ハーバードの寮が外出時に必ず食堂を通る設計になっている理由

時代や社会の変化するスピードが増す中、会社や私たち個人の学習、そして子供たちの教育は果たして今のままでいいのかと懸念を抱く人もいるでしょう。そんな中、学校の中だけで行われる学習に限界を感じ、それ以外の場に可能性を見いだそうとする新たな動きが見られるようになってきました。

ハーバード大学

世界最高峰の学び舎が、住環境を重視しているのには、理由がある。

Getty/DenisTangneyJr

その一つが、あのハーバード大学。同大学は2015年、それまでのミッションを改訂し、「多様な住環境の提供」を自らの果たすべき役割のひとつとして掲げるようになったのです。

「世界最高峰の学び舎が住環境?」と訝しむ人もいるでしょうが、実はこうした動きはハーバードに限った話ではありません。例えば2014年に創立し、いまや「世界の最難関」とも言われるミネルヴァ大学は、授業がすべてオンラインでありながら全寮制、しかも世界7都市を旅しながら学ぶというユニークな学習環境を提供しています。

こうした流れは日本にも波及しています。ハーバード大出身の若手起業家・小林亮介さんもまた、いち早く住環境と教育の関係性に着目した一人。在学中の2011年にHLABを立ち上げると、世界中から学生・生徒を集めて開催するサマースクールや、学校に紐づかない学年縦断型の寮教育のデザインを通じて、寝食を共にして学ぶ「レジデンシャル・リベラルアーツ教育」を提唱・提供してきました。

「学びとは本来目的なく偶然に出会うものであり、多様な人たちと一緒に暮らすことがその機会を与えてくれる」——。そう話す小林さんへのインタビューから、住環境と学びの関係、これからの教育のかたちを考えます。

小林亮介さん

PROFILE

小林亮介:HLAB 創設者・代表理事

1991年東京都生まれ。桐朋高校を卒業後、2009年4月一橋大学、同年9月にハーバード大学に入学。在学中の2011年に「HLAB」を創設、教育と民間外交分野で事業に取り組む。2014年三極委員会のロックフェラー・フェローにアジア太平洋地域を代表して選出、世界経済フォーラム(ダボス会議)傘下のグローバル・シェーパーズ・コミュニティのメンバー。大学在学中は政治・経済学を修める。

デジタル化の二つの流れが大学に自らの再定義を促した

——世界の教育機関が住環境を重視する動きを見せているのはなぜですか?

前提として、教育のビジネスモデルはメディアのそれと似ています。AがBに情報を提供し、その対価として情報料を得るというのがその構造で、メディアであれば情報料は「購読料」などと呼ばれますし、教育においてはそれが「授業料」になる。その意味で大学は、授業を通じて何らかの情報を受け取るための場としてあったと言えるでしょう。

ところが2012年ごろから、主にデジタルテクノロジーが入ってきたことにより、こうした構造が崩れ始めました。

テクノロジーが教育にもたらした流れは、大きく分けて二つあります。一つは、世界中の誰もが最高の教育リソースにアクセスできるようになったこと。情報そのものは人類の共有財産であるとの考えから、ハーバードなどの教育機関が『MOOC』と呼ばれるプラットフォームを通じて授業を無償で提供するようになりました。国内では、リクルートの「スタディ・サプリ」といったサービスによって、塾の費用に価格破壊が起こったことで実感できるでしょう。

もう一つは学習の効率化です。多人数の授業では、扱われることの多くはすでに知っていることだったり、逆に難易度が高すぎて理解できないことだったりして、自分にとって本当に必要な内容は全体の10%程度ということもあり得ます。けれどもそれが、「適応学習(アダプティブ・ラーニング)」という技術により、自分にとってのスイートスポットの10%を効率的に学ぶことが可能になりました。余った時間を他の学習に当てれば、学習効率は10倍になります。数字はあくまで一例ですが。

こうした二つの潮流により、いまやタブレット一つあれば、世界のどこにいても最高の授業を、自分に最適な形で受けられるわけです。それはもちろんすばらしいこと……

ですが、ここでふと一つの疑問が浮かびます。自分の子供が部屋にこもって、一日中タブレットと向き合っている姿を想像してみてください。その結果、テストでいい点を取ることができたとして、果たしてそれは最高の学習環境と言えるでしょうか?

