCtoCの就活という発想
飲んだり食べたりしながら、ぶっちゃけを聞きたい(写真はイメージです)。
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「既存の就活支援サービスはコストが高く、ベンチャーやスタートアップにとっては存在感を示しにくくメリットが薄い。一方、社長メシなら10分の1くらいのコストで、いい人材が採用できているという反応を企業からもらっています」と、中西さんは手応えを話す。
「既存サービスの不均衡を越えたくて。だったら BtoC ではなく、ビジョンをもった社長と、思いをもった学生を結びつける CtoC のサービスこだわりました」(中西さん)。
社長メシを使えば、学生との最初の接点が、会社のカラーや理念を一番理解している社長になる。「社長が選んだ」という精度の高いスクリーニングを通っていることで、その後の人事担当者による選考もスムーズに行く確率が高くなっているという。
2020年卒就活もすでに活況で、社長メシは東京を中心に月に70回程度開催されている。
就活支援サービスは、利用者が内定をもらえばサービスを“卒業”していく。スマホからも消されてしまうことが予想され、アプリ化しているメリットは一見、薄そうだ。しかし、そこにも狙いがあるという。
「どんなタイプの学生とどんな企業の相性がいいのか、データを蓄積し分析することで、今後はマッチングの精度をあげていきます。新卒以外の採用領域にも拡大していきたい」と中西さんは話す。
中小ベンチャーの採用難の切り札
若年人口の減少で、とくに中小やベンチャー企業の採用は厳しいものになっている。
撮影:今村拓馬
最初から社長や経営陣との接点をつくる採用は近年、ひとつのトレンドとなりつつある。
少子高齢化で若手がそもそも減少し、大手や名の知られた企業でも、新卒採用は苦戦を強いられている。
マイナビの調査によると、直近にあたる2019年卒で、企業の採用充足率(採用目標への達成率)は84.4%。全国すべての地区で8割以上の企業が、採用は「厳しかった」と回答した。
人手不足で各社が採用にしのぎを削る中、知名度の低い中小企業や新進のベンチャー企業の採用はさらに困難。だからこそ、大量選考の大手に対し、いきなり経営コアに触れられる“社長就活”が競争力になるという考えだ。
もっともミスマッチ防ぐ効果
就職・転職支援サイト「アールエイチナビ」は、ベンチャーや中小企業の社長自らが採用に向け自社をアピールする場となるプラットフォーム。
社長インタビューと一緒に掲載された、社長のポーズ写真の下にはハートマーク付きの「会いたいボタン」が表示され、登録学生がクリックすれば、学生側から社長に「会いたい」というオファーが飛ぶ。オファーを出した学生は、自己推薦シートの記入を経て、「いきなり社長面接」から、選考活動が始まる仕組みだ。
会いたい社長に学生からオファーできる。
提供:プレシャスパートナーズ
「中小ベンチャー企業の採用は、社長力が絶対に必要です。各社が採用に力を入れている時に、社長がまず出てこなければ選ばれないし、共感してもらえない」
アールエイチナビを運営するプレシャスパートナーズ社長の高崎誠司さんはそう語る。
そして、学生にとっても大きなポイントが入社後にあるという。
「経営層や社長と話すことが一番、ミスマッチをなくせます。とくにベンチャーは社長のトップダウンで決まることも多い。できるだけ中枢の人と会って、自分の目で見て実感で決めた方が、入社後のギャップは少ないです」(高崎さん)
2016年に立ち上げたアールエイチナビは、もともと、中小企業への採用ブランディングサイトだったのを、2018年秋から新卒採用支援にも拡大した。180社が参加し、SNSやリファラル(知人の紹介)で学生の登録者を増やしている。シーズン後半のサービス導入となった2019年卒でも、別企業の内定を蹴って“いきなり社長”面接経由の内定者が出ているという。
ナビサイトの予算を減らしてでも
転職・就活支援のビズリーチが2015年にスタートした「ニクリーチ」は、登録学生のプロフィールから企業が学生を「スカウト」して、肉料理やランチに誘うユニークさが話題を呼んだ。3万7000人以上の学生が登録しているという。
このニクリーチについても、「優秀な学生の争奪戦となっていて、社長が登壇するイベントやランチ会が増加している。エンジニア採用ではCTO(最高技術責任者)と“ニクリーチ”できるイベントも開いています」と、ビズリーチの担当者は話す。
ニクリーチの登録学生は3万7000人を超えるという。
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「ふだん会えない経営者から直接話を聞くことで、より深くミッションや事業が分かると、学生にも人気」(担当者)といい、厳しい人材争奪戦でも一定の効果を生んでいるようだ。
利用企業からは「これまで会えなかった学生に会えて採用できた」との声が上がり、従来型の就活ナビサイトの予算を減らしてニクリーチに切り替える動きも出てきているという。
カルチャーが合うかの判断はトップに
書類選考を経ていきなりトップ面接という採用プロセスを導入し、離職率1.5%というIT企業、アンドファクトリーで人事担当執行役員を務める梅谷雄紀さんはこう話す。
「(マザーズへの)上場前はとくに知る人ぞ知る会社だったので、採用ではアピールが難しかった。最初から役員や事業責任者らトップが出てくれば、競合より早く、方針や考え方を説明できる。どうすれば(採用市場で)勝てるかを考えた結果です」
同社はトップ面接の段階で1〜2時間はかける。スキル以上に考え方やカルチャーが合うことが入社後のパフォーマンスにつながると考えるからだ。採用において、「(カルチャーが)合う合わないをよく分かっているのは人事ではなくボス」(梅谷さん)。これまで主に中途採用でいきなりトップ面接を採用してきたが、2020年卒からは新卒領域でも同様に進めるつもりだ。
自分の考えはネットには落ちていない
大手就活サービスが開催する合同説明会。ここからトップに会うまでの道のりは当然、長い。
撮影:今村拓馬
プレシャスパートナーズで就活支援を担当する専務の矢野雅さんは、売り手市場が続く近年、「やりたいことがなくて何となく大手志向という学生が多い。今の学生はクチコミやSNSの評判をよく見ていますが、クチコミは他人の意見であって、自分の考えではない」と指摘。これが、入社後に「思っていたのと違う」というミスマッチを生みがちだとみる。いきなりトップ就活には、会社の中枢を自分の目で確かめられるメリットはある。
書類から1次面接、2次面接と徐々に絞られていく、大量選考・大量採用の大手企業の就活だけが、すべてではない。じっくり経営層と向き合える“いきなりトップ就活”も、のぞいてみる価値はありそうだ。
(文・滝川麻衣子)