15歳白血病経験者から届いた池江璃花子選手への手紙「海の向こうから応援しています」

2月12日にTwitterで自らが白血病であることを告白した競泳女子の池江璃花子選手に対して、続々と応援のメッセージが集まっているが、海の向こうで活躍する15歳のアスリートからもメッセージが届いた。

池江璃花子選手

競泳個人5種目の日本記録保持者で、昨年のアジア大会では6冠を達成した池江璃花子選手。

Kiyoshi Ota/Getty Images

池江選手は白血病という診断を受けた直後に、

(白血病という診断を受けたことに対して) 私自身、未だに信じられず、混乱している状況です。 ですが、しっかり治療をすれば完治する病気でもあります。

と病気を公表、複雑な心境ながらも、病気に立ち向かおうとする気持ちを率直に伝えた。

さらに病気を公表した翌日に更新したTwitterには、こう綴っている。

神様は乗り越えられない試練は与えない、自分に乗り越えられない壁はないと思っています。

白血病を乗り越えスポーツ三昧の日々

多くの人が彼女が発する言葉に心を動かされ、応援の輪が広がっているが、米カリフォルニア州に住む中澤賢三くん(15)もそのひとりだ。池江選手に宛てた手紙が筆者の元に届いた。

中澤賢三くん。

白血病を乗り越え、アイスホッケーに打ち込む中澤賢三くん。

本人提供

私が賢三くんと出会ったのは10年前、都内の小児病棟だった。当時、彼は急性リンパ性白血病で抗がん剤治療中だったが、ぷっくりした頰とまあるい目で笑顔を振りまいていたのを、昨日のことのように覚えている。

現在、賢三くんは父親の仕事の関係でアメリカで暮らし、現地の学校でアイスホッケー選手として活躍している。スポーツを愛する高校生だからこそ、闘病に向かう池江選手にシンパシーを感じるのだという。手紙の原文をそのまま紹介したい。

「池江選手へ 初めまして。僕は5歳の時に急性リンパ性白血病と診断されました。僕のは治りにくく再発しやすいといわれた難しいタイプの白血病でしたが、幸い良い治療法が開始されたこともあり、1年間の入院治療を経て寛解しました。

10年経った今、アメリカで充実した高校生活を送っています。大きな病気を経験したとは誰も気が付かないくらい、健康そのものです」

池江選手が病気を公表した折、奇しくも賢三くんはケガによる療養を経て、選手として練習を再開したばかりだった。

「僕がこの数年夢中になっているのは、アイスホッケーです。氷上の格闘技、といわれる激しいスポーツです。昨年末、試合中に鎖骨を骨折し、それまで週6で練習、試合をこなしていたのですが、休養を余儀なくされました。

それまで当たり前だったホッケー中心の生活を失って、空虚感を感じましたが、6週間後、練習復帰の許可が出て、再び氷の上に立てた時は、嬉しくてたまりませんでした」

白血病とは言っても、池江選手の病気が賢三くんと同じとは限らない。取り組む競技も異なる。そうした違いには配慮しつつ、彼はこう綴っている。

「入院当時の仲間は、現在皆それぞれ野球、ラグビー、テニスと元気にスポーツを楽しんでいます。正直、僕が分かるのはホッケー選手だけですが、たくさんのトッププロ選手が大きなケガ、病気を乗り越えて、再びトップに返り咲いています。きっと皆ホッケーを心から愛し、生きがいを感じているからなのだと思います。

池江選手にも同じことが起こると心から信じ、海の向こうから応援しています。中澤賢三(15歳)」

静かな応援を長く続けて

現時点で池江選手の病気は白血病としか公表されていない。白血病細胞が急激に増殖するものを「急性」、ゆっくりなものを「慢性」と分類するのだが、がん化した血液細胞の種類によってさらに「骨髄性」と「リンパ性」とに分けられる。

さらに最近は、遺伝子の異常を元に細かく分類するのが主流で、血液内科医の濱木珠恵さん(ナビタスクリニック新宿院長)が診察室で説明する際は、大きな分類を伝えた上で、「細かい予後は遺伝子異常の分類ごとに異なる」と伝えているという。

どの種類かにより、病状も治療法も大きく異なってくるため、誰かの経験がそのまま闘病中の人すべてに当てはまるわけではないのだが、池江選手自身がTwitterで、「しっかり治療をすれば完治する病気」と発信しているように、闇雲に恐れる病気ではないと濱木さんは話す。