——あまり望ましくないかもしれません。

そもそも、学びが「まだ知らない世界を知ること」だとするならば、まだ知らないうちから「知らない世界」を自ら求めることはできません。ということは、学ぶためには偶然何かと出会う必要があるはずです。では、そうした偶然をもたらしてくれるのは誰か......。

それは授業を通じて出会った教授であり、共に学ぶ同級生であり、先輩やOBの存在でしょう。つまり大学とは、授業を通じて何らかの情報を受け取るための場であると同時に、そうした偶然の学びをもたらしてくれる仲間との関係を育む場でもあるということです。

もちろん、大学は昔からそうした価値を持ち合わせていましたが、以前はそれが授業料の名の下にひっくるめられており、はっきりとは見えなかったのです。ところが、デジタル化が進み、授業が世界中で無償で提供されるようになったことで、大学としても「決して安くない授業料は何の対価なのか」と問い直さざるを得なくなった。むしろ多様なバックグラウンドの学生が寝食を共にすることで互いに刺激し合い、学び合える環境のほうにこそ、大学の本質的な価値があるのではないか、と。

小林亮介さん

——なるほど。そうした流れの中でハーバードが打ち出したのが「レジデンシャル・エデュケーション」、つまり「多様な住環境の提供」というわけですね。

そうです。2015年10月にプロボスト(学務担当副総長)のガーバー教授が「今後はデジタルとレジデンシャルの二つを軸に据える」と声明を発表し、デジタルの面では2012年から続く『MOOC』による授業の無償提供を進める一方、寮を全面的に建て替え、さまざまなプログラムを設計することで、偶発的な学びの機会が計画的に起こるようデザインする動きを加速させました

——偶発性を計画的にデザインするとはどういうことか、具体的に教えてください。

例えば僕の住んでいた寮は、一度地下まで降りて食堂の前を通らないと外に出られないよう、他のすべての出入口を閉じています。この導線設計がポイントで、こうすると例えば、宿題をするために図書館に出かけようとした学生も、食堂の前で呼び止められて半強制的に仲間と立ち話をする羽目になる。その結果、理系も文系も、学部生も研究生も関係なくこの場所に集い、多様な人が自然と交流するようになるのです。

同じ大学に通っていると言っても学生は一人ひとりライフサイクルが違うので、普通に生活しているだけでは接点がありません。いつも友人に囲まれているような社交的な人であればまだしも、偶発性というからには、そうでない人をいかに巻き込めるかが重要。そのためにはハードだけでは不十分で、2週間に一度、大学主催の飲み会があったり、寮生同士のカラオケ大会があったりと、交流を促す仕掛けはソフト面でも緻密に設計されていました。さらには、政治学部のシンポジウムに物理学科の学生が入れたり、コンピューター・サイエンス学部のレセプションに経済学部の学生が入れたり、といった流動性もあります。

身近なロールモデルの存在が自由な生き方を可能にする

——小林さんがHLABを立ち上げたのも、寮生としてレジデンシャル・エデュケーションの効果を体感していたから?

そうですね。僕は2009年からの4年間をその寮で過ごしたんですが、それはちょうど、ハーバードが先ほどお話ししたような転機を迎えたタイミングでもありました。僕がHLABを作ったのは19歳だった寮生活2年目のころ。同じような寮生活を通じた教育体験を日本でも再現できないかと考えたのが始まりでした。

HLABのパンフレット2017

日本の大学に在学していた際、せっかく一生懸命勉強して入学したはずの大学で、モチベーションが一番高い入学直後にも関わらず学生たちが方向性を見失ってしまい、「どの単位が取りやすいか」といった空気が支配しているのに違和感を覚えていました。

大学にはすばらしい教授陣とリソースがある。でも考えてみれば、その活かし方以前に、まず何がやりたいかを考える機会が高校時代に与えられず、大学を選び入学させられるわけですから、そうなるのも当たり前です。日本の高校の進路指導は、大学で教育を学び教員になった方々が行わざるを得ず、進路指導の前提となるキャリアの多様性がありません。偏差値を基準に「君のレベルだとこの辺りが狙える」という指導になるのは致し方ないですし、結果として生徒は「点数が取れたから、経済学部ではなく法学部、医学部」といった選択の方法になってしまうのです。つまり、問題は進路指導の仕組み自体にあるのではないか、と。

——確かにそうですが、寮生活はその解決策になりますか?

