リアルテックベンチャーの登竜門「リアルテックカタパルト」の最優秀には、サラブレッド蝿のベンチャー・ムスカが選ばれた。
2月18日から21日の4日間、福岡市内で、共創をテーマにしたイノベーションサミット「ICCサミットFUKUOKA 2019」が開催されている。
18日の前夜祭を経て実質開幕した19日、大学や研究機関の基礎研究からビジネスにスピンアウトしたスタートアップの登竜門「リアルテックカタパルト」が開催された。
リアルテックとは、スタートアップ業界では一般に「ディープテック」と呼ばれる領域にあたる。ミドリムシのベンチャー・ユーグレナの副社長でリアルテックファンド代表の永田暁彦氏は、「世界的にはディープテックと呼ばれている。リアルテックと呼んでいるのは僕たちだけ」とした上で、あえてリアルテックと呼ぶ理由について、「根本的に違うのは、リアルテックは基本的に基礎研究や20〜30年にわたるアカデミア研究を経て、飛び出した技術を社会実装することに重きを置いている」(永田氏)ことだという。
一般的に、この分野は実用化に比較的大きなコストと長い時間がかかり、「もうからないと言われてる領域」(永田氏)だ。しかしここ最近、リアルテックファンドに出資したいという海外企業が大幅に増えており、そのほとんどがICTの企業だと永田氏は言う。
ユーグレナの副社長でリアルテックファンド代表の永田暁彦氏(右)。左はこのピッチコンテストのオフィシャルサポーター森本作也氏(Honda R&D Innovations, Inc. Managing Director, Corporate Strategy)。
この背景には「インターネットでICTをやろうとすると、最終的にはセンサーやライフサイエンスにつながっていかないといけない。現在、あらゆる産業が技術を掛け合わせる先として、リアルテックという領域が注目されているのではないか」と分析する。
その言葉の通り、今回のピッチ登壇者はいずれも選りすぐりのベンチャーばかりで、技術的にも社会貢献という文脈でも非常に魅力的だった。
リアルテックカタパルトで優勝した、特殊な「サラブレッド蝿」で廃棄物を処理するエコベンチャー・ムスカも含めて、入賞した3社を紹介する
優勝:「サラブレッド蝿」で廃棄物を処理して再資源化する昆虫テック
ムスカの社名は、イエバエの学名「ムスカ・ドメスティカ」に由来する。
ムスカは、45年1100世代にわたって品種改良を重ねた「イエバエ」がコア技術のベンチャー。生ゴミや畜産糞尿から、約1週間で飼料(幼虫由来の昆虫飼料)と肥料(幼虫排泄物)を作り出すプラントシステムのビジネス化に挑んでいる。社名の由来は、イエバエの学名「ムスカ・ドメスティカ」から来ている。
ムスカのビジネスモデル。生ゴミなどの処理済み廃棄物が飼料会社と肥料会社へ売れるだけではなく、「仕入れ」にあたる生ゴミ受け入れの段階でも収入が発生するのがポイント。
代表の流郷綾乃氏によると、この仕組みでは、従来の堆肥化処理に比べて、処理に要する期間が8分の1〜100分の1、地下水汚染や臭いの発生などもないことが特徴。理論的には、プラント1ユニットで1日100トンの処理が可能で、1ユニットあたり年間1億円以上の利益が出る計算になるという。
聞いただけでも何だかすごそうな仕組みだが、このジャンルには当然、先行する競合もおり、すでに数十億円から数百億円の資金調達に成功している。
そんななかでムスカの強みは、品種改良したサラブレッド蝿の「処理能力」そのものにあると流郷氏はいう。その差は、先行する競合(例に挙げたのは200億円を調達した南アフリカのアグリプロテイン社)に比べて、ムスカの蝿の処理能力は7倍、飼料生産能力が3倍など。
競合説明。いずれも設立10年程度の比較的若い起業ばかり。調達規模も大きい。
200億円を集めている南アのベンチャーに比べて、ムスカの蝿は数倍「効率がいい」種になっているという。
この特殊なイエバエ種の高速培養技術は、旧ソ連で開発された技術がベースにある。流郷氏によると、技術を保持していた国内の技術商社から、高速培養技術の事業化を目的にスピンオフしたのがムスカだそうだ。
処理場の仕組みはシンプルで、基本的に生ゴミを集めて、その上に蝿の卵をふりかけるだけだ。飼料化と肥料化の分別も、幼虫が生まれる営みの中で自動的になされていくという。
処理プラントとして見ると、処理時間が短く、施設外への臭いの発生、地下水の環境汚染もないとする。
ここまで「作れそう」な仕組みで、さらにビジネスモデルとしても走れそうで利益水準も見えているなら、すぐ出資も集められるのでは? 流郷氏にたずねると、難しいのは資金調達のスピードと規模だという。
「確かにそう見えるかもしれませんが、今の実績はあくまで宮崎の研究施設でのもの。実際の工場をつくるとなると、どうしても“実際に動く工場を見て投資を決めたい”という投資家が国内には多いのが現状です。当初の資金調達はなんとかめどはついて来ましたが、海外に比べればやはり遅れています」