濱木珠恵さん。

濱木珠恵さんは、虎の門病院、国立がんセンター中央病院にて造血幹細胞移植の臨床研究、白血病の治療に従事。都立病院を経て12年より現職。

撮影:古川雅子

「ここ数十年の医療の進歩により、小児がんの70〜80%が治るようになったと言われていますが、病気の種類だけでなく年齢によっても治療法や経過は変わってきます。日本では15歳より上は小児科ではなく内科で診るため、18歳の池江さんも診療するのは大人と同じ内科になります。ただ、白血病の種類によっては、よく子どもが使うようなレジメン(治療スケジュール)を使った方がいいという判断されることもあると思います」

「現代の医学に基づく血液内科医の位置づけでは、池江選手の世代の白血病についても、診断をつけ、白血病の性質について詳細な分類をしてきちんと治療方針を立てていく中で、白血病細胞が消える『完全寛解』に至ることが多い病気と言えるでしょう」

日常生活に戻り、好きなことに打ち込む賢三くんも含め、SNSを通じた白血病経験者からの応援メッセージが溢れている。「骨髄バンクに登録しました」「献血に行きました」といった発信も広がる。公益財団法人「日本骨髄バンク」のホームページは池江選手の病気公表後にアクセスが集中し、一時期閲覧がしづらい状況が続いたほどだ。

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日本骨髄バンクのホームページは池江選手の病気公表後にアクセスが集中し、一時期閲覧がしづらい状況が続いた。

日本骨髄バンクのHPより

一連のムーブメントは、「池江選手に限らず、治療中のあらゆる人たちへの励みになるはず」と濱木医師は言う。「あなたのことを忘れていません」という応援のサインにもなると考えているからだ。

「白血病の治療は長丁場。応援が加熱して一時のブームで終わるのではなくて、静かな応援が長く続いてほしいなと思うんです。池江さんみたいな立場じゃないがんの方もそうなんですけれど、病院にずっといなきゃいけなくなって、自分だけが世界から切り離されちゃうんじゃないか、周りの人から忘れられちゃうんじゃないかとおっしゃる方が多いですから」

ただし情報を発信する場合、価値観の押し付けや詮索は禁物だと濱木医師は指摘する。

「今後の治療がどうなっていくんだろうとプレッシャーがかかっている中で、渦中にある人は目の前の治療に集中する環境が大事です。病状を詮索したり、あれが効くこれが効くといった代替療法を勧めたりすることは、望ましくないことです」

「普通に接してくれるのが一番」

池江選手の病気公表を受けて、海外からも続々と応援メッセージが届く。リオ五輪で100メートルバタフライの女王となった、スウェーデンのサラ・ショーストロム選手はインスタグラムに池江選手との2ショット写真を投稿。

「友人のリカコ・イケエが白血病と診断されたことを聞いて、涙があふれている。私のありったけの力と愛を送る」


国内ではサッカーJ2・アルビレックス新潟の早川史哉選手が、クラブの公式ホームページに「早川史哉 選手 競泳 池江璃花子 選手の白血病報道を受けて」と題した声明を発表した。早川選手は2016年に急性白血病を発症。治療を経て昨年11月には選手契約の凍結が解除され、正式に新潟の選手として復帰したところだ。 思いをこう綴る。

「正直に自分としてはショックを受けていますし、他人事ではなく、自分のことのように感じています。池江選手の気持ちを考えると、言い表す言葉が見当たりません。これからどういう治療、どういう経過をたどっていくのかは分からないですが、競泳選手としての池江さんというより、一人の人間として病気に立ち向かってほしいです」

早川選手の声明の中で、「一人の人間として」と呼びかけているところに、白血病を経験した当事者ならではの心情が滲んでいる。当事者たちの言葉から私たちが学べることは、知識を並べ立てる「頭」ではなく、「心」で人と向き合う姿勢なのかもしれない。

奇しくも今回、10年ぶりに海を越えてメッセージを交わした賢三くんに、闘病を経て友だちや周りの人のどんなサポートが助けになったかを尋ねてみた。答えは明快だった。

「特別扱いせずに普通に接してくれたことです。おかげで自然に日常生活に戻ることができました」

トップ選手としての池江選手への敬意は持ちつつも、一人の人として素直にメッセージを発する賢三くんの言葉から、一人ひとりにできることはいろいろにあるのだと感じた。

(文・古川雅子)

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