就活イベント解禁まで残された時間はわずか。採用難を極める中で、企業はどんな一手を打つべきなのだろう。
撮影:今村拓馬
2020年卒業予定者を対象とした採用活動の実質解禁日を3月1日に控え、合同就活イベントに企業が、例年以上に殺到している。選考解禁日と経団連ルールが定める6月1日に内定を出すとすれば、実質的な選考期間はわずか3カ月。それまでになるべく効率良く、多くの学生にアクセスしたいという思惑からだ。
しかし、せっかく設置したブースに学生が集まらず、担当者が手持ち無沙汰の企業も……。 短期決戦で説明会に参加する時間が取りづらい上、SNSや口コミサイトの普及もあって、学生の方はリアルイベントから足が遠のきつつある。にもかかわらずイベント頼みを続ける企業からは、学生集めの妙案が見つからない苦悩がうかがえる。
「ご覧の通りガラガラ」担当者も自嘲
就職情報大手マイナビが2月に都内で開いた「就活準備イベント」では、昨年以上に多くの企業ブースが立ち並び、学生を待ち構えていた。「ぜったい役に立つから、とにかく寄ってみて」と、やや強引に学生をブースへ引き込む採用担当者の姿も。
ブースに呼び寄せるのも一苦労する企業は少なくない。
撮影:今村拓馬
マイナビによると、同イベントの出展企業数は447社と、前年同期に比べて約8割増。一方、学生の来場者は約1割増の1万5665人と、増えてはいるものの企業側ほどの過熱ぶりはない。
大手航空会社や家具小売大手など知名度の高い企業の特設ブースは例年通り、常に学生が人だかりを作った。一方、来場者数がピークを迎えた正午ごろになっても、閑散としたままのブースもそこかしこにある。
「ご覧の通りガラガラですよ。学生に知名度がないので……。就職難と言われた数年前とは様変わりしました」と自嘲気味に話すのは、中堅機械メーカーの採用担当者。「学生も昔ほど積極的に企業を回っている気配は感じられないですね。今は転職市場も成長しているし、就活をゆるく考えているのでは」
また、ある建設関連企業の人事担当者は「ブースに1日100人座ってくれればいい方で、それも採用につなげるのは難しい。(就活イベントに)出ないよりマシ、という程度ですかね」と話した。
合説からの採用「ゼロ」、見切りつけた企業も
もう一つの就職情報大手、リクルートキャリアが2月に開く「業界研究イベント」の件数は、前年同月の2件から41件に急拡大。東京会場の出展企業数も、倍近くに増える予定だ。リクルート就職みらい研究所の増本全所長は、過熱する企業のイベント出展を以下のように分析する。
「就活期間が短期化したことで、3月に入ると企業は一気に、適性検査や面接を始めます。学生は志望企業の選考に対応するのに精いっぱいで、新しい企業を探す時間がなくなってしまう。人手不足で第一志望の内定を得やすくなっていることもあり、学生が就活に割く時間や労力も減っています。このため、企業にとっては2月中に学生に認知してもらうことが、選考に参加してもらえるかどうかのカギを握るのです」
実際にマイナビのイベントでは、学生から「2月に業界を絞り込まないと、3月にどの企業を受ければいいか分からなくなる」(文系、都内私立大3年、21歳)との声も聞かれた。 増本所長は言う。「学生はネット上では、志望企業だけを検索しますよね。でもリアルイベントでは、まったく知らない企業のブースにふらりと立ち寄る、偶然の出会いがある。知名度の低い企業にとっては、大きな価値だと思います」
ブースの参加者の時点で、学生の関心の差が開けてしまっている。
撮影:今村拓馬
ただ、こうしたわずかなチャンスを待つことに、見切りをつけた企業もある。自動車関連の、ある中堅メーカーの採用担当者はこう打ち明ける。
「昨年出展した合同説明会から、採用に至ったケースはゼロでした」 グローバル企業で英語重視だったという特殊性もあるが、今年は海外に留学中の日本人や、日本にいる外国人留学生へと採用をシフトさせたという。
苦戦する「2番手グループ」、企業説明会も学生集まらず
「今採用で苦境に立たされているのは、各業界の『2番手グループ』に属する中堅どころです」と語るのは、学生向け就活サイトなどを運営するワンキャリアの寺口浩大さんだ。
採用難を乗り越えるために企業がすべきこととは?
撮影:今村拓馬
「業界のリーディングカンパニーは、説明会から採用選考という『王道』の採用手法で、優秀な人材を集めることができます。しかし中堅は、数年前そこそこ学生を採れていただけに危機感が薄い。本来は最も知恵を絞るべきなのに、現状認識のアンテナがさびついている」
マイナビの調査では、各企業の説明会に足を運ぶ学生も減少傾向にある。同社の栗田卓也リサーチ&マーケティング部長は「2019年はさらに減る見通し」と話す。
「インターンシップで早いうちに志望業界を絞り込む学生が増えたこともあり、どこの会社も説明会への人集めには苦戦しています」(栗田さん)
また寺口さんは、説明会への参加が減った理由の一つに、ネットで得られる企業情報が豊富になったことを挙げる。
「SNSや口コミサイトの普及で、説明会に行かなくとも分かることが増えました。にもかかわらず多くの企業が依然として、ウェブで得られる情報をリアルの説明会で繰り返す。聞いた学生はがっかりして、参加しなくなってしまうのです」
SNS駆使するIT系ベンチャー、「個人」の魅力で学生つかむ
就活でSNSを駆使する学生は、まだ少数派だ。しかし彼らはハッシュタグを使って、志望企業や大学など、属性の似た学生同士のコミュニティを作っている。
企業から届いたメールをスクリーンショットで撮影し、ライングループで回すことも日常茶飯事。採用担当者が「限られた学生の皆さんに送っているので、この件はご内密に」などといったメールを送れば、一瞬のうちに複数の学生に把握されてしまうわけだ。
学生が就活前にやっていることとは
撮影:今村拓馬
こうした学生をターゲットに、新手の採用を繰り出しているのがIT系べンチャーだ。特に2018年以降、ベンチャーの採用担当者が、実名のTwitterアカウントを作る動きが加速しているという。
彼らは自社の採用情報だけでなく、自己紹介や日常業務に関する個人の思いなどをツイートし、学生の質問にも応じる。
「We(私たち=企業)で語られる公式情報より、I(私=採用担当者個人)で語られる体験の方が、学生にとって魅力的です。バーチャルなOB訪問のようなものです」(寺口さん)
口コミサイトの情報にしても、大手や中堅企業の採用担当者は冷ややかに見る向きが多い。しかし「企業サイトだけでなく、退職者の口コミも必ずチェックする」(文系男子、21歳)という学生も、実際に相当数存在する。
寺口さんは「学生が口コミを判断材料の一つにしているのは、否定できない事実。説明会で企業の実態とかけ離れた話をすると、口コミサイトで違いをさらされ、学生の信頼を失うこともあります」と指摘する。
企業は、進化するバーチャルの情報を超える体験を提供できるのか。それがイベントや合同説明会といった「リアル就活」の成否を左右しそうだ。
(文:有馬知子、撮影:今村拓馬)