『ファクトフルネス』日本でのベストセラー仕掛けたのはシリコンバレー在住エンジニア

『ファクトフルネス』

『ファクトフルネス』は多くの本屋で平積みになっている(写真は丸善丸の内本店)。

提供:日経BP社

2019年1月に日本語版が発売され、すでに25万部を突破している書籍『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』。なぜ今、この本が多くの人の心をつかむのか?

「世界は悪くなっている」は本当か

ファクトフルネス読みました!」……そんな言葉とともに、ブルーの文字が印象的な本の写真をFacebookで目にすることがここ最近で増えた。

日本語版が発売されて以降、その勢いはとどまるところを知らず、発行部数は25万部を突破した。

なぜ今『ファクトフルネス』が、読まれているのだろう。

まずひとつ目の理由は、その単純明快さだろう。

世界には戦争や災害が絶えず、その程度はどんどん悪化している。また格差は広がり、貧困に苦しむ人の数は増え続けている……。ふだん当たり前のようにメディアで耳にするそんな言葉たち。でもそれは、本当だろうか?

『ファクトフルネス』は、こういった見方がファクトベースでは間違っていることを端的に示す。

『ファクトフルネス』著者のハンス&オーラ・ロスリングによる、TED(世界規模の講演会)でのトーク。その軽快な語り口が人気を博し、150万回超再生されている。

動画:TED

ではなぜ、私たちはこうした思い込みをしてしまうのかを、「人間が持つ10の本能」というポイントから、ていねいに解き明かしていく。

最後には、偏見ではなく「事実(ファクト)」に基づいて建設的な議論をするにはどうすればいいかのアドバイスがまとめられ、ちょっとしたハウツー本のように読めるのも特徴的だ。

SNSで「チンパンジークイズ」が話題に

もう一つのヒットの要因。それは『ファクトフルネス』のSNS上のプロモーションにあった。

『ファクトフルネス』の冒頭は、こんな質問から始まる。

質問1: 現在、低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を修了するでしょう?

A:20% B:40% C:60%

質問2: 世界で最も多くの人が住んでいるのはどこでしょう?

A:低所得国 B:中所得国 C:高所得国

質問3: 世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年でどう変わったでしょう?

A:約2倍になった B:あまり変わっていない C:半分になった

これをオンライン上でクイズ形式にしたものが、シリコンバレーに住むエンジニアである上杉周作さんがつくった「チンパンジークイズ」だ。上杉さんは『ファクトフルネス』の共訳者でもある。

設問は3択であり、ランダムに答えれば正答率は1/3、つまり仮にチンパンジーが答えれば、正答率は1/3になることからこんな名前がつけられた。

チンパンジーと同点」「チンパンに負けた……

こんなコメントとともに、クイズはSNS上で瞬く間に拡散し、3万PVを記録した。

『ファクトフルネス』ヒットの仕掛け人は

上杉周作さん

シリコンバレーに住む上杉周作さん(31)。2017年には世界をバックパックで旅していた。

写真:本人提供

このプロモーションを仕掛けた上杉さんは、デザイナーだった経験も持つエンジニアだ。

2012年から2017年まで、シリコンバレーの教育スタートアップに勤めながらブログで情報発信をしており、ブロガー界隈ではちょっとした「有名人」だった。

その後仕事をやめ、1年間、バックパックで世界を旅して回った。2018年、アメリカに戻った後はフリーのエンジニアとして仕事をしながら、独学で人工知能の勉強などをしようと考えていたという。そんな折、知り合いの日本の編集者から「この本は(上杉さんが)興味があると思うから、一緒に訳してみない?」とのオファーを受けた。

もともと翻訳をするつもりは全くなかった、と上杉さん。

20代は日本語でのブログで発信することに時間を割いてきたため、そろそろ日本語での発信から距離を置こうと思っていた時期だった。一方で、日本語発信の集大成として大きなプロジェクトをやり遂げてみたいという想いもあった。最終的に「僕でよければ、やらせてください」と伝えた。

日本語版が発売されると、カジュアルな文体に「読みやすい」との声が上がった。上杉さんがTwitterで公開した、複雑な英文をかみ砕いて訳す「翻訳実況」動画にも多くの「いいね」がついた。

インスタで美容師がシェア

上杉さんは、『ファクトフルネス』のベストセラー化をこう見ている。社会をよくするための手段として「自省」をうながしている点が、新しい風のように受け止められたのでは、と。

「今売れている本の多くが『時代遅れの仕組みを改革しよう』だったり、『○○を改革しよう』というテーマの本である気がしています。改革とは、現在の仕組みを批判的に見ること。この本はそれよりも、社会を良くするには『自分たち』を批判的に見ることがもっと大事だ、と主張しています」(上杉さん)

脳科学者の茂木健一郎さんも、「ファクトフルネス」と「マインドフルネス」という言葉のつながりを指摘している。さらにコミュニケーションには事実を押さえるというファクトフルネス、それに加えて周囲の人がどのように感じるのか、感じ得るのかというマインドフルネスの両方が必要だ、と説いている。

アメリカでは、社会の「分断」や「極論」に疲れた人たちから支持されている感がある、と上杉さんは指摘する。

意外だったのが、日本では「インスタで美容師が多くシェアしている」ところだ。美容師はたくさんの人と話すため、『ファクトフルネス』は世間話のネタとして使われているのではないか、と上杉さんは分析する。

やっぱり「ドヤ顔」がしたい?

読みやすさ、明快さ、時代性。そしてチンパンジークイズなどSNS上でのシェアのしやすさ。

さまざまな要素が重なって大ブームとなっている『ファクトフルネス』。しかしSNSを見てみると、もう一つの側面が見えてくる。

「この本によって自分がどう変わったか」をアピールしている人が多いのだ。

博報堂を経て、新しい形の広告企業「The Breakthrough Company GO」を立ち上げた三浦崇宏さんは「学びについての理解」をツイート。

サッカーの本田圭佑選手は『ファクトフルネス』に影響を受けて「貧困と先進国みたいな分け方と呼び方を改めて、レベル1、2、3、4と細分化して呼ぶようにします」とツイートしている。

スタバで読んでたら、隣の席の人も読んでいて草」との声もあった。わかりやすさ、読みやすさももちろんだが、結局ヒットした本当の理由は、「『ファクトフルネス』読んでる自分アピール」をしたい人たちに刺さったから……、なのかもしれない。

そして、これを書いている筆者こそが、読み終わった後にチンパンジークイズを友人5人に送りつけ、「これまだ知らないの?」とドヤ顔でマウンティングをとっていたことは、言うまでもない。

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(文・西山里緒)

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