「地方移住して社会的起業で最大300万円」支援金にイマイチ期待できない理由

地方創生 支援金

「本事業は、2019年度予算の国会における成立が前提となります」とされているが、2019年度地方創生事業の目玉とされる支援金事業。

出典:内閣官房・内閣府総合サイト「地方創生」を編集部キャプチャ

ご存じない方も多いと思うが、2019年度予算で、地方創生政策の目玉の一つとして「起業支援金・移住支援金」が導入されることになった。

東京圏(東京・埼玉・千葉・神奈川)以外の地域、または東京圏内の過疎・山村・離島などの条件不利地域で、地域の課題に取り組むなど社会的な事業を始める人に最大200万円が助成される。こちらは「起業支援金」と呼ばれる。

また、上記の起業支援金の交付が決まって移住する人に加え、東京圏外や条件不利地域に移住して、都道府県が選定する中小企業に就職する人にも100万円(単身者は60万円)が交付される。こちらは「移住支援金」という。

両方合わせて最大300万円の支援金が支払われる。実施期間は2019年度から2024年度末までとされている。

地方で住宅ローンを借りる人には朗報

マイホーム借上げ制度

一般社団法人移住・住み替え支援機構が運営する「マイホーム借上げ制度」の概要。東京圏でマイホームを取得した人が移住を希望する場合、役立つ仕組みだ。

出典:一般社団法人移住・住み替え支援機構 HPより編集部キャプチャ

この程度のお金をチラつかせたところで、急に移住機運が盛り上がるというものではないと思うが、すでに移住を考えていた人にとっては引越し費用くらいにはなるだろうし、これから地方での起業を考えている人にも朗報だろう。

実は、支援金をもらって移住先で住宅を取得する時に、住宅金融支援機構から住宅ローンを借りると、他の優遇措置に加えてさらに金利を引き下げる制度も導入されるようだ。

すでに東京圏に家を買ってしまった人でも、(手前味噌で申し訳ないが)筆者が代表を務める移住・住みかえ支援機構(JTI)に借り上げてもらい、国(高齢者住宅財団)の基金の保証付きで賃料を受け取ることができる。ただし、こちらには残念ながら補助金などはない。

ちなみに、東京圏の持ち家のローンを残したまま、移住先の住宅ローンを住宅金融支援機構から借りる場合、融資審査にあたりJTIが査定した借り上げ家賃を考慮してもらえる制度もある(常陽銀行も茨城県移住者に同じ制度を設けている)。

「地方の役に立ちなさい」という制度への違和感

平成26(2014)年に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」「まち・ひと・しごと創生総合戦略」のポイント動画。

出典:内閣官房・内閣府総合サイト「地方創生」

それにつけても、地方創生を担う「まち・ひと・しごと」系の話は、盛りだくさんの割に「ああ、いい制度だな」と感じるものが少ない。

都市圏に向かう人の流れを逆流させて、地方を活性化させるという、ものすごく難しいことをやってのけようという話なので無理もないのだが、どこか違和感があるのはなぜだろう。

筆者が思うところ、地方の問題を解決するために行きなさい、来なさいという「におい」がするからではないか。

起業・移住支援金にしても、言ってみれば「地方の活性化につながることをしなさい。そしたらお金をあげましょう」という制度だ。内閣府の地方創生サイトで示された「社会的事業」の例としては、「子育て支援」「地域産品を活用する飲食店」「買い物弱者支援」「まちづくり推進」が挙げられている。いずれも、地方の役に立ちなさいというわけだ。

しかし、本当に地方に来てほしいなら、地方の側のニーズより先に、移住する側のニーズを十分にマーケティングする必要があるのではないか。

「仕事のための生活ではない」生活がほしくなる時

地方生活

少子高齢化や過疎化など地方は問題山積だが、子育てや休日を過ごす豊かな環境が揃っている場所も多い(写真はイメージです)。

Keith Tsuji/Getty Images

筆者はここ10年ほど、JTIの業務や、パーソナリティを務めるラジオ番組を通じて、住みかえる人たちと数多く接してきた。その感覚から言えば、人が地方に動くのは仕事のためではなく、生活の質を変えたいという欲求あってのことと思う。

