地方自治体の貴重な税収として存在感が高まっているふるさと納税。国と大阪府泉佐野市の対立に象徴されるように、返礼品のあり方にも注目が集まっている。高額返礼品、ギフト券などが寄付集めの"飛び道具"として使われる中、そうしたものに頼らず、独自のスキームで受入額を2年で4倍に増やした人口約1万7000人の小さな自治体、宮崎県新富町の地域商社「こゆ財団」の取り組みを取材した。
インターンとして滞在していたコロンビア人留学生フェデリコさんの提案を聞くこゆ財団スタッフ。一番手前は、財団設立のきっかけをつくった執行理事の岡本さん。
移住者引き付ける1万7000人の町
JR宮崎駅から電車で20分強、日向新富町で降りてICカードを取り出すと、自動改札機がなかった。
窓口のベルを鳴らして駅員さんを呼び出したところ、「ここは現金だけなんですよ。後で、宮崎駅に戻ったら、カードの履歴を取り消してもらってください」と言われ、財布から370円を支払った。
駅でいきなり、町の規模感がつかめてしまった。
住宅が点在する通りをグーグルナビを頼りに15分ほど歩き、中心部っぽい通りに到着。しゃれた建物を見つけて、「ここに違いない」とドアを開けた。すると20代後半くらいの男性が出てきて、「ここもこゆ財団の一つの拠点ではあるのですけど、本部は別のところにあります。駅から来たんですか? じゃあ通り過ぎたのかも」と、途中まで案内してくれた。
あら、全然方言が感じ取れない。首都圏からの移住者かしら……。
観光協会を解体し地域商社に
首都圏からの視察者に、財団について説明する高橋さん(奥)。視察は有料制で、今年度は30件近くを受け入れた。
「そうです。彼は昨年秋に東京から移住して、新富町の町づくりに取り組んでいます」
来た道を引き返して到着したこゆ財団本部で、高橋邦男事務局長(42)が出迎えてくれた。
「ちなみに僕も出身は宮崎市ですが、大学は県外に出て大阪で長く働いていました。5年前にUターンで戻ってきて、ここから車で数十分の宮崎市内に住んでいます。新富町視点で言えば、厳密には外部の人間かもしれません」
新富町が属する児湯郡から名を取った「こゆ財団」は町の観光協会を解体し、2017年4月に一般財団法人として再スタートした地域商社。町からふるさと納税の運営事務局も受託している。
観光協会の解体自体、滅多に聞かない話だが、町内にめぼしい観光スポットがなかったことが逆に幸いし、地域のドンや複雑な利害関係といった”抵抗勢力”に阻まれることもなく実現したという。特筆すべきは、この一大事業が、新富町で生まれ育ち、ほぼ町から出ることがなかった町職員の岡本啓二さん(42)の思いから生まれたことだ。
県内の大学を卒業後、町役場に就職。公務員らしく数年おきにさまざまな部署を回る中で、地域の高齢化や財政難に直面し、「このままでは地域が崩れる」と危機感を募らせた。立て直しの方策について町内外の人々と意見を交わす中で出てきた案が、「地域経済を強くする商社の設立」だった。同じころ、町長として3期目(当時)だった土屋良文さんも、「予算の立案や議会の承認を待っていたら、事業がなかなか進まない」と、機動力のある実働部隊の必要性を感じており、岡本さんの案を後押しした。
2011年に宮崎県に移住し、ビジネスの知見を活かした町づくりに取り組んでいた齋藤潤一(39)さんが代表理事に、大阪からUターンしタウン誌の編集者をしていた高橋さんが事務局長、そして岡本さんが町から出向して執行理事となり、こゆ財団が立ち上がった。
「平等」「公平」から実力主義に転換
ふるさと納税の寄付額は急速に増えている。
総務省の資料より
「強い地域経済をつくる」というミッションを課されたこゆ財団の業務の軸は、特産品販売と人材育成。新富町からふるさと納税の運営事務局を受託し、運営費用として受け取るふるさと納税受入額の6%で、財団の基本的な運営を賄う。地域の主産業である農業を盛り上げつつ、自分たちの財源を増やすためには、農産物の商品力と販売力を高めなければならない。