主体的に進路を選択するためには、おそらく四つくらいのステップを踏む必要があるはずです。例えばフリーライターという進路を選んで進むには、まずは【発想】として「フリーライター」という仕事やキャリア・パスがあることを知る必要があるし、その次には、どうやったらフリーライターになれるのか、稼ぎはどうやって作っていくのかといった【情報】がいるでしょう。さらに、選択した進路を最後まで突き進むためには【モチベーション】を保ち根気良く努力しなくてはなりません。その上で、実現のための【リソース】を確保できるかどうか。

このうち【発想】【情報】【モチベーション】の三つを手にする上では、身近なロールモデルの存在がすごく重要なんです。

僕が留学に行ったのだって、たまたま留学から帰ってきた同級生を見て、まずは「留学ってうちの高校からでも行けるんだ」と思えたからだし、「じゃあどうやって行けばいいのか」と考えた時に、身近な存在から話を聞ける有利さも感じました。そしてそれを最後までやり切れたのは、「あいつにできたということは、僕にだってできるだろう」と思えたからで。

その際、イチローみたいな有名スポーツ選手のような遠い存在ではダメなんですよ。同じ学校の部活の先輩や、同級生がプロに行ったりすると見える世界が一気に変わる。共通項があり身近に感じる存在が自分の視野に入っていない選択肢を取ったとき、自分にも「はっ」とする発見があるのです。

傘を取ろうとする男性。

——なるほど。

僕らはHLABでやっていることを「レジデンシャル・リベラルアーツ教育」と呼んでいるんです。「リベラルアーツ」って日本では「教養教育」と訳されることが多いですけど、元々は古代ギリシャの奴隷制度の時代に、「人が自由に生きるためには何が必要なのか」と考えられたところから来ているんですよね。そう考えたら、教養というのはその一要素でしかないと思うんです。

「自由に生きるための力」を現代的に翻訳すれば、一生学び続けていく力だとか、自分が好きなことを探す力、それを突き詰めていくための方法論だったりすると思うんですけど、だとしたら、「多様な他者との出会いの中で、個々が自身と向き合い、自由な生き方を追求するための教育環境」こそ、まさにリベラルアーツ教育の本質と言えるんじゃないか、と。

——ロールモデルは身近であるのと同時に、多様でなければならないわけですよね?

おっしゃる通りで、進学校の中高一貫校に6年間通うだけでは、似たような人としか出会わない。普段出会わない仲間と出会える場をどう作るかがポイントです。

東京と地方では同い年でも価値観が違うだろうし、同じ東京でもインターナショナルスクールや高専に通っている子はまた違う。それらをかき混ぜるにはどうしたらいいかと考えて、現在は二つの仕組みでそれを実現しています。

一つは、徳島や長野など全国4箇所で実施しているサマースクール。全国の高校生約240人と、世界70の大学から集まった200人の大学生とがごちゃ混ぜになり、約1週間寝食を共にします。実際にやることは、大学生がそれぞれの得意分野を活かして行うゼミ形式の授業や、社会の第一線で活躍されている方による講演やパネルディスカッションなど。夜は会社帰りの社会人の方にも参加してもらって、将来の夢から恋愛話まで、ざっくばらんに語り合う場も設けています。ちょうど、僕自身が経験した、大学寮の夜の食堂のイメージですね。

サマースクールの様子

サマースクール

メンターを務めてくれる大学生は、文系理系、アート系の子からビジネス寄りのことをやっている子まで本当にさまざまです。なおかつ高校生も、徳島の子を東京に送ったり、逆に東京の子を徳島に飛ばしたりして、ぐちゃぐちゃにかき混ぜるんですよ。そうすることで、普段接している人たちとはまったく違う価値観と出会うことができます。

東京の有名進学校に通うような恵まれた子であっても、田舎の高専やインターナショナルスクールに通う子と出会うのは初めてだから、それまでの価値観をぶち壊せるし、お互いがお互いを尊敬し合えるようになる。1週間経つころには、一生付き合っていきたいと思えるような関係になるんです。

もう一つはその延長として、サマースクールでやっていることを学期中にも再現できないかということで始めた、学校に紐づかない学年横断型の寮「レジデンシャル・カレッジ」です。寮というハードを物理的に作ることで、いきなり留学するのはリスクが高くて二の足を踏んでしまうという人に向けて、「大学に通う4年間の1年でも2年でもいいので、学校も学部も違う人たちと寝食を共にしてみませんか?」と提案をしています。

共同スペースの様子

共同スペース 洗い物

「とりあえずやってみる」フットワークが偶然を呼ぶ

——多様なバッググラウンドの人と寝食を共にすることで、自分では思いもよらない偶発的な学びの機会が生まれ、また刺激し合って主体的な進路選択ができることにもなる。とはいえ経済的な事情もあって、留学や寮に引っ越すことが難しい人もいるでしょう。そうした人にもできることはありますか?