ムスカが挑む昆虫産業は、昆虫の有力研究者をM&Aで引き入れるといったことも含めて、あらゆる手段を使って競合他社よりいかに優位に立つかを競っている分野だという。
「プラントを実際回したときの優位性は私たちにあります。いかに早く実装して、いかに早く(プラント)販売まで漕ぎ付けるかが、現状の昆虫産業の勝負です。プラント建設に必要な10億円程度の資金をしっかり集めて、しっかり許認可もとって建設する、ということを、いま進めている段階です」(流郷氏)
2位:風の動きを3D観測する独自技術を持つ京大発スタートアップ
メトロウェザーは、赤外線を大気中に照射することで、空気中の微粒子の動きを観測して風の動き(風況)を観測する「ドップラーライダー」のコア技術を持つ京大発のスタートアップだ。
東邦昭代表は、「ドップラーライダーを開発する企業は世界中にいくつかあるが、長年研究を進めてきた、レーダーから本当にわずかなシグナルを取り出す技術が我々の強み」だとする。
コア技術は、例えると「新大阪駅から東京駅にあるピンポン球がわずか動いたことを測定できる」との説明。
メトロウェザーの東邦昭代表。
元になっているのは、京大が滋賀県に設置する野球場1つ分という巨大サイズの大気レーダーに使われる技術。このレーダーでは、上空500kmまでの風況を、毎秒0.01mという精度で観測できる。
2015年に起業して試作を重ね、2018年はおよそ1立方メートル程度のサイズまで小型化して商品化するところまで漕ぎ着けた。
「これだけでもビジネスは可能だが、(理想とする)空の安全を守るためには、この大きさではまだ大きい。(そこで)2019年にはこれをテーブルに載るくらいまで一気に小型化して、バラまいていこうと思っている」
都心を流れるビル風を可視化したイメージ。不安定なドローンだからこそ、風の影響を読み切る管制システムは必要だと説く。
このくらいのサイズになれば、電柱の上などの空きスペースに取り付けることが可能になる。一例として、千葉市程度の広さであれば、わずか40個程度のドップラーライダーを設置することで、地域の風況をリアルタイムに観測できるようになるという。
同じ理屈で、東京のビルの周辺に設置することで、複雑なビル風を可視化し、将来、配送などでドローンが都市の上空を飛ぶようになった時には、風が弱い経路を選んで飛ぶ、といったことに生かしたいという。
3位:コンピューターに嗅覚をつくる、ケミカルセンサー技術
ボールウェーブの赤尾慎吾代表。
ボールウェーブが開発する「ボールSAWセンサー」は、今まだほぼ存在しない「嗅覚」にあたるセンサーを実現できる技術。同社では「ケミカル(化学)・センシングソリューション」と表現している。
映像を捉えるイメージセンサーは、コンピューターにとって視覚の役割を果たす。イメージセンサーにアプリケーションとAIを組み合わせることで誕生したのが、自動運転や外観検査といった機能だ。
イメージセンサーで起こったような、「アプリ× AI」によるイノベーションは、嗅覚の分野でもこれから起きようとしている、と赤尾慎吾代表。同様に、ケミカルセンサー(嗅覚)×AIのイノベーションとして、大気汚染をセンシング可能になることで実用化する「大気の状態を示すリアルタイムのGoogleマップ」、毒ガスなどのテロ行為を未然に検知する「毒ガス・爆発物の事前回避サービス」を一例として挙げる。
嗅覚(ケミカル)センサーとAIを組み合わせると、これまで実現できなかったこうしたシステムがビジネス化されるという。
組み合わせる素材次第で、さまざまな物質に反応するケミカルセンサーがつくれる。
事業展開のイメージとしては、まず手堅い需要のある産業インフラから着手し、次に生鮮食材を美味しく届ける(ケミカルセンサーで完熟度を観測する)ライフスタイルと農業の分野、大気汚染の検知といったように、需要創出をしながら段階的なビジネス化を目論む。
リアルテックはビジネス化に漕ぎ付けるまで、苦難が連続する難しい領域だ。
永田氏は、「PoC(実証)を終わらせて、ここまでくるまでに、ベンチャーの数は10分の1になっている。実際にはここにいる10倍、チャレンジしてきたベンチャーがいるが生き残れなかった」と、その苦闘ぶりを率直に吐露する。
ユーグレナの副社長でリアルテックファンド代表の永田暁彦氏。
ピッチの最後に、「(今日この場にいる)彼らがこれから世界に出て行く時には、もう一度そのドロップ(選別)があることも、分かっている。ここまで来る支援も限界まで来ているし、このあと本当に社会実装するのも苦しい(戦いになる)。カネ、モノ、ヒト全部が必要。“共感”だけではだめで、今日この場にいる人には、何か1つ、アクションをしてほしい」と呼びかけた。
(文、写真・伊藤有)