2016年度に約4億300万円だったふるさと納税受入額は、こゆ財団初年度の2017年度に約9億3000万円と倍増した。さらに2018年度は20億円前後に増える見込みだ。ふるさと納税はこの数年、市場が急拡大しているが、新富町の成長は全国のそれを大きく上回る。高橋さんは、「行政だとできないけど、民間なら当たり前にやっていることをやった結果」と話す。
「例えば、特定農家の作る果物が見た目も味も良ければ、その農家から商品を多く買い取って、詰め合わせセットの返礼品を作ります。それこそ、『平等』『公平』が求められる行政にはやりづらいことだったのです」
国内の総流通量の1%しかないという国産ライチの希少性を前面に出し、ブランド化に取り組んだ新富町のライチ。
こゆ財団提供
特産品の目玉商品として、町内の数軒の農家が作っているライチの中から糖度15度以上、重さ50グラム以上を選び、1粒1000円で販売した。
「ブランド力のあるイチゴは、1粒1000円で売られているんだから、ライチでもできるだろうと。取り扱ってくれそうな銀座のカフェに営業したり、ふるさと納税のポータルサイトにも6、7サイトに出品し、販路を広げています」
こゆ財団の常勤スタッフは16人。ふるさと納税チームは3人おり、最近さらに移住者のマーケターを採用した。
高橋さんの車のトランクには、ライチのかぶりものが入っており、こゆ財団を挙げてライチを推している。他の作物を作っている農家や農協から文句を言われないかと聞くと、「新富町の農業はキュウリやピーマンが主力で、ライチは数軒の農家しか作っていないわき役です。他の作物と競合しにくいし、生産量が少ないからチャレンジもしやすかった」との答えが返ってきた。ふるさと納税の返礼品では農協の商品も出しており、新富町へのふるさと納税が増えれば、町全体が潤う仕組みのため、協力を得られやすい。
地域と継続的に関わる「関係人口」重視
毎月1回開かれる朝市。普段は人通りの少ない中心部に多くの住民が集まる。
こゆ財団
ふるさと納税の運営受託などで得た収入の大半は人件費に費やされるが、残った資金は人材育成に投じられる。2018年11月には「地域版MBA」と銘打った人材育成プログラム「宮崎ローカルベンチャースクール」を東京でスタート、地方でチャレンジしたいと考える首都圏在住者を対象に開講し、地域課題を解決するビジネスプランをつくるカリキュラムをつくった。2019年1月に全5回の講座を終えたプログラムには約20人が参加したが、そのうち2人が新富町への移住を決めたという。
とは言え、こゆ財団の当面の目標は、移住者というより、新富町との関わりを継続的に持つ「関係人口」を増やすことだという。
町内にはカフェやコワーキングスペースなど、こゆ財団が運営する施設が点在している。
新富町には高校がなく、高卒時点で5割近くが県外に出る。若年層の流出とともに高齢化が進み、基幹的農業従事者の半数以上が65歳以上だ。農業以外に主だった産業はなく、最近中心部からスーパーが撤退した。移住者が増えても受け入れる基盤は厚くない。
取材に訪れた日、オフィスでは2人の外国人が資料を作っていた。2人とも県外の大学院の留学生で、2カ月間のインターンで新富町に滞在している。法政大学GMBA(グローバルMBA)に通うコロンビア人留学生・フェデリコさんはこの日、農家に職住を提供してもらい、農作業を手伝うワーキングホリデーの実施を財団スタッフに提案、「さまざまな地域から来た人が、3か月から2年くらいのスパンで滞在して、経済を回していけるのでは」と語った。
高橋さんは「こゆ財団のスタッフの大半は地元出身者なんです」と語った。地元出身者だからこそ、顔がきいて地域の人に受け入れられる面があり、「移住者が増えれば何でも解決するわけではない」と冷静に分析する。
だが、外部からの人の流れが来て、町が動いている、町が変化していると実感することが、地域の人々を動かす力にもなる。フェデリコさんも、新富町で暮らし、働き、同じことを思ったのかもしれない。
(文・写真、浦上早苗)