まさにそういう人のためにあるのがサマースクールなんですよ。留学もそうですが、なにか少し特殊な選択肢が目の前にあったとき、個人的には「しのごの言わずに挑戦しちゃえ」派なんですが、とはいえそれは部外者だから言えるのであって、自分の息子や娘だったら同じことが言えないかもしれない。教育は一回きりしか経験できないし、しかもその結果が親本人ではなく子供に返ってくるから、決断が難しいというのも分かります。

であれば、まずはもう少しハードルの低い形で同じことをやればいい。それが例えばわれわれの提供するサマースクールでもいいですし、あるいはいろいろな習い事をさせてみるというのも有効だと思いますね。

と言っても、習い事自体が重要というのではなく、習い事が変われば、また別のコミュニティが形成される可能性がある、そのことが重要なんです。その中から子供が「これいいな」と思えるものに出会えるかどうかは時の運。だから、結局は数を打つしかない。

われわれが「住む」ことを勧めるのも、その確率が指数関数的に高まるからというだけであって、これをすればこうなるという絶対的な答えなんてないんですよ。例えば「起業家になるための寮」といったように、目的を明確にデザインしてしまうのは本末転倒だと思うんです。その結果、もしも起業家になりたくなかったらどうすればいいのかって話ですからね。

習い事をさせるのでもそれと同じ。ピアノをうまくさせるためにピアノ教室に通うというのではなく、「ピアノをやるうちに何か発見があればいいな」くらいのスタンスでいい。「ピアノだと一人プレーになってしまうから、オーケストラはどうかな」とか。それくらいの気持ちで「とりあえずやらせてみる」くらいがちょうどいいのではないでしょうか。

本棚に手をかける小林亮介さん

——最後にもうひとつ。偶発的な学びを得られる人とそうじゃない人がいるとすると、その違いはなんだと思いますか?

あくまで個人的な経験からくる話でしかないのですが、フットワークの軽さは重要だと思っています。実は僕、もともとは外交官になりたかったんですよ。ハーバードで学んでいたのも国際関係論ですし。それがここまでお話ししたような経緯で、どういうわけか教育をやることになって。

でも面白いことに、社会起業家となったことが転じて、結果的に三極委員会という首相経験者や国際機関のトップ経験者が集まる会議に若手フェローとして参加させていただいたり、各国の若手の政策担当者とも友人として交流ができたりと、結果的に外交の第一線に近いポジションで勉強させてもらう機会をいただきました。まだ自分が貢献できることは少ないですが、本当に多くの学びがある。それはおそらく、外交に関心を持ち勉強しつつも、教育をずっとやってきたことでユニークなポジションに立てたから。それがなかったら今のようなチャンスはなかったんだと思いますが、狙ってできるようなことではなかったと思います。

——なるほど。

先ほどお話ししたサマースクールに参加してくれる大学生も、半分以上が海外の学生なんです。しかも、フォーブスの「30 UNDER 30」に選ばれた子や、ノーベル平和賞の候補生など、とびきり優秀な子ばかり。

なぜそんなことが実現できているかというと、きっかけは東日本大震災でした。あの時、米国では日本への渡航禁止令が出て、それまで毎年100人くらいいた日本への留学生が一時ゼロになったんです。「さすがにこれはまずい」と思って、友人20人くらいを説得して日本へ招いて開催したのが、HLABの第一回でした。その彼らが友達が友達を呼ぶようにして輪を広げてくれて、今ではお金を払ってでも日本に来たいという世界中の大学生から、多くの応募がある状況ができています。だから今思えば、結果として当時の僕は、19歳でできる目一杯の外交的な貢献をしていたのだろう、と。

ハーバード時代の小林さん

ハーバード時代の小林さん

とりあえず足を動かす。そうすると二転三転して、結果として自分が元々興味のあるところに戻ってきたりもする。これがキャリアの面白いところだと感じています。

自分はその、フットワークの軽さという点だけは秀でていたようで、ハーバードにおけるメンターだった先生が卒業の時に言ってくれたのは、「お前はいつ、どんな場所に呼んでも必ずやってくる」と。言われてみれば、どんなに場違いに思える場所であっても、たとえ試験の前日であっても、先生に呼ばれれば気後れせずに必ず飛んでいっていました。それはただ新たな人に会ったり世界に触れるのが楽しく、意識せずにやっていたことだったんですけど。

先週も中国で世界経済フォーラム、通称「サマー・ダボス」へ行ってきたんですけど、ああいうところに行くといろんな人と話せて楽しいんですよね。ぶっちゃけ、僕の仕事に直接つながる可能性は低いし、そもそも経験的にも場違いなんですよ。でも、普段国内で教育に取り組んでいるだけでは出会わない人がいて本当に楽しいし、学びがある。それに、そういう場違いなところへ行ったら、どうにかして場違いじゃなくなれるよう、成長したいと思うじゃないですか。自分のキャリアって、そういうところから開けたりもする。だからとりあえず足を動かすというのは、偶然を呼び込む上でとても大切なことだと思いますね。

小林亮介さん

(取材・文、鈴木陸夫/岡徳之、撮影・伊藤圭)

"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年11月13日公開の記事)

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み