「そろばん式暗算」こそ計算力向上に最強。「そろタッチ」で世界の教育格差なくす

ソロタッチ

そろタッチ教室を訪ねると、子どもたちがiPadを手に、瞬時に暗算で四則計算を解いている。

撮影:今村拓馬

3月4日からアメリカ・テキサス州オースティンで開催されるEdTech(エド・テック)の祭典「SXSW(サウスバイサウスウエスト)EDU 2019」のローンチコンペに、日本企業として初めて参戦するのが、そろばん式暗算の教室システムの「Digika」(千代田区)。「はやくピッチがしたい。世界一が獲れるよう、頑張ってきます!」。2018年は世界47カ国が参加した国際的な舞台を前にウズウズしているという、同社社長の橋本恭伸さん(36)に、出国前の心境を尋ねた。

「全人類の計算力向上にコミットする」

Digikaが大舞台にひっさげるプロダクトとは「そろばん式暗算」の教室システム。その名も「そろタッチ」という。

そろタッチ教室飯田橋ラボ校を訪れて度肝を抜かれた。見渡せば、小学校低学年のあどけない表情をした子どもばかりで、手にしているのはiPad。教室生たちはランキングを競い合い、「よっしゃー!」とガッツポーズをして雄叫びをあげていた。

それでいて、瞬時に暗算で解いているのが桁数が3つも4つもある四則計算。まともに解いたら頭がジンジンしてくるような計算だ。従来のそろばん塾で黙々と研鑽を積む光景とは全く違う。

このプロダクトは2016年暮れにリリースしてから快進撃を続けており、2017年に日本eラーニング大賞最優秀賞を獲得。その後、立て続けにインドやシンガポールでもEdTech分野で受賞している。

まずは、次の計算をそれぞれ「カッコで示した時間内に」解いてみてほしい。

45+97−16+50+38−24+82+78=??(10秒以内)

515+366−760+932=??(10秒以内)

5201÷7=??(7秒以内)

648×8=??(7秒以内)

「筆算で解いた場合、このスピードでは到底解けない」と橋本さんは明言する。

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教室生たちはiPadを手に、ランキングを競い合っていた。従来のそろばん塾で黙々と研鑽を積む光景とは全く違う。

撮影:今村拓馬

上記のような計算をそろばん式暗算で解くには、そろタッチ開発前に同社が運営していたそろばん塾では習得に4年かかっていた。その到達期間が、そろタッチでは半分の2年で可能に。

その上、習得率も大幅アップした。従来のそろばん塾では4年間通っても習得できる子どもは10%程度だったのに対し、「そろタッチ」導入後、平均2年未満の通塾で56%(2017年)の子どもが習得できたという。

橋本さんは言う。

「そろばんの珠を頭に浮かべる『イメージ力』で高速計算をする特殊能力は、これまで努力しても大半の人はリタイアするか身につけられなかった。それを、従来の半分以下の学習期間で、言ってみれば『誰でも』出来るようになる。僕が目指すのは、珠算検定で10段を取るような一部の秀才が輩出することじゃなく、『全人類』の計算力向上にコミットすることなんです」

世界最速の計算法はそろばん式暗算

なぜ、「そろばん」でエド・テック界に挑もうと考えたのか? 橋本さん自身、幼少期にそろばんを習った経験はあるが、「決してそろばん少年ではなかった」というのに。

それは、「世界を歩いて、最速の計算方法は『そろばん式暗算』だという事実に行き着いたから」と橋本さんは言う。

「数字という世界の共通言語を扱う計算方法は二つしかない。筆算式かそろばん式暗算」と橋本さん。筆算は脳の「数字を処理する部分だけの学び」である一方、そろばん式暗算は「イメージを処理する部分も同時にフル活用する学び」といった違いがあるという。

「日本では学校で迷わず筆算式を習うけれど、世界ではチョイスできる環境がある。速さで言えば、図形認識で解くそろばん式暗算が世界で最速です。中でもインドの子たちに広がっている両手式が、運指の手数として現時点で最も効率のいい方法。僕らはこの両手式を採用し、それをテクノロジーの力で能力開発していこうという方針を立てました」

インドネシアで「数字」の重み実感

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「そろタッチ」のゴールは、「STEM教育」(Science、Technology、Engineering、Mathematics)の土台づくり。

撮影:今村拓馬

このプロダクトのゴールは、「STEM教育」(Science、Technology、Engineering、Mathematics)の土台づくり。しかし、橋本さんはそろタッチを展開する以前は、そろばんとは「無縁」のキャリアを築いてきた。

出発点は、マイクロソフトのグローバル採用の一期生。24歳の時、同社で最も栄誉のある「サークル・オブ・エクセレンス・アワード」を受賞した。翌年、MBA取得のためにイギリスに留学。留学先で知り合った中国人女性と後に国際結婚することになる。MBA取得後に楽天に入社。在籍した5年間のうち4年はインドネシアでの赴任生活となり、「Rakuten Belanja Online」のDirectorとして、現地のインターネット・ショッピングモールを運営するビジネスを率いた。

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Digika社長の橋本恭伸さん。数字こそが世界で通じる言語だと気づいたのは、海外駐在中だ。

「僕は大学で経営や金融工学を学び、理工系の知識もあった。現地の取引先には、英語がしゃべれない人もいたが、一番裏切らなかったのは、英語力ではなく『数字』。『何百万ルピアで取引できます』と、具体的に話せるかどうかが仕事の中で重要でした」