ここで注意すべきは「変えたい」であって「良くしたい」ではないということだ。

何らかのきっかけで、仕事や仕事から派生するさまざまな関係性よりも、生活・家族・生き方のようなものが大事に感じられるようになった時——言い換えれば、仕事のための生活ではない生活がほしくなった時に、人は住まいを変えようとするのではないか

だから、受け入れる側から見た「地方に来たら何をしてくれるか」は、そもそも移る側には一義的な問題として映らない。もちろん、なかには地方に貢献したいと思う人もいるだろうし、そういう人は政府にとっても地方にとっても都合がいいから、スポットライトを浴びることは間違いない。

しかし、地方貢献が前面に出た制度は、多くの人にとって重たい。おそらく、地方での生活を確保しつつ東京の仕事を続けられるなら、それが一番と考える人が多いのではないか。

仕事に不満があるわけではないが、子育てを考えれば自然の豊かな地方のほうがいいだろう、でも移住すればいまの仕事は続けられないから地方で探すしかない……基本的にはそういう順番なのである。

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平成16(2004)年に四国で初めて全戸に光ファイバをひいた徳島県神山町には、IT系ベンチャー企業のサテライトオフィスが集まる。「在宅動画編集スタッフ募集」などの求人も日常茶飯事。

出典:神山町HPより編集部キャプチャ

だとすれば、日本中どこに住んでいても東京など大都市圏の企業で働くことのできる、つまりは完全在宅勤務を可能とする公共ITインフラを構築したらどうだろう。

移住する人に100万円以上のお金を渡せる予算があるなら、それしきのインフラ投資は何とかなるはずだ。インターネットテクノロジーの著しい進化で、技術的な難易度はかなり下がっている。雇う側の固定観念さえ変えれば、人手不足の解消と子育て環境の改善が同時に実現する。

地方創生などという言葉があるので、どうしてもがんばって考えてしまうが、そんなにハードルを上げなくても、まずは地方の人口が単純に増えるだけでも大きなことではないか。

在宅勤務の夫婦を実際に雇ってみた

家族 子育て

都心から遠くに住む在宅勤務の子育て夫婦を雇って、さまざまな気づきがあった(写真はイメージです)。

Shutterstock.com

最近、そういうことを考えさせられる出来事があった。

JTIで在宅勤務の若手を雇用したのである。子どもが生まれたばかりの若い夫婦だ。都心に通うにはかなり遠いところに住んでいて、大手IT企業に務める夫が長期育児休暇をとって、2人で育児を始めた。

しかし、いつまでも仕事を休むわけにはいかない。妻のほうもウェブデザインなどの経験とセンスを持ち合わせているのだが、デザイン会社の下請けではいくらも儲からない。たまたまそうした事情を知って、夫婦の両方を在宅勤務の条件で働いてもらうことにしたのである。

JTIのような小規模の「各種団体」がこうした技能の高い若手を雇うことは非常に難しいので、渡りに舟でもあった。業務上のやり取りは、皆さんもよくご存知のSlackでストレスなくできる。就業規則などもあれこれ心配するとキリがないが、走りながら考える分にはそんなに障害はない。むしろ、いろいろな気づきがあって面白い。

以前、大企業の本社移転を促すという話もあったが、目立ったところでは少なくとも進んでいない。もともと無理筋の話である。いくつもの企業にオフィスを地方に移してもらうより、全国をバーチャルオフィスにするほうが現実的だ。

良い職場を得るために東京に住むことが必然でなくなれば、人は「生活の質」で地方を選ぶようになる。地方が住みやすさで競争を始めたら、日本人はもっと幸せになれるはずだ。


大垣尚司(おおがき・ひさし):京都市生まれ。1982年東京大学法学部卒業、同年日本興業銀行に入行。1985年米コロンビア大学法学修士。アクサ生命専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学教授を経て、青山学院大学教授・金融技術研究所長。博士(法学)。一般社団法人移住・住みかえ支援機構代表理事、一般社団法人日本モーゲージバンカー協議会会長。

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