インドネシアでの「数字体験」から、STEM教育の「入り口戦略」としてのそろばん式暗算に目を付けた。すでに、そろタッチの原型となるβ版を作っていたそろばん教室と出会い、参画。楽天を退職し、ベンチャー経営者としての道のりを歩むことになった。

プロダクトの推奨年齢を5〜8歳と絞り込むのは、学校で習う筆算式計算が定着しきる前に学ぶ必要があるから。さらには、数字というものにアレルギーを起こすことなく「自分は数字に強い」という自信を獲得させる手段として位置付けてもいる。

「才能を花開かせる『Bloom’s taxonomy』の三角形で表せる階層構造を考えた時に、三角形の上位にある分析力、評価力、クリエイティビティをいかにつけるかは誰でも考える。でも、見落とされがちなのが、ボトムにある計算の力です。計算の上級レベルに最速で到達したら、そろタッチはさっさと卒業してもらい、あとはロボット開発に勤しむなり、ドローン飛ばすなり、好きなことに没頭してもらえばいいんです」

開発者は学ぶ子の目線持つ「ママたち」

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見えるモード。ここではそろばんをタブレットで体感する。

撮影:古川雅子

Digika社が取得した特許技術は、「暗算モード」。そろばんではなくiPad上の珠をOn-Off形式でタッチして操作するから、「そろタッチ」というネーミングなのだが、最初は珠が「見えるモード」にしてiPadの画面上に色彩で表示される珠をタッチして計算する。ここでは計算の正確さとスピードを身につける。次に、音や一瞬の光で「タッチ感」は出しながらも、計算している珠が見えない「暗算モード」にして頭の中で珠をイメージしながら計算する。

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そろタッチの暗算モード。

撮影:古川雅子

導いた答えは、数字をタッチして回答させ、正解すれば「ピロピロピローン」と効果音が鳴る。このサイクルを繰り返すことで暗算できる力を鍛えていく。

「そろばん塾の先生方がずっと課題として持っていたのが、子どもが頭の中で珠をオンオフさせるイメージ力をどうやって身につけさせるか。それをテックの力で増強できる仕組みにしたことがそろタッチの鍵なんです」

ユニークなのは、子どもにそろばんを習わせる「ママたち」が開発にがっつり関わっていること。

「開発チームには凄腕のUnityプログラマー、UI/UXデザイナーを揃えていて、10代から人材を集めている。一方で、上は50代までと幅広い。ブレークスルーだったのが、そろばん塾に子どもを通わせていたママが開発陣に加わり、ものすごいコミットしてくれたこと。こんな機能があったら子どもが夢中になる、こんなタッチ感や音だとストレスを感じなくなるといった定性情報をバンバンくれる。実際に教室に通う生徒や保護者が参加して実践から検証を繰り返すんですから、これほど効率の良いPDCAサイクルはないですよね」

ど田舎出身だからこそ「教育格差無くす」

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橋本さんの出身地である岡山県備前市。戦後、人口減少に伴い度重なる合併を経験してきた。

備前市公式HPより

橋本さんは、インドネシアでITバブルを経験。シードから、シリーズA、シリーズB……と、投資ラウンドの段階を踏み規模を拡大させていくスタートアップの醍醐味を味わった。にもかかわらず、直線的にじっくりと事業を成長させていく「教育業」に舵を切ったのはなぜか?

直接的には自分の子ども(現在4歳と2歳)が生まれたことだが、こんな背景もあるという。

「それは、僕がど田舎出身というのが大きい。備前焼の故郷でもある岡山県の備前市の出身で、小学校に何十分も歩いて通わないといけなかったし、山の方に行くと、地区には同級生が一人しかいないみたいな(笑)。もともと地方貢献意欲が高かったんです」

マイクロソフト時代に携わっていた、日本国内における地域活性化プロジェクトでは、アワードは受賞した。けれども、内心では「真の意味で日本の地域を活性化できていない」という矛盾に突き当たった。

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真の意味での地域活性化とは何だろうという課題を持っていた橋本さん。その「鍵」は教育にあるということを留学先で発見したという。

撮影:今村拓馬

「真の意味での地域活性化とは何だろうという課題を持っていた僕は、まずは地方の抱える現実を確かめようと、MBA留学する前に、地元の岡山で同窓会を開いたんです。リストラされて地元に戻っていたり、優秀だった人がいい仕事に就けていなかったり、さんたんたる地方の状況を垣間見てしまったんです」

イギリスの留学先にシェフィールド大学を選んだ理由は、かつて金物で栄え、衰退した歴史を持つ街にある大学だったから。現地では、シェフィールドという街がどうやって地域活性化していったかを知るべく、「僕はMBAそっちのけで、街の立て直し方を知るために市長に会いに行って話を聞いたりしていました」。その鍵は「教育」にあると、その時知った。

「だからこそ、チャンスを得た今、教育格差の是正がしたいんです。子どもが少ない地方で教室を開こうという大人は少ないですが、地方にもネットとiPadは届いている。さらに、世界の格差是正も視野に置いています。世界に身を置いてきた自分だからこそ、『シンク・グローバル、アクト・ローカル』を常に考えているんです」

(文・古川雅子、撮影・今村拓馬)

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